語られる真相-1
『……サイ……ユ……サマ……オ……サイ』
意識が朦朧とする中で、何処からか声が聞こえる。
何処かで聞いた事がある女性の声だ。誰かまでは思い出せない。
誰だ?誰が呼んでいる?
段々とその声が大きく、明瞭に聞こえてきた。
そして、頭の中に響くその声は、朦朧とする燈継の意識を現実へ引き上げた。
『お目覚め下さい。勇者様』
「はっ!?」
「燈継!気が付いたか!」
「ラーベ……」
「どうだ?体の調子は?何処か痛むところは無いか?」
今の声はラーベだったのかと考えたが、明らかに違うという結論が出る。
ラーベ程聞き慣れた声を、聞き間違うなんて有り得ない。
そうして頭を働かせている内に、記憶と思考がはっきりとして現状を思い出した。
(そうだ。俺は今、アルムスタ聖国で聖王に……)
自分の手に視線を落として、黒い痣の有無を確認する。
両手を蝕んでいた黒い痣は、綺麗になくなり全身の痛みも無くなっていた。
どうやら、聖王の神聖魔法は無事に成功した様だった。
しかし、少しして自分の異変に気付く。
「魔力が……うまく使えない……」
「やはりそうか」
「何か聞いているのか?」
「ああ。聖王陛下によれば、少しの間は魔力がうまく扱えないそうだ。だが、時間で治ると言っていたぞ」
「そうか……なら良いんだ。ただ、暫くはまともに戦えないな」
今は戦えない。
だが、魔力が元に戻ったとして、魔王軍と戦えるのか?
ここ数戦、燈継は勝利を得たと実感していない。
ゼノスには見逃された。ジュトスには、自分でも理解できない力で倒した。あれを勝利とは呼べない。
そして、アーラインが来てくれなければ、あの女に殺されていた。あの女も、魔王軍なのは間違いない。
もし仮に、万全な状態だったとしても、あの女に勝てるかは分からない。
そこまで思い出して、燈継はアーラインを思い出した。
「そうだ!アーラインはどうなった?無事なのか?」
「その事なんだが……」
「おやおや。そんなに心配してくれてありがとう燈継。だけど心外だな。あの程度の相手に、僕は負けないよ」
「なんだ……来てたのか」
燈継のベッドからは死角となっていた場所から、悠々と現れたアーライン。
相変わらずの笑みを浮かべながら、その口は楽しそうに言葉を紡ぐ。
「ああ勿論。燈継が無事にこの国に届けられたか、それを確認するのが僕の仕事だからね」
「そうか。でも、助かった。ありがとう」
「礼は要らないよ。ただ、これでラーベよりも僕の方が優秀だと理解しただろ?」
「何だと貴様?」
「だってそうじゃないか。君はあの女に反応出来なかったみたいだけど、僕は容易く勝利した。これが決定的な実力差を表してるじゃないか」
「良し分かった。表に出ろ。私も以前までの私ではない事を教えてやろう」
「他所の国で何考えてんの?頭が悪い所は変わってないね」
「変わらないな……」
顔を合わせれば悪態を付く二人。
かつてクリスタル王国で見た光景に、懐かしさを感じる。
エルフの国に召喚され、母と出会い、アーラインとラーベに出会った。
そして、アーラインから戦いの術を学んだ燈継は、今一度聞きたい事がある。
今より強くなるには、どうすれば良いのかと。
「アーライン」
「ん?」
「俺は今のままじゃダメだ。もっと強くなる必要がある」
「そうだね。今のままだと、これからは苦戦を強いられるだろうね」
「じゃあ教えてくれ。俺はどうすれば強くなれる?」
「その問いに答えるには、僕もはっきりと聞いておきたい事がある」
「何だ?」
「君が堕天使を殺したというその力。それが何なのか教えてくれないかい?」
「それは……正直、自分でもよく分からない」
「僕は大体予測が付いている。ただ、どうして君がそれを使えるか分からない。そういった所だ」
「予測がついてる?じゃあ教えてくれ。あの力は何だ?」
「それについては……」
「私が説明しよう」
「っ!?聖王陛下!?」
突然扉を開けて入って来た聖王に、燈継は慌ててベッドから降りようとした。
一国の王が出向いてくれた以上、こちらも相応な対応をしなければならないが、急激に体を動かすと上手く動かない。
ベッドから転げ落ちそうになった所を、ラーベとアーラインに支えられた。
ベッドに戻された燈継は、再び聖王に視線を戻す。聖王の背後には、静かにローシェも控えていた。
目覚めた燈継の様子を見て、ローシェも安心した様子で微笑んだ。
「はっはっはっ!そう慌てる必要もなければ、ベッドから降りる必要もない。勇者よ、今はただ休息の時だ。そのままベッドで座っていると良い」
「それでは……お言葉に甘えて」
「うむ。その様子だと、体は良くなったみたいだな」
「はい。これも全て、聖王陛下あってこそ。心より感謝致します」
「私は当然の事をしたまでだ。そう重く捉える必要はない」
「はい……聖王陛下。先程の件ですが、あの力について知っていると?」
「ああ、その事だったな」
ローシェが近くの椅子を用意して、聖王がゆっくりと腰掛ける。
聖王の表情は真剣で、これから語られる事の重要性を物語っていた。
一息ついた聖王は、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「勇者よ、あの力は……異界接続と呼ばれている」
「異界接続?」
「如何にも。異界接続とは、この世界と異なる世界を繋ぎ、その異なる世界に干渉する物だ」
「異なる世界?つまり、私が元居た世界の事ですか?」
「ふむ。そうだったな。君は別の世界から召喚され、この世界の為に戦っている。確かに君の元居た世界も、この世界からすれば異なる世界と呼ぶ事が出来る。しかし、君が帝国で行った異界接続は、地上世界ではない」
「地上世界?」
「そうだ。地上世界とは、我々が住むこの世界や、君が元居た世界の事だ。人間やその他の種族が文明を築き、生きている世界。だが、君が異界接続を行ったのは、地上世界ではなく別の世界……冥界だ」
「「「っ!?」」」
聖王の言葉に驚きを隠せない。
冥界。それはつまり、死の世界。
「冥界?どうしてそんな……」
「私も驚いたよ。まさか勇者が、冥界と異界接続を果たすとは思わなかった」
「どうして私が、冥界と異界接続出来たのですか?」
「それだ」
「え?」
「それが私にもわからない。異界接続を行うには、異なる世界の扉を開ける必要がある。そして、その扉を開ける為には、当然鍵が必要だ。勇者だから異界接続を行える、という訳ではない。」
「鍵?」
「そうだ。その鍵が無ければ、冥界と異界接続など出来るはずがない。だからこそ聞きたい。君は、その鍵に心当たりはないか?」
「……」
冥界。死の世界。そして、その要因が自分にある。
となれば、心当たりはある。
かつて、契約魔将の少女から言われた「死神」という言葉。
あの時、もしかしたらと考えた。
かつて父から聞かされた話が、この世界で意味を持っているのかと。
「どうだ?何か思い当たる事は?」
「……あります」
「そうか。では、話してくれるか?」
「……はい」
自分の事を語るのは、少し緊張してしまう。
今まで誰にも語った事はない。語る必要がないと思っていたから。
あんな話し、誰が信じると言うのか。誰かに話した所で、誰も得をしない。
だが、この世界では違う。
あの話しが本当ならば、冥界の扉を開ける鍵は、この血に流れている。
燈継は意を決して話し始めた。
「これはかつて、父から聞いた話です」