カルテ05
深夜勤で出勤したとき、準夜勤スタッフからの引き継ぎで彼の意識レベルが下がっていることを聞いた。心臓の鼓動が激しくなる。もう、何人も末期患者様を看取ってきたし、どんな風に悪化して、どんな風に痛みに耐え、どんな経過を辿るのか、わかっているはずなのに動揺する。
「中谷さん、もう電子血圧計では計れません」
その時が近いことを示す幾つかの徴候を、申し送りで伝えられる。彼のベッドサイドにいるであろう彼の母親は今、どんな気持ちでいるのだろう。
「中谷さん、失礼します」
病室には、彼の母はいなかった。今夜のうちに彼が逝くことはないと医師から話があったようだから、きっと一時帰宅したのだろう。病室で付き添う家族も、多くのものを背負っている。
「萌……」
掠れた声が、わたしを呼んだ。
あと2日か3日だな、と冷静に考える。その中でコミュニケーションが取れるのは、明日が最期になるだろう。
「萌、に、看取って、もらえる、のか?」
「シフトによるけど」
わたしは彼の傍に行った。布団の中の掌を、そっと握った。その手は温かくて、まだ生きているのだとほっとする。
「萌……ありがとう」
いろいろな想いを込めた、ありがとうの言葉だと思う。
「少し眠って」
わたしは眠った彼の頬に、看護学生時代の恋人に戻って最期のキスをした。ようやくわたしの中でけじめがついた気がした。そして、そっと病室を後にした。