最凶の刺客-2
勇者一行及び帝国軍第六軍は、隊列を組んで馬を走らせていた。
この調子で行けば、今日中にはアルムスタ聖国へ辿り着ける。
アーラインの登場で九死に一生を得た一行だが、燈継とラーベ以外は颯爽と現れたアーラインの正体を知らない。
あの化物相手に、彼はたった一人で戦えるのか。
「ラーベ様。あのお方は……」
「奴は私と同じ、クリスタル王国の守護者だ」
「しかし、いくら守護者様と言えど、あの化物相手にお一人では……」
「そこは何一つ心配ない」
「え?」
「悔しいが、あいつは私よりも強い。それに……あいつが負ける姿は想像できない」
この時、燈継とラーベは同じ事を考えていた。
私情を挟めば気に入らない事実だが、認めざる負えない。
アーラインが負けるはずがない。そんな愉快な光景を、一度も見た事がないのだから。
「魔王……流石に趣味が悪すぎる」
「……何だと?」
「いや……どう考えても、君を妃として迎えるのは有り得ないでしょ」
「この世で最も美しい存在たる妾以上に、魔王の妃に相応しい女はおらん」
「自称でしょう?それ」
「はぁ……もうよい。死ね!」
アーラインとルシエラとの間合いは、即座に詰められる。
速すぎる。ルシエラの速度に反応する為には、未来を予測する必要があると思えるほど。
しかし、アーラインは余裕の表情を崩さない。最小限かつ最速でルシエラの戦斧をひらりと躱す。
一度躱した所で、ルシエラの猛攻は止まらない。
細く美しい腕で、似つかわしくない巨大な戦斧を振り回す。
「貴様の様なエルフは、切り刻んで豚の餌にでもしてやろう!」
「斬られてる奴が言うセリフじゃないけどね」
「っ!?」
ザンッ!
ルシエラの猛攻を全て回避した上で、アーラインは当然の様にルシエラの胴体を切り裂いた。
あまりにも静かに、そして最速で振るわれたアーラインの剣。
ルシエラは血しぶきを上げながら、痛みを感じさせない攻撃を繰り返す。
「ふん!無駄な事を!妾に貴様の攻撃は通用しない!」
「あっそ」
ザンッ!
ルシエラの猛攻の中で、針に糸を通すが如く僅かな隙を突いた一撃。
考えらない異次元の斬撃に、ルシエラの首は噴き出す血と共に宙に飛んだ。
普通の戦いならこれで終わり。首を落とした時点でアーラインの勝利となる。
しかし、相手は化物。宙に飛んだ首から、ルシエラの眼球がギロリとアーラインを睨む。
「気に入らん。抵抗せずに妾に殺されよ」
「弱い癖に態度だけは大きいね」
「黙れ。貴様に真の恐怖を教えてやろう」
<血の狩人>
ルシエラの体から噴き出した血が不自然に蠢き、鋭い斬撃となってアーラインに襲い掛かる。
いとも容易く肉体を切り裂く血の斬撃は、これもまた全てアーラインに躱される。
しかし、その一瞬でルシエラの肉体は完治。傷は塞がり首は元通り。
先程よりも力を込めて振るわれるルシエラの戦斧に対し、回避不可能と判断したアーラインは剣で受け止めた。
凄まじい衝撃を受けながらも、軽々しく受け流して、二人の間に一定の距離が出来る。最も、この二人にとっては瞬時に埋まる間合いでしかない。
「貴様……本当にエルフか?」
「どういう意味かな?」
「貧弱なエルフ風情が、妾の攻撃を受け止められるはずがない」
「さぁ君が弱いだけじゃない?かつて<夜の王>と言われた吸血鬼も、大したことないね」
「っ!?ほう。ほう。そうか……妾を知っているか!」
「ああ知ってるよ。五百年前に<夜の王>と呼ばれ、恐怖されていた吸血鬼。しかし、突如出現した先代魔王にびびって、長き眠りに入った臆病で哀れで惨めな吸血鬼。でしょ?」
「違う!!!妾はあの生意気な魔王の支配下に下らなかったにすぎん!!!妾が本気を出せば、あんな魔王は一握りに潰していた!!!」
「はんっ」
アーラインは鼻で笑った。
先代魔王を一握りに?面白くもない夢物語を聞かされる身にもなって欲しい。
この程度の奴で勝てるなら、先代魔王を倒すのに苦労はしなかった。
あの化物を殺せたのは実力ではない。紛う事なき奇跡。
数多の犠牲の果てに、その奇跡は生まれた。
それを知らないから、この女は軽々しく妄言を口にする。
(おっといけない。懐かしい思い出に浸るよりも、仕事をしないとね。この女馬鹿そうだから、普通に情報喋りそうなんだよね。特にあの戦斧。あれ絶対に……あれだよね?)
「はいはい。そうだね。君なら先代魔王も易々と殺していただろう。ていうか、その戦斧。僕の見間違いじゃなければ……<巨神の戦斧>だよね」
「如何にも!これこそが、魔王との婚約の印として授かった。十三至宝の一つ<巨神の戦斧>だ!」
「(やっぱ馬鹿だなこいつ)何で君が持ってるのかな?それは、巨人族の王が代々受け継いで来た宝のはずだけど……」
「貴様らに絶望を与えてやろう。巨人族など……とうに滅ぼしているわ!」
「……へー……そうなんだ」
「どうだ?絶望したか?巨人族という魔族の中でも屈指の戦力を貴様らは失ってる」
「……そうだね。本当に……心が痛いよ」
(成程……ほんの少し、魔王の片鱗に触れた気がする。現魔王の思考は、明らかに先代魔王とかけ離れている。狙いがある?何か計画をもとに動いているのかな?)
巨人族は閉鎖的な種族であり、連合に加盟していない。
諸外国とも国交はなく、レフィリアの大地を領地として外に出る事もない。
一方で、こちらからレフィリアの大地に足を踏み入れる事も、連合条約で禁止されている。
五百年前、先代魔王軍との戦いで巨人族の力を借りた連合に対し、巨人族が確約させた条約。
その条約を無視して、レフィリアの大地を目指す愚か者は少なくない。
そして彼らは、一人残らず戻ることは無い。
道中で魔物に殺されたのか、それとも巨人族に殺されたのか。
真相は定かではないが、生きて帰った者はいない。
現状把握が困難な国。確かに、最初に標的にするにはこれ以上無い程適した国家。
となれば、結論は導き出せる。
(魔王の居城は、レフィリアの大地か)
アーラインが思案に耽る中で、ルシエラの怒りは最高潮に達する。
自分よりも格下のエルフに、これ以上無い程に侮辱されている。
泣いて喚いて、恐怖に怯える。それが、ルシエラの前に立ちはだかる敵の最後。
(五百年前、魔王さえ現れなければ世界は妾の手に落ちていた。それが……)
魔王を殺したかった。
しかし、それが出来なかった。
だからといって、従属するのはプライドが許さない。
眠りに就くしかなかった。屈辱の中で、怒りを胸に眠りに就いた。
そんなルシエラを目覚めさせたのもまた、魔王だった。
「ほう……この妾を目覚めさせるとは……妾の食事になる覚悟があるという事か?」
「偉大なる夜の王よ。私は魔王エンドルフ」
「魔王……だと?」
「先代魔王は、愚かだった。夜の王たる貴方を味方にしていれば、負ける事は無かっただろう」
「そうか。貴様はあの魔王とは別の魔王か。それで?用件はなんだ。事と次第によっては……」
「私は貴方の力が欲しい」
「っ!?」
あの日以来、先代魔王から受けた屈辱は、現魔王によって癒されていった。
魔王エンドルフはルシエラを夜の王として、丁重に扱い持て成した。
自分を価値ある存在として理解してくれている。それだけで、ルシエラの心は満たされる。
「今一度世界は恐怖するだろう!勇者を殺し、魔王の妃として世界に君臨する…このルシエラ・フランロット・アリアンリーゼに!」
耳障りな女だ。
ある意味で恐怖を覚える。
この女は、少なくとも千年は生きている。
しかし、何も知らない。知らなすぎる。
この世界は、そんなに優しい世界ではない。
「ごめん。君の話は本当につまらない。だからこそ、気分が良くなってきた」
「ほう。死に恐怖ではなく、救いを見いだしたか?」
「…違うよ。君みたいな痛い女を、僕の手で殺せるから」
「っ!?」
その瞬間、ルシエラの視界からアーラインが姿を消した。
吸血鬼の身体能力は、あらゆる種族の中でも上位に位置する。当然、動体視力も同じ事。
その吸血鬼の動体視力をもってして、完全に見失った。
「これは君への最後のチャンスだ」
ザンッ!
どこから聞こえたかは分からない。
だが、鮮明に聞き取れた。その言葉の意味は分からないが。
ルシエラにその言葉の意味を理解する事は出来ない。
何故なら、アーラインの言葉が耳に届いた時、ルシエラの肉体は完全に両断されていた。
両断された断面から血が噴き出すルシエラ。瞬時に再生を始めるが、その胸中は驚きに支配される。
「き、貴様っ!一体何をした!?」
「さあね……ま、次に僕の剣が君に届いた時、それが君の最後だ」