EPISODE8 サデュソンのまち(よる)
更に翌日、漸くサデュソンの町に辿り着いたと言う時には、もう黄昏時だった。酷くその日の黄昏は不気味なほどにオレンジ色で、どこか別の世界が浸食してきそうなくらいだった。影は濃く長く、ベレッタの弾もマジカルステッキの火力も底をつき始め、獣に齧られた傷口を治すことが出来ない位に披露していた。どうにかこうにか、サンダルフォナのエールを受けて歩を進めている状況であり、元々体力のないカリエラは途中何度もしゃがみ込んだりもした。
「こんにちは」
町の入り口に立っていた男に声をかける。しかし男は反応せず、ちらりと此方を見ると、背中を丸めたままどこかへ行ってしまった。
「なんだろ?」
「ここは都会だからな。色んな人がいるんだろ。とにかく宿取ろうぜ」
眠い、カリエラはそう言って欠伸をした。夜遅く、星明かりの下、発光していない宿屋の看板を見つけるのは大変だったが、どうにか見つけて、宿を取ることが出来た。カリエラは疲れがどっと出たのか、早々に寝入ってしまい、いつものように、やれまたレコードプレイヤーがないだの、壁にイアイエリーズのポスターがないだのと、レラー達が大騒ぎすることはなかった。結局彼女達は丸二日歩き通しだった。ペラッカは棒のようになって体がベッドに沈み込むのを感じたかと思うと、すぐに寝入ってしまった。
しかし、真夜中、ふとペラッカは目を覚ました。部屋を力強くノックする音がしたからである。一体何だろう、ペラッカは目をこすりながら、そっと目を凝らした。ドアが震えている。激しく叩かれているのだ。おかみさんが何か伝えたいことでもあるのだろうか。真夜中、というより明け方に近い時間帯である。ベッドを見ると、レラーが何故かベッドから両手足を出して、横向きになって眠っている。カリエラもかなりだらしない寝顔だ。
「はい、どなたですか?」
しかしドアの向こうのノックの主は応えない。聞こえないのか、と、ペラッカはもう一度大きな声で呼びかけた。すると一つ間をおいて、うおおおお、と凄まじい叫び声がし、今度はノックだけではなくキックも加わったらしく、物凄い勢いでドアが殴打された。
「か、カリエラ! カリエラ! 起きて起きて! なんか怖い!」
「ん…っ、んああ…?」
外の人物はドアを叩きながら、尚も喚いている。この騒音に、サンダルフォナも目を覚ました。カリエラは枕元のベレッタに手を伸ばし、そっと構えると、ドアに近づいた。サンダルフォナに目配せをし、彼女がドアノブに手をかける。ドアノブはがちゃがちゃと音を立てている。カリエラは引き金に指を添え、生唾を飲み、大きく頷いた。サンダルフォナが力を込め、勢いよくドアを開ける。カリエラは右手に左手を添える。ドアの前には、町に入った時に見かけた、あの無愛想な男が立っていた。
「迷惑だ。帰れ」
カリエラがそう突っぱねると、男はぐぐぐ、と唸り、突然カリエラに飛びかかってきた。サンダルフォナが電気をつけると、男はぎゃあぎゃあと喚きながら、カリエラを押し倒し、顔をがりがりと引っ掻く。異常者だ。そう思い、ペラッカはこの騒ぎでも寝ているレラーとメヴァーエルをベッドから突き落とした。カリエラは至近距離から男の肩を撃つが、全く効いていない。血は出ているから弾は貫通したはずなのに、全く意に介していないのだ。サンダルフォナが横から飛び蹴りを入れ、退かす。カリエラは、今度は脚を撃ったが、男は全く痛がっていない。何か支離滅裂な事を叫びながら、カリエラに襲いかかって来る。メヴァーエルが起きてレラーが起きる。流石に敵が来ているとすぐに分かったらしく、武器を構えて加勢した。しかしどんなに殴っても、切りつけても、全く怯まない。
「ど、どうすんの!? 殺しちゃうの!?」
「馬鹿野郎、畜生と人間は違うんだぞ!」
メヴァーエルにカリエラが一喝する。とはいえ、これほど傷をつけられては最早助からない気もする。カリエラはもうこれ以上被弾させられないと踏んだのか、グリップ部分で、男の額を強く叩いた。ベレッタをペラッカに投げつけ、杖を取り、胸を強く突く。男は漸く静かになり、ぐったりとその場に倒れた。動かなくなったのを確認し、カリエラはその場に座り込む。
「し、死んじゃった…?」
「レラー、メヴィ、おかみさん呼んで来い。ペラ、お前は医者だ。俺は腰が抜けた」
引っかき傷に優しくサンダルフォナがふれると、薄い血の膜がはがれた。三人ともこんな異常者の傍にいたくなかったので、すぐにその場を離れる。が、ペラッカは、後ろからカリエラを追い越した時に、カリエラの身体が震えていることに気付いた。カリエラはサンダルフォナの手を握り、唇をかみしめている。何か思うところがあるのだろうか。
男は助からなかったが、五人が五人とも正当防衛を主張し、それが認められたので、大きな事件にはならなかった。というより、大きな事件になるほど、この町の人間は、男に興味がなかったらしい。いや、男に、というより、お互いに、というべきだろうか。なんだか病んだ町だな、とペラッカは思った。襲われたことに驚いたのか、カリエラは体調を崩し、サンダルフォナと共に宿屋に残り、三人で町を回ることにした。一応メヴァーエルとレラーが、ペラッカの護衛と言う名目なのだが、あまりにも不安なので、カリエラはベレッタを持たせた。何かあれば、空砲を撃て、とのことだった。
「良いわね…。旅先の宿屋で看病される二人っきり…ふふ」
「メヴィ、カリエラは一応具合悪いんだけど」
「分かってるわよ、うるっさいわね! そこがいいんじゃないのよ!」
「………」
カリエラの苦労に、少し同情した。
町は相変わらず、誰に挨拶しても無視された。無視ならばまだいい方で、いきなり突っかかって来る人間もいた。鍛冶屋でカリエラに指定された弾丸を買い、道中打ち殺した獣の皮を仕立屋に渡して仕立て直しを頼んだ。
「おやん、可愛いね君達。旅でもしてるの?」
裏通りに入ったところで、声をかけられた。五人くらいの若い男。結構顔は良い。メヴァーエルはノックアウトされて、きゃっきゃっと答える。
「ええ、そうよ」
「どこから来たの?」
「ずっと西の方よ」
「へえ、じゃあこんな都会じゃ、色々分からないこともあるんじゃない? 俺達が案内してやるよ」
言葉尻の、僅かな強引性を、ペラッカは聞き逃さなかった。メヴァーエルとレラーは、イケメンだイケメンだと声を弾ませているが、ここは自分がしっかりと断らねば。ペラッカは二人の肩に手を置き、言った。
「ごめんなさい、用事があるからお断りします」
「ペラちゃん、そんなのないよぉっ!」
「そうだよ、俺達優しいぜ」
「いいえ! 結構です。あたし達忙しいんです。遊ぶ為に来たんじゃないんです!」
あまりにも連れないので、レラーは不機嫌になったが、ペラッカは譲らない。この男達にはついていってはいけないのだと、ペラッカにカリエラがテレパシーを送っているような気さえする。実のところ怖くて怖くて堪らなかったが、男達はいつの間にかペラッカ達を取り囲んでいた。
「ちょっとくらい良いじゃん。俺達、すげえイイモノ持ってんだぜ」
「イイモノ?」
「メヴィ! 聞いちゃ駄目だよ! いい加減にして下さい、人呼びますよ!!」
「お? こいつなんか面白そうなの持ってるぜ!」
ぺた、と、男の一人の手がペラッカの尻に触れた。そこにはベレッタが入っている。が、尻を触られたことの嫌悪感の方が激しく、ペラッカは悲鳴を上げた。男はベレッタをすり取ると、それが拳銃だと分かり、すげぇ、すげぇ、と仲間打ちで回し始めた。今の内に逃げようよ、と、ペラッカは二人に言うが、二人はそんなことよりもイケメンと遊べるかもしれないことの方が重要らしく、動こうとしなかった。
「ペラ、そんなに嫌なら一人で宿に帰れば? うちら、この人たちと遊びたいもん!」
「駄目だよ! だめだめ! この人たちなんかおかしいもん!」
その時、男達の一人が、銃を暴発させた。驚いて、何人かが震えあがる。ペラッカは引きずってでも逃げ出したかったが、二人はいっそ苛立たしい程に全く動かない。
「なあ、俺達がおかしいってどういう意味?」
やばい、と思った。ペラッカは必死に首を左右に振るが、突っかかってきた男は、小さなペラッカの頭を鷲掴みにすると、いきなり突き飛ばした。レラーが驚いてフォローに回るが、メヴァーエルはペラッカの方が悪いと思っているらしく、全く動じていない。
「さっきから何、お前。田舎者の癖に生意気なんだけど」
「そーそー。俺達がせっかくイイコト教えてやろうっていうのにさ、何その態度」
怖い怖い怖い怖い! どうしよう、なんでわかってくれないの!? 嗚呼、こんな時カリエラがいてくれたら…。
男達が迫って来て、漸くレラーもメヴァーエルも危機感を持ったらしい。男の一人が、懐から何かガラス製の物を取り出した。注射器だ。
「もういいよ、面倒くさいし、ここでヤっちゃえば?」
「なんだよお前、持ってきてたの?」
「こういうことも考えてねー」
ゲラゲラと笑う男達。何かの毒物だろうか。考える暇もなかった。もう構ってられない、ペラッカは踵を返して走り出した。その後を、レラーとメヴァーエルが追いかける。本性を現した男達は下品に笑いながら、玩具を追いかけるように手を伸ばしてきて、メヴァーエルを捕まえた。それに気付き、ペラッカの足が止まる。引きずられていくメヴァーエルを見て、火がついた。
「わあああああん!!!」
ペラッカは雄叫びを上げ、男の一人を突き飛ばした。別の男がバタフライナイフを構える。これはもう後戻りはできない。ペラッカは武器も何もないが、逃げ切れるとは思えなかった。
「レラー! メヴィ! 力貸してくれるよね? ぶっ飛ばすよ!」
「顔以外なら傷つけても良いわよ」
「おっけ~!」