カルテ04
「中谷さん、車椅子の用意ができました。お外に行きますか?」
リクライニングできる車椅子に、背の高い彼を移乗した。そして屋上に向けて車椅子を押して進む。
ホスピスの屋上は喫煙所になっている。
病院や施設はどこも禁煙の昨今、死を待つ人が集うホスピスは、最期の時を好きなように過ごしてもらえるよう配慮している。
彼は細くなった指になんとか煙草を挟んで、美味しそうに吸った。
「煙草を吸うの、知らなかった」
煙が苦手なわたしは、彼から少し離れて言った。
「萌と別れてからだからな……」
掠れた声が、あの頃の優しい彼を思い出す。看護師国家試験が終わって久しぶりに彼とデートしたとき「立派な看護師になれ」と笑顔で言われそのあと真剣な表情で「俺、結婚することになったから」と言われたことを思い出した。
「子供が生まれたときに禁煙したんだよ」
彼は懐かしそうに目を細めた。
「結局また吸い始めたんだけどな」
カルテに記載されていた離婚歴。
「萌、いくつになった?」
目線だけをこちらに向けて、彼は笑っていた。
「26だよ」
「歳とったなぁ」
「大人になったって言ってくれる?」
もうすぐ最期の時を迎えようとしている大好きだった人に、わたしは笑顔で答える。
泣くな、泣くな、何度も心の中の自分に言いきかせる。病棟では泣かない、笑顔でいる、できないって言わない。看護学生の頃から守ってきたことを未だに実行している。