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厄災再び


「では、我々はこれにて失礼致します。勇者様、貴方の護衛を務める事が出来て、光栄でした」

「帝国軍の献身に、心より感謝致します。どうか、道中もお気を付けて」

「お心遣い感謝いたします」


帝国からアルムスタ聖国まで、道中危険な道のりだったが、完璧に護衛を務めた帝国軍第六軍を率いたアグエス・ドランドール将軍。

動ける様になった燈継自ら足を運んで、最後の見送りへ赴いた。

燈継からすれば、帝国軍は命の恩人だ。燈継の護衛には、膨大な帝国軍が関与しており、それだけ帝国軍が勇者を重要視していると感じ取れる。

皇帝と勇者の関係性は、リーゼの一件を含め決して良好ではない。

しかし、今回の帝国軍の働きで、帝国との関係修復の切っ掛けにはなった。

今回の護送計画を立案したダステルの狙いは、概ね達成されたと言えるだろう。


「さて……魔力はまだ使えないし、少し体を動かすか」

「どうだ燈継?私が稽古を付けてやろうか?私の剣はあの戦い以来、増々磨きがかかったぞ」

「みたいだな。なんていうか……動きに切れがあるというか、太刀筋が鋭いというか……」

「そうだろう!だから私が、燈継に稽古を付けてこの剣を教えてやる」

「魔力なしでその動きは無理だろ」


魔力の扱いがまだ上手く出来ない燈継は、体を動かして基礎トレーニングをしていた。

魔力で身体能力を向上できると言っても、やはり基礎的な体作りも重要だ。

ラーベと共に稽古しているが、燈継から見るとラーベは以前よりも強くなった。

道中に戦った契約魔将の獣人。あの戦い以来、明らかに動きが変わった。

戦いの中で何か核心を掴んだのか、それはラーベにも上手く言語化出来ないが、体にはその時の感覚が刻み込まれている。


「ローシェも聖典魔法を強化する様な事を言っていたし、俺も早く強くならないと……」

「焦る気持ちは分かるが、今は少しずつ体を慣らしていく時だ。完全に回復しないと、世界最強の魔導師の鍛錬に耐えられないぞ」

「世界最強の魔導師か……どんな人物なんだろうな」


◇帝国軍第六軍


「将軍。今回の件で、帝国と勇者様の関係は修復できた思いますか?」

「さあな。完全な修復は難しいだろうが、関係回復の切っ掛けにはなったと思うが」

「もし仮に、今回の作戦に関与した帝国軍全てが襲撃を受けていた場合、帝国軍の被害は尋常ではありません。本当にそこまでして、勇者との関係を修復する必要があるのでしょうか?」

「言いたいことは分かる。だが、我々は兵士だ。皇帝陛下の決定に従うまでだ」


魔物と契約魔将の襲撃で、帝国軍第六軍は犠牲を出しながらも命令を全うした。

しかし、帝国軍だけでは全滅していた事も認めなければならない。

契約魔将は強い。第六軍全員で立ち向かっても、あの獣人の契約魔将には勝てなかっただろう。

あれ程の契約魔将が、他の帝国軍にも襲撃していた場合、彼らは全滅してしまう。

帝国軍第二軍から第八軍を失えば、帝国軍は強さの基盤を失う事態に陥る。


(皇帝陛下は、帝国軍が魔王軍に勝利出来ると考えている。しかし現実は……)


「そこの者!危険だ。道を開けてくれ!」

「ん?何だ?」


アグエスは思案から現実へと目を向けると、進行方向に男が一人立っている。

長い白髪が特徴で、近づくにつれ鍛え上げられた肉体と、左右の腰に携えた剣を視界に捉え、屈強な戦士である事が理解できた。

帝国軍第六軍一行の進路を阻む一人の男に、アグエス達は馬の足を止めざる負えない。

このまま轢き殺して、勇者からの評価を落としては今回の犠牲が全て無駄になる。

些細な問題すらも起こさない為に、アグエスは馬を降りて男に近づいた。

近づくと増々迫力がある肉体。ビクともしない男をどかせる為に、アグエスは要件を訊ねた。


「失礼、我々に何か用か?もし何も無ければ、道を譲ってもらえないか?」

「ふん。随分とぬるい事言うな。どかしたいなら、力づくでどかせ」

「我々は無意味な争いを求めない」

「無意味な争いなんてない。その剣は飾りか?さっさと構えろよ」

「貴殿が相当な実力を持つ戦士だという事は、見れば理解出来る。しかし、我々も先を急いでいる。決闘を望むなら、また別の機会にしてくれ」

「はあ……じゃあこう言えば、戦ってくれるか?」

「どういう意味だ?」

「魔王軍契約魔将が一人。ゼノスだ」

「っ!?」


その瞬間、アグエスの目の前からゼノスが姿を消した。

あまりの衝撃に理解が追い付ていないアグエスは、背後から聞こえる悲鳴に振り返る。

そして、その目に映る光景は悪夢だった。


「どうした!どうした!雑魚すぎて相手にならねぇぜ!」


次々と血祭りにあげられる兵士達。

剣を振るう事すら許されない、一方的な蹂躙。

その光景は悪夢その物。勇者護送の任を終えて、後は帰還するだけだった。

今からでも、アルムスタ聖国に戻るべきか。

その考えは、即座に否定される。逃げ切れるはずがないと。

悪夢の様な光景は、一分足らずで終わりを迎えた。

つまり、アグエス以外の兵士は全滅した。


「どんな気分だ?これから死ぬっていうのは?」

「そうだな……心の底から神を呪いたい気分だ」

「そうか。ならお前だけでも助けてやっていいぞ」

「何?」

「俺はこれから、アルムスタ聖国へ行く。あの国に入るには、何でも聖なる門を開く必要があるんだろ?だから、お前を囮に開けてもらおうと思ってな」

「成程……私が聖国に助けを求めて門が開いた瞬間に、お前は中に侵入すると言う事か」

「そういう事だ。まあ、普通に壊してもいいんだが、苦労せずに入れるならそれに越したことは無い」


ゼノスから持ち掛けられた提案。

アルムスタ聖国へ入る為には、閉じられた聖門を開く必要がある。

エルリア教の神官だけが鍵を持つ為、外からの侵入は不可能。

しかし、アグエスが助けを求めれば、中から聖門が開かれて苦労することなくゼノスは中に入れる。


「お前が、私の命を保証する証拠がないだろう」

「そうだな。まあ、断ったらここでお前は死ぬだけだがな」


(最悪な選択だ。どちらを選んでも死ぬだろうが……奴の提案に乗れば、僅かに生存の可能性はあるか……)


しかし、それは許されない。

帝国軍兵士として、今の勇者を危険な目に合わせる訳にはいかない。

これまでの犠牲が全て無駄になる。失った兵士達の命を裏切らない為にも、名誉の為にも、戦って死ぬべきだ。

脳裏に浮かぶ妻と息子の顔に別れを告げて、剣を構える。


「良い答えだ」

「お前が敗北するの時を、心から楽しみにしている」

「そんな時は、永遠にこねぇよ」


この男は、どちらにせよ聖国へ向かうのだろう。

此処で戦って死ぬ事に、意味は無いのかも知れない。

アグエスは託すしか出来ない。命懸けで守った勇者が、この男を討ち滅ぼしてくれることを。


(勇者様、どうかご無事で。貴方の生存が、我らの死に意味を与える)


「はああああああああああああ!!!」


全身全霊を込めた一振り、死の間際に放たれる生涯最高の剣。

そして、その剣は当然の様にゼノスに届く事なく、視界を染める赤い鮮血と共に大地に散った。

苦痛を感じる間もなく、一瞬にして死を迎えたアグエス。

大地に散った敗者を見下ろす事無く、ゼノスは聖国へ歩みを進める。


「本当に楽しみだ。聖王……失望させてくれるなよ」


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