開かれた扉-1
「改めて名乗ると致しましょう!魔王軍契約魔将が一人『失楽』のジュトス。以後、お見知りおきを」
漆黒の翼を広げた美しき堕天使。
燈継はジュトスを鮮明に覚えていた。魔王軍による王都襲撃の際、魔王を追い詰めている所で、突如として参戦してきたジュトスによって燈継の魔法が破られた事がある。
その時、燈継はジュトスが異界の存在である事、天界や冥界から生まれた存在である事を見抜いていた。
「いやいや、本当に素晴らしい喜劇でした。これ程愉快な感情を抱いたのは数百年ぶりですよ」
「お前が……リーゼに指輪を……」
「ええ。そうです。私が彼女に血界の指輪をプレゼントしました」
「何故だ!何故彼女に指輪を与えた!?」
「何故?決まっているでしょう。唯の暇潰しですよ」
「っ!?」
未だかつてない程の激情。
怒りや殺意だけでは語る事が出来ない。それら全ての感情が混ざり合い、自分でも制御出来ない激情が湧き上がる。
燈継がその激情を言葉に変えてジュトスにぶつけた所で、それは意味を成さない。
ならば、その激情が燈継の体を動かしたのは必然。
邪悪な笑みを浮かべるジュトスに対し、初動から最速で迫る燈継。
ジュトスの首に聖剣が到達するまであと数ミリ。
しかし、聖剣はそれ以上振るう事が出来なかった。
「なにっ!?」
「残念でした。その程度で私の首は取れませんよ」
自分の首を断ち切ろうとする聖剣に対し、ジュトスはたった指二本で聖剣を抑え込んでいた。
たった指二本で止めているだけ。それなのに、燈継はどれだけ力を込めても聖剣を振り抜く事が出来なかった。
「お教えしましょう。天界より生まれしこの私と、貴様ら地上の下等生物との力の差を」
「っ!?」
ジュトスは空いている左手を燈継にかざし、光を収束させる。
その瞬間、全神経から発せられる危険信号を受けた燈継は、瞬時にその場から飛び退いた。
そして、ジュトスの左手に収束した光が放たれた時、一秒前まで燈継が居た場所は、地面が削れ大地が熱によって溶かされていた。
異次元の魔力密度。収束した光の魔力が異常すぎる強さを誇っていた。
「こいつ……」
「勇者様。ここは私が全力でサポート致します。勇者様は私が必ず守ります。だから、勇者様は攻撃に集中してください」
「ローシェ。そういえば、こうして肩を並べて戦うのは初めてだな」
「そうですね。いきなり私に任せて欲しいだなんて……やはり、私の事は信用できませんか?」
ローシェが仲間に加入してから、燈継は一度もローシェと共闘した事が無い。
燈継は自分一人で戦う事を好んでいたが、それは仲間を失いたくないという願望の表れ。
王都でラーベを失いかけて以降、無意識の内に一人で戦う事を望んでいた。
しかし、燈継はまだ未熟だった。
ゼノスも含めて、目の前のジュトスも一人で勝つのは難しいかもしれない。
魔王軍には未だ見ぬ強敵が多くいるだろう。そんな相手に一人で戦い続けるのは無謀だ。
「そんな訳ない。信頼してる。だから……任せたぞ」
「はい!お任せ下さい。勇者様は、必ず私がお守り致します」
「話し合いは終わりましたか?では、始めましょう。一方的な蹂躙を」
ジュトスが再び光を集束させ、二人に向けて光の束を放つ。
燈継とローシェはそれぞれ回避行動を取りつつ、即座に反撃へ転じる。
燈継は先程の攻防で、ジュトスをゼノスと同等の強敵と認識していた。
それ故、手加減をして様子見をするという選択はない。
<小さき太陽>
巨大な炎の球体が、ジュトスを目掛けて放たれる。
それに対しジュトスは避ける素振りも見せず、右の手の平をかざして正面から受け止めた。
着弾と同時に爆発が起きる炎の球体に対し、ジュトスは一切傷を負う事無くその場に立っている。
「おや?勇者の姿が……」
「<聖典魔法 第二十八章>聖なる監獄よ、神の眼の下に邪悪なる者を繋ぎ止めよ」
「ほう……これは……」
ジュトスが姿を消した燈継に気を取られた隙に、ローシェも燈継をサポートする為に行動を開始する。
堅牢な光の束が四方からジュトスの肉体を抑え込み、その場から動けない様に封じ込める。
しかし、ジュトスは天界より生まれた存在。
その性質上、光属性の魔法に対し強い耐性を持っているジュトスは、いとも容易くその光を打ち砕いた。
「そんな!聖典魔法が……」
「ふん。神聖魔法も聖典魔法も大きく分類すれば光属性の魔法の一種。残念ですが、貴方では私に傷一つ付ける事が出来ませんよ」
「安心しろ。お前は俺が殺す!」
「っ!?」
ジュトスは自身を圧倒的強者と認識している。
その自信から来る油断を、燈継が利用しない訳がない。
爆発に乗じて姿を消した燈継は、ジュトスの隙を突いて背後に迫っていた。
「無駄な事を」
ジュトスは光の束を自身の周りに生成すると、それを背後から迫る燈継に打ち放つ。
一つでもまともに受ければ致命傷となる一撃。
普段なら聖剣の聖域を使うか回避するかの二択だが、今の燈継は違う。
一人で戦っている訳ではない、仲間と共に戦っている。
「<聖典魔法 第十五章>神よ、戦場を駆ける剣を守りて盾とならん」
ローシェが聖典魔法を発動させると、燈継の目の前に大きな光の盾が出現し、ジュトスが放つ光の束を受け止めた。
今の攻撃で燈継を止められると思っていたジュトスは、光の盾に守られた燈継に接近を許す。
しかし、接近を許した所で恐れる事は無い。この身を傷付ける、致命的な一撃を受ける事は無いのだから。
そう考えていたジュトスの思考は、燈継によって完全に読まれていた。
「<闇裂弾>」
「っ!」
聖剣を持たない左手から放たれたのは、光を飲み込む闇の閃光。
王都での戦いで、ジュトスに対して光属性の魔法が効果的ではないと知っていた燈継は、対策を講じていた。
天界より生まれし存在で、光属性に強い耐性を持っているなら、闇属性の魔法が最大の弱点のはず。
燈継は炎、水、風、地、光、闇の六属性の魔法を全て扱う事が出来る。
勇者という聖なる存在が、闇属性の魔法を使うはずがない。燈継はその思考の裏を突く。
放たれた闇の閃光に飲まれていくジュトスに対し、燈継は更なる追撃を行う。
(今だ!この隙を逃さない!)
<黒炎斬>
黒く燃え盛る炎を纏い、闇の閃光に飲まれたジュトスを目掛けて聖剣が振るわれる。
闇属性と炎属性を掛け合わせた一撃。
炎属性だけでは、ジュトスの肉体に傷を付ける事は出来ない。闇属性を合わせればジュトスにダメージを与える事が出来る。
本来であればそれは正しい。しかし、ジュトスはその理から外れた存在。
黒き炎を纏い振るわれた聖剣は、いとも容易くジュトスの片腕で止められた。
「なにっ!?」
「勇者の癖に闇属性の魔法を使うとは、流石に驚きましたよ」
「闇属性の魔法が……効いていないのか……」
「ええ。当然でしょう。この漆黒の翼が見えませんか?」
「……」
「私は天界より生まれし存在。しかし、己が愉悦を求める為に、天界から追放され堕天したのです!」
「堕天だと?」
「そうです!堕天した事で穢れなき純白の翼は漆黒に染まり、本来であれば肉体が消滅しかねない強い闇の力も手にしたのです!」
ジュトスは天界より生まれた存在。その性質上、光属性の魔法に強い耐性を持っている。
そして、本来であれば最大の弱点である闇属性の魔法も、堕天する事でその身に受け入れた。
その他の属性にも強力な耐性を持っている以上、今のジュトスに死角はない。
「どうですか?絶望しましたか?」
「ふざけるな……お前はだけは、絶対に殺す!リーゼを弄んだ貴様だけは許さない!」
「おやおや。随分と入れ込んでいた様ですね、彼女に。であれば、貴方には感謝してほしい物です」
「何を言っている……」
「だってそうでしょう。貴方と彼女が出会ったのは、私のおかげなんですから」
「は?」
「彼女が呪われていたから、貴方は彼女と出会う事が出来た。違いますか?」
「さっきから何を言っている!お前がこれ以上、リーゼを語るな!」
「私は貴方より彼女を知っていますよ。なにせ、彼女が生まれた時から私は知っていたのですから」
「生まれた時から……だと」
「そうです。彼女に呪いを掛けたのは……私なのですから」