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仮想遊戯  作者: 菊華紫苑
魔女異聞 河梁之吟
86/89

証言Ⅸ ペラッカ

 魔女カリエラ・アンモナの友、鬼女サンダルフォナの友、烈女レラーの友、悪女メヴァーエル・ミカエリの友、シャローム初代国王ケテルの母。我が名はペラッカ、この件について証言いたします。

 それは、忘れもしない。あの革命の日、私が大神殿に踏み込んだときのことです。


「カリエラ…カリエラぁぁ…」

 友の額に注射針を撃ちこみ、喉を引き裂くように泣くペラッカに、イシャが駆け寄る。

「まだです。時間との勝負ですから、立ってください」

 涎を流し、目を半開きにして寝るカリエラにペラッカが泣き縋ろうとした時、その手をぴしゃりと叩かれた。

「しっかりして下さい! この革命は成功してしまう。でもボク達の戦いは勝つ! そのために必要なんです!」

「うん、うん…」

「姉御の服を、出来るだけ破かないように脱がせてください」

「うん、分かった…」

 涙と鼻水を止められないまま、ペラッカはカリエラの服に手をかけた。眠っていて脱力した身体は重いが、エプロンマントと修道服は、早い話が引っ張れば脱がせる。但し、それはペラッカの小さな体では実に重労働だった。修道服の上着をすっぽ抜き、なんとかズボンもすっぽ抜いて、

「ぺら、か…」

 掠れた声で呼ばれて振り向き、―――ゆっくりと顔を戻した。そしてもう一度振り向く。変わっていない。

「ぼさっとしていないでください、服を取り替えるんです」

 サンダルフォナが下着姿になって、ぐらぐら煮える目玉をなんとかこちらに向け、自分の服を投げつけるように渡してきた。いや、恐らく投げつけたのではない。身体の制御が効かないのだ。強張り、折れ曲がった指で作られた小さな籠に、カリエラの修道服を渡す。大きく指を震わせ、ぶちり、ぶちり、と、生地を傷めながら、なんとか自分で服を着る。薬の効果が弱まっているのだろうが、それでも普通の顔はしていない。震える唇は、早くも腫れている。

「ペラッカさん、ボーっとしてないで! 姉御に着せてください!」

 イシャに叱責され、ペラッカは自分の目の前に横たわる少女に目を移した。先ほどの殴りあいで、顔が徐々に変化している。もう一時間もすれば、容易に判別は出来なくなるだろう。言われた事しか出来なくて、どうやってカリエラに服を着せたのか、よく分からなかった。ただ、目の前に黒服の少女が出来上がった時、その顔はパンパンに腫れて、もう見分けがつかなくなっていた。

「かりぃ…え、ら…」

「―――ヒッ!」

 又してもぼんやりとしていたペラッカの隣に、拉げた首を皿に傾げたサンダルフォナ―――否、『カリエラ』が、そこにいた。

「え、え? サン、だよね?」

「…ペラッカさん、聞いてないんですか? ―――姉さんは、姉御の実のお姉さんですよ」

「はあああ!!??」

 我に帰る程には衝撃的だった。サンダルフォナはすやすやと眠るカリエラの髪を、耳の後ろの辺りでバッサリと切り取った。解いたサンダルフォナの髪は、水泳女子のようにバホバホに痛んでいて、それが背中まであるものだから、浮浪児のようだった。

「え、え、え、なんでぇ!?」

「ボク達も俄かには信じられませんでした。でも、姉さんは、姉御がこの革命に乗じて殺されることに気付いて、替え玉になる計画をボク達に持ちかけたんです」

 かりえら、かいれら、と、縺れた舌で、妹だという少女の寝顔を抱きしめるその姿は、姉と言うよりも母のようだった。

「なんで、なんで替え玉なんて…! だって、本当にカリエラが悪いことしたのかも―――」

「ペラ」

 いやに良く通る声だった。怒らせたかも、と、凍り付いた。振り向いた顔は、確かに血走り強張っていたが―――サンダルフォナの心は、穏やかだった。

「その、つみも…、わたしが、いっしょに、いられた、なら、おこらな、かった。それに、わたしは…。おねえちゃん、だから」

「それ…カリエラは知ってるの?」

 サンダルフォナは首を振った。

「わたしが…、カリエラとして、しょけいされる。いきのこるのは、サンダルフォナ。わたしと、カリエラの、りょうしんは、おなじだから…。カリエラの、からだの、でぇた、は、…ふたりが、けした、から。…ばれない、ばらなぃ」

「こんな廃人になったカリエラは、サンが何をしたかなんて、きっと分からないよ!」

「うん」

「逃げよう、二人一緒に、あたしと逃げよう! 今外でイシュが戦ってくれてる、ここから逃げよう、地下通路があるんでしょ!?」

「………。ししゃは、さがされない」

 その言葉に、サンダルフォナの覆らない狂愛が現れていた。

「…いつから、知ってたの。姉妹だって」

「はじめから」

「じゃあ、学校にいる時から?」

「うん」

「…二人は特別な友達なんだろうって、誰もが思ってた。その理由は、サンがカリエラの事を妹だと知っていたから?」

「うん」

「…なんで、なんで教えてくれなかったの!?」

「ころされるため」

「意味わかんない! 皆生き残った方が、絶対いいのに!」

 死なないで、と、ペラッカは泣き縋る。ささくれた指が、髪を梳く。

「なにも、たすけられなかった。せめて、いのちだけは」

「それはサンの責任じゃないよ! きっとカリエラはそういうよ!」

 他にも何か説得しようとした気がするが、全てサンダルフォナは首を振った。

「ペラ、いれかわったのは、いしゅと、イシャと、あなたしかしらない。マルくが、しぬまで、―――『サンダルフォナ』を助けて」

 どぉん、どぉん、と、爆発音が近づく。もうそろそろ外が破られるだろう。サンダルフォナは、歪んだ唇と目元を横に伸ばして、演説をするように言った。

「わたし、かぃえらを、あいしてるの。だから、むこのつみをかぶる。マルくになんか、わたさない」

「そんなの…ないよぉ…かんがえなおして…」

「かいれら、…あいしてるわ、どうか、いきて」

 『カリエラ』は、眠る『妹』の身体を抱きしめ、痛々しい顔に口づけた。身体が震えて、瞳が零れ落ちんばかりに見開かれた極限状況の中、別れを告げ、『サンダルフォナ』の服の腹部を軽く裂き、銃を向けると、一発だけ撃ち込んだ。痛みにカリエラは目を覚ましたが、まだ薬が効いているらしく、びくびく末端が動くだけだ。

「じゃあ、おねがいね。ふぇにくさをころそう」

 『カリエラ』はそう笑って、また注射器を取り出した。左の袖を捲ると、いつだったか見た、カリエラのあの螺旋状の傷が再現されていた。意識が無くなり、身体を調べられても、あれだけの大量の傷を再現するのは短期間では無理だ。その多さと正確さに、サンダルフォナの計画の綿密さと、執念を感じた。

 ペラッカは、受け入れるしかなかった。その傷口の一つに注射器を突き差し、中身を押し込み、再び吼える友は確かに友なのに、友の筈なのに、ペラッカは彼女に何がしてやれただろうか、友として!

「貴方たちは、あたしの自慢の友達だよ、『カリエラ』」

 彼女は、微笑んだだろうか。


「聖女、修道女を保護! あの女を捕獲しろ!! 奴は錯乱中だ、頭を吹き飛ばしても暴れるぞ! 頭と首以外ならどこを撃ってもいい、殺すつもりで捕まえろ!!」

「大将!」

「お願い、サンを助けて! あいつらが、崇敬大司教と法王が、この先にいる。あたしに行かせて!! だから助けて!! おなか、おなかがやぶれてて、血も吐いてるの、このままじゃ死んじゃう!」

「彼女はボクに任せて。行ってください!」

「うん、うん、行く。お願いね、絶対に死なせちゃダメだよ」

「もちろんです! さあ早く、あのクソ爺共に引導を!」

 アンモナ夫妻、アンタは知っていたか。

 アンタを求めていた孫を知っているか。その孫はアンタの傍にいたのに、アンタ達は愛さなかった。

 アンモナ夫妻、アンタは知っていたか。

 顔も知らない妹のために、その人生を捧げた姉の事を知っていたか。リストカットの痕まで再現し、いつ来るか分からない、けれど高確率で訪れるであろう未来を見越し、髪を伸ばし続け、それをフードに隠したお前達の孫を知っていたか。アンタ達よりも寄り添い、届くことのない愛を語り、姉と打ち明ける事もせず、妹の幸せのために命を投げ捨て、劇薬を身体に流し込んだその姉は、確かにアンタ達の孫に違いないのに。

 アンモナ夫妻、アンタは知っていたか。

 何が二人を隔てたのだ。アンタらの娘なのに。二人ともアンタらの娘なのに。

 何が母と彼女達を引き裂いたのか。その敵をこそ、アンタは倒すべきだったのだ、ニタ・アンモナ!

 一人の娘の存在は認知せず、一人の娘の存在を切り捨てて、そうまでして守りたい自分の人生があるのなら―――何故、お前は自分のための人生を選択しなかった! ニタ・アンモナ!


「魔女だ! カリエラ・アンモナだ!!」

「魔女を殺せ! 魔女を殺せ!! 魔女を殺せ!!!」

「悪魔を産む前に魔女の首を切り落とせ!」

「この女の処刑で、全ての計画は終わるだろう! あとは平和だけが訪れる!! フェニクサは死んだ! フェニクサは死んだ! フェニクサは燃やし尽くされ焼け死んだ! フェニクサは死んだ! フェニクサは死んだ! フェニクサは死んだのだ! これこそ私達の勝利だ!!!」

「フェニクサは死んだ! フェニクサは死んだ! フェニクサは死んだ!」

「くくくく………いひひヒャッヒャッヒャ! がひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!! あぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃ!!」

「殺せ、ペラッカ!!」

 そうして、『フェニクサは死んだ』。計画は全て、『カリエラ』の描いたとおりに進んだ。『姉』は『妹』を守り切ったのだ。だから私は受け継がなければならない。それが、二人の友だったという自分の誇らしい過去を護る、確かな覚悟になるのだから。


 私が自信を持って語れるのはここまでです。

 以上で証言を終わります。


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