正しい強さ-2
「<大地の巨腕>」
燈継が地面に手を付いて魔法を発動させる。
ラーベの足元の地面が隆起し、今にも何かが飛び出しそうに揺れ動いている。危険を察知したラーベは、即座にその場から後方に飛びのいた。
そして、大地を割って勢いよく地上に突き出た、土で形成された二つの巨大の腕はラーベを追って凄まじい勢いで動き出した。左右上下から襲い掛かる巨大な腕を華麗に躱しながらも、ラーベは訓練場の端まで追い詰められた。
「捉えた!」
壁に背中が当たったラーベは、その場で立ち止まり、自らに迫る二つの巨大な腕を見据えた。巨大な腕が今にもラーベに直撃するかと思われた時、この試合で初めて、ラーベは剣を抜いた。
「薙ぎ払え、風神剣!」
掛け声と共に、ラーベは剣を抜いた。
次の瞬間、訓練場に嵐の如き暴風が吹き荒れる。ラーベに迫る二つの巨大な腕は完全に破壊され、元の大地の土へと木端微塵に破壊される。凄まじい風圧に燈継は飛ばされそうになりながら、魔力を足に集中して力を込める。
風が完全に止み、静寂が訪れた修練場の中で、端に追い詰められていたラーベが悠々と歩みを進める。
(隙だらけ。と言いたいところだが、あれは余裕の表れだな。何が来ても、その風神剣で打ち砕くという意志表示。そして、今のが風神剣の能力か……)
風神剣の能力。
それは、一振りで嵐の如き暴風を巻き起こし、全てを吹き飛ばし、薙ぎ払う。風神剣が一振りあれば、大軍を相手に一人で戦えると言われる一騎当千の剣。
その力を目の当たりにした燈継は、どう攻撃するか思考した。生半可な攻撃では、全て風神剣が巻き起こす暴風によって、先程の様に木端微塵にされるか、吹き飛ばされるのは目に見えている。
「どうした?もう手が尽きたのか」
「まさか、少し考え事をしていた」
「私はそれを悠長に待つほど、優しくは無いぞ」
ラーベが地面を蹴って、先程よりも凄まじい速度で再び燈継に迫る。それを待っていたとばかりに、燈継もラーベに手の平を向けて、魔法を発動させる。それとほぼ同時に、再びラーベの足元に<爆裂陣>が展開され、即座に爆発が起きる。
しかし、爆発が起きるよりも早く魔法陣を駆け抜けたラーベは、燈継の目の前にまで迫る勢いだが、それよりも早く燈継の魔法が発動した。
「<閃光>」
訓練場は激しい光に包まれ、白い世界に覆われる。
攻撃魔法が来ると読んでいたラーベは、視界を奪われながらも風神剣を振るい、暴風を巻き起こした。その攻撃が当たったかどうかは分からないが、直ぐに視力を取り戻したラーベは、背後から迫る気配に反応し、振り向きながら剣を薙ぎ払い、迫りくる剣を受け止めた。
「止められたか」
「六属性の魔法を扱えると聞いていたが、既に使いこなしている様だな」
「使える物は使わないと勿体ないだろう。だから……」
「っ!!」
鬩ぎ合う燈継の肉体が水に変容して崩れると共に、ラーベに襲い掛かる。
ラーベは自身を捉えようとする蠢く水から距離を取り、後方に飛ぼうとするが、ラーベは背後の風景が水面の様に揺れ動いている事に気付いていなかった。
そのまま後方に飛んだラーベは、ザバっと全身が水に浸かり、水の中に飛び込んだような感覚に陥る。異様な感覚に背後に視線を向けると、その先には燈継が手の平を向けて魔法を発動しようとしていた。
後方に飛んだ勢いと共に、風神剣を振るおうとするが、燈継の魔法の方が速かった。
「<小さき太陽>」
燈継の手の平から放たれた巨大な炎の球体は、ラーベの視界を全て覆い尽くす。直撃する前に、風神剣で受け止めるが、勢いに負けてそのまま巨大な炎の球体に圧される。
そして、巨大な炎の球体は破裂した。
<爆裂陣>を超える規模の爆発が起きて、衝撃波と爆発音が修練場に響き渡る。
不安で胸を締め付けられそうになっていたレイラは、今やその不安は消え、目の前で繰り広げられる光景に驚きを隠せなかった。
「信じられん。完全に魔法を使いこなしているではないか。一体どいう指導をしたら、この短期間でこれ程……」
「魔法の習得の速さに関しては、陛下の才能を引き継いだのでしょう。しかし、あのように器用な使い方が出来るのは、燈継の才能かと。少なくとも、蒼義には出来ない芸当です」
「まったく……大したものだ……」
<閃光>でラーベの視界を一時的に奪い、背後から奇襲を掛ける。その奇襲を行うのは、<水の虚像>で造りだした分身。万が一背後からの奇襲を防がれても、<水の虚像>が解除すると同時にラーベに襲い掛かる。それを回避しようと後方に飛び、そこでようやく<水面鏡>の存在に気付く。<水面鏡>が風景を映し出していた奥では、燈継が魔法をいつでも発動できる状態で待ち構えている。
そして、<小さき太陽>が放たれた。
この一連の流れを作り出した燈継の戦闘の才能こそが、アーラインが見出した燈継の才能だった。
「無傷ではないにしろ、今の一撃は相応のダメージをラーベに与えたはずです。肉体的にも、精神的にも」
爆発による土煙が完全に消え去り、ラーベが姿を現すと観客たちの間にざわめきが起きた。
ラーベが身に着けていた鎧の右半身は、一部完全に砕け散り、本来見えないはずの肌が露出している。地面に片膝を突いている姿は、ラーベの強さを知る者達にとっては、信じられない光景だった。
長い沈黙を保った後、重々しくラーベは口を開いた。
「……認めよう。お前の強さを」
「ありがとうラーベ。その称賛は嬉しい限りだ」
「しかし、私も守護者の称号を持つ以上、敗北は許されない。だから……許せ燈継」
ラーベが立ち上がり風神剣を両手で握りしめる。
そして、再びラーベを中心に暴風が巻き起こる。今までよりも激しく吹き荒れる暴風に、観戦している兵士達も、まともに立つことが出来ずに膝を地面に突いている者もいる。
膨大な魔力とその身に受ける暴風を前に、燈継は理解した。ラーベがこの一撃で終わらせるつもりだと。
「そう来るだろうと思ったよラーベ」
今にもラーベから凄まじい一撃が繰り出されようとしている時、燈継の頭に過ったのは、修行中のアーラインの言葉だった。剣の扱いから、魔法の指導。戦いの基礎から応用まで。全てをアーラインに教わった燈継は、心に強く残っている言葉がある。
「燈継。君は強い」
「何だよ突然」
「その膨大な魔力と魔法の才があれば、大抵の相手は圧し潰せるだろう。そんな君が、力押しで勝てない敵に勝つ為に、僕は色々と教えてきた」
「ああ。感謝してる。本当に、心からだ」
「別に感謝はしなくていいよ。僕が好きでやってる事だからね。ただ、一つ覚えていて欲しい事がある」
「なんだ?」
「力押しが正解の時もある。これだけは、胸に留めていて欲しい……」
燈継は、己の魔力を制御する事無く放出した。
「こ、これは!」
「なんと……凄まじい……」
ベルフェンやレイラを始め、観戦していた者達の間に、再びざわめきが起こる。
燈継はラーベが風神剣に込めた魔力と、同等の魔力を放出している。燈継がラーベの渾身の一撃を、正面から迎え撃つ事は誰の目にも見て取れた。一体どれ程の魔法を以て迎え撃つのか、観客達は息を呑んだ。
ただ一人、アーラインだけが笑みを浮かべていた。
「それでこそ勇者だ燈継。私の全力を、お前の全力で打ち破って見せろ!」
「ああ。この一撃でラーベを倒す」
ラーベはこの緊迫した状況で、笑みを浮かべていた。自分の全力に、燈継も全力で応えてくれる事が何よりも嬉しかった。
それは、勇者として相応しい姿だった。蒼義の影と、目の前の燈継が重なった様な気がした。
ラーべが様々な思いを込めて、全力で剣を振ろうとした時だった。ラーベの視線の先の燈継が、ラーベに向けた手の平を下ろした。
「悪いなラーベ。俺の勝ちだ」
膨大な魔力がぶつかる中で、耳に届いた燈継の言葉は、到底ラーベには理解できる物では無かった。振り下ろす剣を止める事が出来る筈もなく、風神剣から凄まじい一撃が放たれるかと思われた時、背後からの衝撃によってラーベの態勢が崩れた。
「な、何が!」
風神剣から放たれるはずの一撃は不発となり、ラーベが背後を振り返ろうとした時だった。
肌を焼くような熱気に、慌てて燈継へ視線を向けると、目の前の視界は赤く巨大な炎によって覆われていた。ラーベが思わず死を覚悟した時、繊細で薄い何かに全身を包まれる感覚に襲われた。
そして、巨大な炎は炸裂し、再び衝撃波と黒煙を修練場に齎した。
その衝撃的な光景に、時が止まったかの様な異様な静けさの中、パチパチと称賛の拍手の一つが修練場に響き、注目の的となる。その人物はアーライン。いつもの様な笑みを浮かべて、燈継の元へ歩み寄った。
「いい戦いだったよ燈継。守護者の称号を持つラーベに勝利出来たのは、君の実力が本物だという証明だ」
「ラーベが納得してくるとは正直思えないけど」
「納得するも何も、君の勝利は揺るがない。それだけは確かさ」
黒煙が消え去りラーベの姿が露わになった時、彼女は先程と変わらない様子で、一切ダーメ―時を受けていなかった。
それもそのはず、ラーベに燈継の<小さき太陽>が直撃する刹那、レイラによって、ラーベに<白銀障壁>が施された。それにより、ラーベは無傷で済んだ。
うなだれるラーベは、何かを押し殺しているような声で話始めた。
「認めよう……私の負けだ。燈継、一つだけ教えて欲しい。私が一撃を放つ時、一体何をした?」
燈継が静かに空へ指を差した。ラーベが空を見上げると、空に幾つかの炎の球体が浮かんでいることに気付いた。
「そうか、あれが空から私の背後に落ちて、態勢を崩したのか。だが、いつ仕掛けた?あんなものが空に浮かんでいれば、私も気付くはずだ」
「初めからだ」
「何?」
「初めから仕掛けていた。空に<水面鏡>を張ってあれを隠していた。凝視しない限りは、<水面鏡>には気付けない」
「そうか、そういう事か……」
「それだけじゃないよラーベ。君の注意が空に向かなかったのは、<爆裂陣>によって、地面に気を取られていたからだ。つまり、初めから燈継の思い通りだった訳さ」
下を俯くラーベに、横から割り込んできたアーラインが愉快に話し始めた。まるで、子供が自慢のおもちゃを見せびらかす様なアーラインの態度に、燈継は内心やめてくれと願った。今にも、爆発しそうなラーベを見て分からないのかと。
そして、燈継の予感は的中した。
「これが貴様のやり方かアーライン!貴様には騎士道精神が微塵もないのか!」
「ないよそんな物。戦いにあるのは、勝利か敗北、生か死のどちらかだ」
「何をっ!」
「君は魔王軍との戦いを知らないから、綺麗事を言えるのさ。勝利と比べたら、騎士道精神なんて不要な物だ」
今にもアーラインに斬りかかりそうなラーベを後目に、燈継はアーラインの教えを再び思い出す。
『力押しが正解の時もある。これだけは、胸に留めていて欲しい……そして、力押しで正面からぶつかって来ると思っている相手程、罠に掛けやすいと言うことも』