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聖域を犯す者-2


聖王が聖典を出現させ、臨戦態勢に入った事を認識すると、ゼノスは心からの笑みを浮かべて大地を蹴った。

ゼノスの性格上、初めから全力を出さない。

相手の実力を測る為、ある程度力を抑えている。

その状態であっても、ゼノスは並外れた速度で瞬時に間合いを詰めた。

振り上げられた右腕の刀が、凄まじい速度で振り下ろされる。

その状況の中、聖王はその場から動く事なく、魔法を起動した。


「<聖典魔法 第七十章> 聖典の鎧」


聖王の口から囁かれた言葉とほぼ同時に、ゼノスの振り下ろした刀は聖王の肉体の寸前に迫った。

しかし、その斬撃は聖王の肉体に届く事なく、それ以上腕を振り下ろす事も出来ない。


「ほう……それが聖典魔法か」


聖王の体は、一切穢れの無い白銀の鎧に身を包まれていた。

一秒前まで生身だったはずが、一瞬で鎧を身に纏った。

唯の鎧ならゼノスの一振りで容易く両断できる。

しかし、ゼノスの刀はその鎧に止められた。

聖典魔法で出現した鎧は、当然並みの鎧を遥かに超えた防御力を誇る。

そして、聖典魔法にあるのは鎧だけではない。


「<聖典魔法 第七十二章> 聖典の剣」


聖王の右手に光の粒子が収束していき、やがて光の束となり、見るも美しい白銀の剣を形成した。

白銀の剣を力強く握り締めた聖王は、ゼノスの肉体を両断する勢いで水平に薙ぎ払う。


「そうこなくちゃな」


それを嬉々として受け止めたゼノスは、想像を超える聖王の力に後方へ大きく吹き飛ばされた。

アルムスタ聖国の堅牢な城壁に、打ち付けられる程吹き飛ばされたゼノス。

壁にひびが入る程勢いよく飛ばされたが、笑みを崩す事は無い。

ゆっくりと歩いて間合いを詰めて来る聖王。その様子を見て、ゼノスは心躍らせていた。


(あと二、三段階は、ギアを上げても着いてこれそうだな)


一方で、ゼノスを捉え続けている聖王の目は、ゼノスの変化を敏感に感じ取った。

目だけではない。全身が告げている。この男の危険性と、圧倒的な強さを。

左手の聖典を閉じて、両手で白銀の剣を構える。


「ついて来いよ聖王。この俺を楽しませる為にな!」

「っ!」


ゼノスと聖王の間には、数百メートルの間合いがあった。

それは、ゼノスの速さによって瞬く間に消滅した。

先程よりも速く振り下ろされた刀を、聖王は両手で構えた聖剣で全力で受け止める。

その一撃を受け止めただけで、聖王の両足から伝う衝撃と重さで、大地が大きくひび割れた。


(くっ!?重い一撃!やはり、聖典武装だけでは戦えないか!)


ゼノスの攻撃はそれだけは終わらない。

もう片方の手に握られた刀が、容赦なく聖王の側面から襲い掛かる。

しかし、聖王はその斬撃を躱す事無く、剣で受け止める気配もない。

先程の様に、鎧だけでゼノスの斬撃は受け止められない。

それでも聖王が回避しなかったのは、聖典の鎧に備わる聖なる護りがあるから。


「光の盾?」


ゼノスの斬撃を受け止めたのは、聖典の鎧ではなく、聖王の側面に出現した光の盾。

聖王が盾を構えている訳ではなく、ゼノスの斬撃に合わせて、光の盾が宙に浮いた状態で出現した。

その光の盾も一撃でひびが入り、今にも砕け散ってしまいそうな状態。

ゼノスがそのまま光の盾を砕こうとした時、それよりも速く、白銀の剣に光を収束させた聖王が、その光の束を斬撃と共に振り払った。


ゼノスの刀は押し返され、光の斬撃と共に後ろへ飛ばされかけるが、すぐさまその光の束に刀を振り下ろして打ち砕いた。

僅かにゼノスとの間合いが出来た隙に、聖王は再び左手に聖典を出現させた。


「<聖典魔法 第七十七章> 聖なる竜よ。全ての不浄を喰らい、聖域を晴らしたまえ」

 

聖典が光り輝き魔法が発動すると、聖典から巨大な光の束が飛び出して、それは巨大な竜の姿へと変貌した。

宙をうねり、牙を剥き出しにした巨大な口を広げ、光の竜はゼノスに襲い掛かる。

迫り来る巨大な光の竜。それをゼノスは、刀を振り払い一撃で消し飛ばした。


「温いな!」


しかし、それを予期していた様に、聖王は次なる一手を打っていた。


「<聖典魔法 第八十章> 邪悪なる存在を繋ぎ止める神の楔。今ここに、世界に縛りたまえ」

「っ!?」


ゼノスの体は時が止まった様に制止した。

自身の肉体を見たゼノスは、驚きと共に笑みを浮かべた。

その肉体には、光の楔が突き刺さり、一切の動きを封じている。

ゼノスは自身に打ち込まれた楔の速度が、自分に認識できない速度というのは考えられなかった。

つまり、聖典魔法だからこそ成せる超常の魔法。


「成程……これが聖典魔法の力か」


<聖典魔法 第八十章>は、聖典魔法の中で最も高位の拘束魔法。

この魔法でゼノスの動きを縛れなければ、どんな拘束魔法でもゼノスを縛る事は出来ない。

聖王は、何としてもゼノスの動きを封じたかった。


(この男……底が見えない。だが今は、手を抜いている。この油断を突いたからこそ、動きを止められた)


全ては、この一撃の為に……。


「<聖典魔法 第九十五章> 聖域を守護する神の使いよ。裁きの光を以て、全ての不浄を焼き尽くせ」 


聖典は再び輝きを増して、聖典から放たれた光は、天に向けて光の柱を作り出した。

太陽は健在。昼間でありながら周囲の光が失われて行き、薄暗い世界が訪れる。

快晴の空を、突如として雷雲が覆う。

それは、神の怒りであり、人々からその存在を隠す為に。


「おいおい……とんでもねぇな……」


ゼノスの目に映るのは、雷を帯びる雷雲の奥に光り輝く存在。

天よりゆっくりと降臨するそれは、あまりにも巨大で、あまりにも眩しく、あまりにも神々しい。

その姿の全貌が明らかになった時、その存在は優に五十メートルを超えていた。

光り輝く巨大な神の使い……それは即ち、裁きを下す大天使。


「今こそ、裁きの時」


大天使は人ならざる形態であり、顔と認識できるか分からない鋭利な頭部に、光の束を収束させた。

それは、これまでとは明らかに違う異次元の光度を誇り、遥か遠くにあるにも関わらず、ゼノスの網膜に痛みが走る程だった。


「眩しくて目も開けられねぇ」


体を動かそうと全身に力を入れるが、ピクリとも動かない。

あの光の束を真正面から受ければ、ゼノスも致命傷は避けられない。

本来であれば、致命傷以前に即死する程の一撃だが、ゼノスはそれだけ己の肉体の強さに自身を持っていた。

だから、焦る事無く、呼吸を整えた。力を抜いて、完全に脱力した状態。


その瞬間、天より放たれた大天使の裁き。

目を閉じたままのゼノスは、全身で迫り来る光の熱を感じた。

そして、完全に脱力した状態から一転、溜め込んだ力を全て解放した。


「<天剣二刀流・武神天輪(ぶじんてんりん)>!」


全力で体を捻り、空間すらも削り取る二つの斬撃が、光の楔を引き千切った。

神に繋ぎ止められた光の楔は、ゼノスの周辺と同じく完全に消し飛ばされた。


「なっ!?神の楔を!?」


誰も、この男を繋ぎ止める事は出来ない。

五百年前、誰一人勝てなかった最強の剣士は、たとえ神の楔であっても止まらない。

天下無双の剣は、天下に留まる事なく、天上へも届き得る。

迫り来る光の裁きを回避すると同時に、ゼノスが大地を蹴って、神速で天空へと駆け上がる。

どんな相手でも、切り伏せる。たとえ相手が、神の使いだとしても。


「<天剣二刀流・天上天下(てんじょうてんげ)武神無双(ぶじんむそう)>!」


神の使いである大天使は、迫り来る矮小な存在に、光の束を放ち向かい討つ。

所詮地上の生物である存在が、神の使いたる大天使に届くはずがない。

しかし、その全てが遅かった。

地上より放たれた、天を切り裂く神速の刃は、既に大天使に届いていた。

大天使の中心から、全身に渡って亀裂が走る。

そして、砕けた。


「ふん……所詮は紛い物か」


光の欠片となって砕け散った大天使は、その破片を地上に降らしながら、雷雲と共に消え去っていく。

徐々に地上に光が取り戻される中、聖王は舞い散る光の欠片を浴びながら、地上に降りたゼノスを見据える。


「流石に、もう終わりっていう事は無いよな?」

「……」


聖王の持つ聖典から、蒼い炎が燃え盛り、一つのページが消失した。

それは、第九十五章を書き記したページだった。

蒼い炎によって完全に消失したという事は、聖王の聖典では、二度と第九十五章を発動する事は出来ない。

大天使の破壊。それはつまり、聖王が身に纏う鎧や剣も、ゼノスが全力を出せば容易に破壊出来るだろう。

この時点で、聖王に勝ち目は無い。

<聖典魔法 最終章>を使わない限りは……。


(しかし、あれは……)


「こっちはもう、完全に温まった。お前も切り札があるなら使え。でなきゃ、死ぬぞ」

「貴様の様に、自由に力を使える身ではない。聖典には色々と制約がある」

「ほう?」

「だから、貴様に挑むのは辞めだ」

「あ?」

「私を殺せ。それが目的なんだろ?」

「おいおい……何の冗談だ?てめぇ、本気で言ってんのか?」

「ああ。これ以上の戦いに、意味はない」


ゼノスは静かに、しかし凄まじい怒りを身に纏う。

ゼノスの目的は、聖王を殺す事ではなく、聖王と死力を尽くした戦いをする事。

それを、こうもあっさりと負けを認めて、戦いを放棄された。その怒りは計り知れない。


「がっかりだ……。まさか、聖王がこの程度の存在だったとはな!」

「私は戦いの王ではない。期待する方が、間違っている」

「そうか分かった。てめぇは唯の雑魚だ。じゃあな、死ね!」


怒りと共に振り下ろされた刀は、鎧の上から聖王の肉体を切り裂く……そうなるはずだった。


「「っ!?」」


ゼノスと聖王は共に驚愕を隠せない。

聖王に振り下ろされた刀は、突如として現れた禍々しい黒い剣に止められた。

聖王とゼノスの間に入り込んだ、本来存在しないはずの乱入者。

しかし、それは人間ではない。

黒き炎を吐き出しながら、髑髏が口を開いた


「五百年前から変わっていないな……ゼノス」


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