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開かれた扉-4


永遠に果ての無い空間。

上下左右の感覚が掴めない異様な空間の中で、燈継は導かれるようにその扉を目指した。

何時までも扉との距離が縮まらない。扉との距離感も掴めない。

しかし、永遠に辿り着けないと感じられたその扉は、突如として目の前に現れた。

燈継の思考は動いていない。故に、その現象に対する反応もない。


遠くから見ても分かる巨大な扉は、至近距離では扉の先が見えない程に圧倒的な大きさだった。

黒く巨大な両扉。しかし、それだけ巨大な扉を見ても、燈継は何も感じない。

ただ、意識だけがその扉を認識していた。その扉を、開ける為に。


自然とその扉に手を伸ばそうとした所で、自分の無意識がそれを拒絶している事に気付く。

その扉を開けてはらない。誰かに引き止められる様に、体が扉から離れていく。

そんな燈継を呼び止める様に、聞き覚えのある声が頭の中に囁いた。


「勇者様。この扉を開けて下さい」


そう言われた瞬間、扉から離れようとする無意識は搔き消された。


「勇者様。どうか私の願いを叶えて下さい」


その声に抗う事が出来ない。

扉を開ける為に、再び手を伸ばした。


「そうです。そのまま、その扉を開けて下さい」


その声は、紛れもない愛した人の声。

彼女の望みならば、この扉の先に何があろうとも……。


「愛しい勇者様」


それが、燈継に聞こえる最後の言葉だった。

彼女の願いを叶える為に、この扉を開ける。

扉を拒絶する無意識を完全に振り払い、燈継はその両扉を全力で押し開いた。


「さて……これでどうなる事やら」


燈継が無の空間で扉を開けるまでの間、現実で経過した時間は数秒。

その中で、ジュトスはこの後に起こる事を楽しみにしていた。

勇者の本性。それがどんな醜悪な姿なのか、それを楽しみにしていた。


所詮は暇潰し。しかし、暇潰しの為には手間を惜しまない。

呪われた皇女を勇者自らの手で殺させ、目の前に諸悪の根源たる自分が姿を晒す。

だが、それでは足りなかった。

ジュトスは更に勇者を追い詰めた。圧倒的な実力差を理解させ上で、帝都全域の破壊。


そして、勇者の目の前で親子を殺した。

その親子も偶然現れた訳ではない。ジュトスの<支配(ドミネーション)>によって、自分の意思とは関係なく操れていた。

特に、目の前で子供を殺すのは上手く行った。勇者の中で、何かが崩れ落ちた。


(一体何が見れるんでしょうね……どんな醜悪な本性を秘めているのか、楽しみですよ)


初めて勇者を見た時から、ジュトスは燈継に何かを感じていた。

確信に行かないまでも、引っ掛かりを覚えた違和感。

その正体が今、明らかになる。


ゾクッ!!!


「っ!?」


ジュトスだけではない。

その瞬間、帝都に生きている生命は、明確な死を直感した。


「な、何だ今の感覚は!?」


それは、魔王も例外ではない。

城壁から離れて観察していた魔王でさえ、死に触れた。


「ローシェ!」

「ラーベ様!?いけません!これ以上近づくと……あれ?」


石化された様に動かなかったローシェの肉体は、驚く程自由に動いた。

自分でも驚いていると、直ぐにラーベが駆け付けた。


「燈継は!?それに今の感覚は何だ!?」

「分かりませんっ!勇者様は……え?」


燈継に視線を向けたローシェは、自分の目を疑った。

自分の目に映る燈継からは、生者としての気配を感じない。

そんなはずがないと自分に言い聞かせながらも、燈継を死者として捉えてしまう。


「……今、冥界の空気に触れたか?」


ジュトスも自らの感覚を疑った。

地上の世界に居ながら、本来感じる事のない冥界の空気を肌に感じた。

長らく忘れたていた感情が、心の奥底から湧き上がる。

それを否定し、完全に押さえつける。

それでも溢れ出てくる『恐怖』に駆られて、ジュトスは光の剣を振り下ろした。


「跡形も無く消え去れっ!!!」


足元で動けなくなった勇者など、この一振りで終わらせられる。

そう思っているのは、ジュトスの願望に過ぎない。

現実は、ジュトスの願望を打ち砕く。


「消えた!?」


ジュトスから見れば、燈継が動けるはずがなかった。

広範囲に発動していた<支配(ドミネーション)>を、燈継に対して集中させる事で、より強力に肉体を支配していた。

先程まで体を震わす事しか出来なかったはずが、目の前から消えている。

視界に燈継を収めていない『恐怖』に駆られ、ジュトスは漆黒の翼を羽ばたかせ空へ逃げた。


「何処だ!?何処に居る!!!」


先程までの余裕はもうない。

ただの暇潰しの筈だった。それが、今は何故か『恐怖』を感じている。

有り得るはずがない。天界より生まれし存在が、地上の下等生物に対して恐怖を抱く事など……。


「何だあれは……」


燈継は崩れ落ちた瓦礫の山に立っていた。

それを空中から見下ろすジュトスは、自分の感覚を疑い続けた。

視界には捉えているはずの燈継が、そこに存在していると認識できない。


「な、何が起きている?この異常な気配は何だ!?それに……燈継は一体何があったんだ!」

「……ゆ、勇者様」


ラーベも、ローシェも、目の前で起きる現象に理解が追い付かないまま、ただ見ている事しか出来ない。

今目で見ている燈継は、本当に自分達が知る燈継なのか?それすらも、定かではない。


『亡霊の果ての彷徨いし魂達よ。行く果ての冥界に群れを成し、我が光に集え』


その声は、燈継の口を通して発せられた声だが、まるで別の何かに聞こえた。

その言葉すらも、まるで別の何かが、燈継の体を通して世界に告げている様だった。


『今ここに、魂の不浄を払い、鎮魂の歌を剣に捧げる』


空は黒く染まっていた。

雷雲ではない。黒く闇の世界に覆われていた。

異常なまでの冷気が空気を支配して、帝都の生命を震わせた。

肉体が凍えている訳ではない。生命を脅かす恐怖によって震えている。

今、帝都は死の世界に触れていた。


「か、下等生物風情が……冥界の扉を……」


凍える冷気が肉体を震わす時、それと同時に何かが肉体に触れていた。

それは、明確に目に捉える事が出来ない。

白く、あやふやで、煙の様な実体のない何か。

それは、一つではない。無数の群れを成して、燈継の下へゆっくりと集結して行く。


無数のそれは、やがて燈継の掲げた右手に集結して行き、ジュトスの目で捉える事が出来る集合体となる。

細く、長く、天にまで届き得る。実体のないあやふやな煙の様な集合体のそれを、燈継は掴んだ。


自分の意思はない。

あるのはただ、そうしなければならないという本能。

天に掲げるそれは、まるで剣だった。

そして、その剣からは声が聞こえる。


「あいつを殺せ!」

「よくも子供達を!!」

「殺せ!奴に報いを!」

「「「殺せ!殺せ!殺せ!」」」

「「「罪ある者に裁きを!!!」」」

「「「我らの恨みを晴らしたまえ!!!」」」


一人一人の声が、明瞭に聞こえる。

その恨みや怒りが込められた言葉は、燈継の体を蝕んだ。

燈継の魂では許容できない程の憎しみの声、復讐の願い。

自身の肉体を憎しみの炎に焼かれながら、燈継はその願いを叶える。

この剣を振り下ろせば、自分の肉体は砕け散ってしまうだろう。

それでも……この魂達の願いは、必ず叶えなければならない。

たとえ、この体が砕け散ったとしても……。


「勇者様……私を愛してくれて、ありがとう。私はもう大丈夫。だから……勇者様は生きて下さい。それが……私の最後の願いです」


怨嗟の声に圧し潰されそうになる燈継の耳に、一際明瞭な声が聞こえた。

優しさが込められたその声だけは、絶対に聞き漏らす事は無い。

後ろからそっと燈継を抱きしめるその声に、燈継は暗闇の中で一筋の光を掴み取った。


(っ!?そうか……ありがとう。リーゼ)


「異界接続……<剣の鎮魂歌ソード・オブ・レクイエム>」


空中から地上を見下ろすジュトスを目掛けて、燈継はその剣を振り下ろした。

天より高く伸びる魂の剣は、空中に居るジュトスに怨嗟の声を刻む。


「ふざけるな!この私が!貴様ら下等生物に敗北するはずがない!」


ジュトスは自身が持てる最大の光を収束した。

その手に握られた光の剣は、容易にこの帝都を消し去る事が出来るだろう。

己が持つ最大威力の光の剣を、天より迫り来る魂の剣にぶつける。


「っ!?」


しかし、その光の剣では魂の剣に触れる事が出来ない。

眼前に迫る魂の剣を前に、ジュトスは懐かしき思い出が蘇る。

決して認めまいと否定し続けた『恐怖』は、かつてジュトスが抱いていた感情だった。


「下等生物がっ!死神を騙るなど……っ!?」


その言葉を最後に、ジュトスの肉体を魂の剣が切り裂いた。

いや、正確には外傷はない。ジュトスは傷一つ付いてない。

しかし、ジュトスは地上に墜ちた。

その瞬間、魂の剣は弾ける様に霧散して、帝都の空は青く透き通り闇を切り裂いた。


「はぁ……はぁ……」


青く澄み切った空を見上げた燈継は、ようやく五感を取り戻す。

そして……。


「さようなら……リーゼ」


その言葉を最後に、燈継は意識を失った。

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