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最凶の刺客-1


◇???


「魔王様!緊急事態です!」

「ダーテか。何があった?」

「ルシエラが勇者のもとへ向かっております!」

「っ!?な、何だと!?」

「あの女!魔王様が散々言いつけたというのに!」


それは、魔王にとってあまりにも想定外の出来事。

常に最悪を想定して動いてはいるが、それはあくまで相手側が要因の場合。

自分の()が命令に背き、暴走した時の事は想定内。忠誠心の低い契約魔将の、手綱を握るの為の番犬も飼っている。

しかし、彼女は事情が違っていた。

彼女は契約魔将であるが、他の契約魔将とは少し違う。

それ故に、一定の信頼はあった。自分の命令には背かないだろうという確信が。

それが裏目に出た。彼女の愚かさを……いや、ああいう女の愚かさを甘く見ていた。


「くそっ!ダーテ!お前では止めれないか!?」

「申し訳ございません。私とルシエラの相性では厳しいかと……」

「如何なさいますか魔王様!このままでは……」

「ちっ!ラドネは出たのか!?」

「はい。現在、魔王様との合流地点へ向かっております」

「よし!ならば、最速でラドネを向かわせろ!こちらへの合流はその後でいい!」

「はっ!」

「いいか!何としてもルシエラを止めろ!殺してでも……必ずだ!」


◇帝国軍第六軍及び、勇者一行


「な……なんだ……あいつ」


ようやく出発の準備が整い、これから馬車に乗ろうとした時だった。

得体の知れない恐怖が全身を伝う。

燈継の勘違いではない。その場に居る全員がその恐怖を感じた。

そして、その恐怖を感じた時点で遅かった。もう逃げられない。


「ローシェ……燈継を連れて全力で逃げろ。私の事は振り返るな」

「いいえ……ラーベ様。ここは私にお任せください」

「な、何を言っている!?お前にあれの相手が出来るはずがない!」


ゆっくりと歩いてくる人影は、それだけで燈継達を恐怖で支配する。

この場で全員が生き延びる事は不可能。それは疑いようがない。

絶望的な確信を得た以上、誰かが命を賭してあれの相手をしなくてはならない。


「ラーベ様の方が、勇者様を連れて速く逃げれるはずです」

「しかし!」

「それに、私も命を懸ければ時間は稼げます……大丈夫です。聖典魔法にも切り札は用意されています」

「……」


ローシェは有無を言わさない。

一秒たりとも時間は無駄に出来ない現状で、これ以上議論する意味はない。

たとえ、ここで死んでも構わない。

最優先は勇者である燈継の命。彼が生きていれば、この世界に希望は残っている。

ローシェは覚悟出来ている。ならば、その覚悟を無駄にしない為にも、ラーベは即座に判断しなければならない。


「……分かった。ここは頼んだ!」

「はい!お任せ下さい。勇者様……申し訳ございません。私がお供できるのはここまでのようです」

「ま、待てローシェ!俺は……」

「ラーベ様!」

「すまない!」


本当はもっと言葉を交わしたい。

感謝の言葉も、別れの言葉も伝えていない。

しかし、それは許されない。数秒後には、あの化物がここにやってくる。

帝国軍兵士との意思疎通はない。彼らはきっと、突如として現れた化物に殺されるだろう。

それでも、立ち止まる事はしない。たとえどれだけの犠牲を払ってでも、最優先の命は決まっている。

ラーベは燈継に近寄り、抱きかかえようとする。

しかし、遅かった。


「待て。妾に頭を垂れずにどこへ行く?」

「「「っ!?」」」


本来ならば、聞こえるはずのない。いや、聞こえてはいけない美しい声。

ローシェや帝国軍兵士達を当然の様に通り抜け、化物は燈継とラーベの前に立っていた。

横を通り過ぎた事に気付かなかった恐怖。それはつまり、既に自分が死んでいてもおかしくはないという状況。

ローシェは自分の生存を自覚すると、恐怖を振り切り左手で聖典魔法を発動させる動作に入る。

それよりも速く、ラーベは風神剣を振るっていた。

バウンザーとの戦いで消耗した魔力など気にも留めない。

今ここで、死んでも燈継を守らなければならない。後先は考えていない。ただ一瞬に、全ての魔力を注ぐ。


その光景を、燈継は極限まで減速した世界で見ていた。

減速した世界だからこそ、目の前の化物をはっきりと視界に捉える事が出来る。

死の恐怖を感じさせる化物は、あまりにも美しかった。

金色に輝く長い髪は、風神剣から溢れ出す暴風によって美しくなびいている。

怪しくも美しい紅い瞳は、まるで宝石の様に見た者を魅了する。

纏う衣服は、光を飲み込む漆黒のドレス。

世の男達が理想とする絶世の美女を、遥かに超えた美しさ。


しかし、その美しさすらも恐怖へと変わる。

この世界でも至高の美しさを持つ化物は、その減速した世界で、誰よりも速く武器を振りかざした。

彼女の身長よりも巨大な戦斧は、太陽の光を反射して輝く。

そして、その戦斧を振り下ろした。

振り下ろされた戦斧は、ローシェの聖典魔法よりも、ラーベの風神剣よりも速い。

聖剣の<絶対不可侵聖域>を発動しようとするも、肉体を蝕む黒い痣のせいか、聖剣に魔力を込める事が出来ない。


(ここで……死ぬのか……)


防ぐ事は出来ない。避ける事も出来ない。

誰よりも速く振り下ろされる戦斧は、燈継の眼前に迫る。

原型を留める事無く、肉片が木端微塵に弾け飛ぶ未来。

それが、現実へと変わる瞬間。


キンッ!


本来であれば有り得ない。燈継の眼前に迫る戦斧は、一本の剣で止められていた。

ローシェではない。ラーベでもない。当然、帝国軍兵士でもない。


「久しぶりだね燈継。元気じゃなさそうで何よりだ」

「「「っ!?」」」


この状況で意味の分からない言葉。

しかし、その声には聞き覚えがある。

幾度となくその声で発せられた、神経を逆撫でする言葉の数々。

忘れるはずがない。彼こそが、この世界で戦う術を教えてくれた。


「ア、アーラインッ!?」

「ん?なんじゃお主。妾の邪魔をするな」

「君こそ。感動の再会を邪魔しないでもらえるかな」


化物の戦斧を一瞬で押し返すと同時に、化物の胴体から血が噴き出した。

誰も何も出来なかった化物に対し、たった一振りで致命傷を与えるアーライン。

しかし、相手は化物。後方へ距離を取ると同時に、即座に肉体を修復した。

信じられない再生能力を目の当たりにしても、アーラインは気にも留めていなかった。


「何故貴様がここにいる!?」

「あ、居たのかラーベ。いやなに、女王陛下からの厳命でね。燈継を安全に聖王のもとへ送り届けろとの事だ」

「女王陛下が……」

「そう。君の手紙が届いて直ぐに僕が行かされた。まったく。この程度、自分で何とかしてもらわないと守護者失格だな」

「うっ……」

「まあ、今はともかく。燈継を連れて行って欲しい。燈継が万全の状態にならないと、我らが女王陛下自らがお出になる事になる。そうなると色々と面倒だからね」

「分かった……アーライン」

「ん?」

「すまない。助かった」

「ふっ……いいよ。気にしないで」


その時、ラーベからはアーラインの表情は見えていなかったが、その心の内は読み取れた。

クリスタル王国に居た頃は、常にいがみ合っていた。

戦いに正々堂々を求める騎士道精神の持ち主のラーベと、卑怯卑劣を好き好んで戦うアーラインでは、馬が合わないのも当然の事。

それでも、ラーベはアーラインを認めていた。

自分よりも強い、王国の守護者として。


「さあ。行った。行った」

「アーライン……俺は……」


本当はもっと、アーラインと話したい事がある。

これまでの事。そして、これからの事。

アーラインだからこそ、話せる事がある。

でも今は、それを許す時間がない。

ラーベが燈継を抱きかかえ、用意していた馬に跨る。

馬が走りだそうとした時、アーラインは燈継に目を向けた。


「燈継。一つだけ言っておく」

「……」

「君は間違っていない」

「っ!?」

「勇者として正しい選択をしても、救えない命はある。それは蒼義も同じだった。だから……前を向くしかない。それが、勇者である君の使命だから」


アーラインは、帝都での出来事を知っているのだろう。

そうでなければ、そんな言葉は出てこない。

長い時を生きるアーラインは、あらゆる経験の果てに確かな答えを持っている。

しかし、今の燈継はそう簡単に割り切る事は出来ない。

自分が犯した過ちを、自分が最も許す事が出来ない。

それでも、自分の信頼する誰かに、間違っていないと言われると少しは救われた気がする。


(ありがとう……アーライン)


燈継を乗せた馬が走り出した。

ローシェや帝国軍兵士達も、ラーベが馬を走り出すと同時に隊列を組んで馬を走らせた。

燈継は感謝の言葉を口にはしていないが、その心はアーラインに伝わっている。

その証拠に、アーラインはいつも以上に不敵な笑みを浮かべていた。


「すまない。待たせたかな?」

「ふん。どいつもこいつも、哀れなものだ。たかがエルフ一匹。妾の前では、時間稼ぎにすらならん」

「奇遇だね。僕からしても、君は退屈しのぎにすらならないと思っていたんだ」

「自らの弱さを理解していない者は、こうも滑稽に映るのか。哀れなエルフよ、妾を何と心得る?」

「んー。魔王軍で一番、存在が痛い女……かな」

「そうか!そうか!蛆虫程の頭も無いか!であれば教えてやろう!妾は寛大だからな!」


巨大な戦斧で宙を切り裂き、その衝撃波で空間を揺らし大地を削る。

その一振りで、彼女がとてつもない力の持ち主だと分かる。

当然、アーラインはつまらなそうな目でそれを見ていた訳だが。


「魔王軍契約魔将『魔王妃』ルシエラ・フランロット・アリアンリーゼ!妾に殺される事。この上ない名誉に震えて死ね!」


殺気と共に放たれた膨大な魔力。

並みの者であれば、恐怖に体がすくんで動けなくなる。

しかし、この男には意味を成さない。

それよりもむしろ、引っ掛かる事が有る。


「……魔王妃?」


様々な考えが頭の中で思い浮かぶ。

そして、アーラインが出した結論は……。


「魔王……流石に趣味が悪すぎる」


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