証言Ⅷ カリエラ・アンモナ
元アイン七家族が一家アンモナ家の嗣子、魔女カリエラ、この件についてこう記録に残しています。
私の家は壊れていた。あの頃どうやって生きていたのか、思い出せない。辛うじて残っている記録の復元と、記すべき事実を残し、これを私の遺書とする。私は革命に殉じるだろうから。
どうか未来の私に友が居て、その人が私の言う事を信じてくれて、そして私がその人を護れますように。
お父さんの長い説教と、壁を隔てた所から聞こえる叩く音。お母さんは洗濯バサミや氷を齧って、ご飯を食べなかった。お風呂に入るどころか、家を移動する事も出来なくて、お父さんはそんなお母さんが不潔だと言って怒った。
誰かに相談したかったけれど、皆私と一緒に狩りさえ行ってくれなかった。
お婆ちゃんとお爺ちゃんがいるけれど、お母さんはお婆ちゃんが虐めたから、相談できなかった。お母さんが具合が悪いことを知れば、お婆ちゃんは大喜びでこの家に押しかけてくる。そんなのは嫌だ。私はお母さんと暮らしたい。帰るのなら、お父さんだけで帰って欲しい。お父さんはどうして帰ってくるんだろう。どうして癒されないと言いながら、帰ってくるんだろう。どうしてお母さんを罵る為に帰ってくるんだろう。
誰か助けて欲しい。マルタは行っちゃった。マルクは勝手に死ねと言った。メレクは気持ち悪いと言った。気持ち悪いから遊ばないと言った。
私の左手首にある傷を、気持ち悪いと言った。頭がおかしいと言った。
皆が頭がおかしいというのに、お父さんは私を病院に連れて行ってくれない。私もきっと、お母さんと同じなのに、病院に連れて行ってくれない。
きっとお母さんと同じ病気だと思って、お母さんの薬を貰ってから、調子がいい。この前は夢を見なかったけれど、今は目が冴えて冴えて仕方がない。雪の降る音がうるさくて、風が喋ってる。もう二日も、目を閉じることが出来ないから眠れていないのに、身体はちっとも怠くない。胸がドキドキして苦しい。薬が切れて来ると、耳鳴りがするけれど、薬を飲めば元通りになる。
でも、その代わりにテレパシーが聞こえるようになった。薬を飲んでから半日くらいすると、家の外や他の人の思っている事が、私に伝わってくる。それは言葉では表現しにくくて、でも確かに聞こえてくる。テレパシーが聞こえると言ったら、ふざけた事を言うなとお父さんに怒られた。マルタは信じてくれるかな。信じてくれたとして、助けてくれるのかな。お手紙、早く来ないかな。毎日届いている筈なのに、もう何年も来ていない気がする。私の時間が狂ってる。でもこの家も狂っているから、きっとこれが正しいんだ。
お引越しをして、静かな所にいる筈なのに、村の方からテレパシーが聞こえてくる。私がお母さんを護らなきゃいけないのに、敵がいっぱいだ。お父さんが居る時よりはマシだけど。
お母さんの唸り声がうるさいとガブリエラが言ったから、殴っちゃった。お母さんは狂ってない。お母さんは悪くない。お母さんはお婆ちゃんに虐められて、お父さんがお婆ちゃんに流されて、囃し立てるから疲れちゃっただけなのに。お母さんを悪く言うから、反論したら、手を振り上げたから、また頭蓋骨が陥没しちゃうと思ったから、反撃しただけなのに、私が悪いと言われた。私は悪くない。殺されそうだったから殺されない努力をしただけなのに。
外がうるさい。お母さんは寝てるの。起き上がれないの。静かにして。絶対出て行くもんか。この冷血漢。死ねばいいのに。死んで私達を排除した事を後悔すればいいのに。
今日からお婆ちゃんの家で暮らす。お父さんには絶交された。お母さんはどこに行ったのか分からない。マルタは自殺したと言ったけど、誰も信じてくれなかった。だから手紙にして遺しておくことにする。
私はマルタを殺してない。マルタは私の代わりに死んだのだ。
あの日、私はマルタに相談に乗ってもらう筈だった。マルタは私の言う事を信じてくれた。手紙だって毎日書いてくれた。でも、それでもマルタには私を助けることが出来なかった。
死ぬのは怖い。でも一人で死ぬのはもっと怖い。きっとお父さんがもみ消してしまう。だから、マルタに私がどうして自殺するのか、知ってほしかった。でもマルタは、私を誰も助けてくれないということを知っていながら、自殺させてくれなかった。私の手首を見て、切ることが止められないなら、せめて死なないように、傷を手当てするようにと言って、私にガーゼやソーイングセットを持つようにと言った。そして、私の遠い親戚だという外国の王様の話をしてくれた。きっとここが助けてくれるから、と。他にも色々な話をした。マルタはダアトに留学しても、ずっと誰とも仲良く出来ていなかった。仲良くさせてもらえなかった。辛くて寂しい気持ちは、理解できると言ってくれた。でも私になる事は出来ないから、私はやっぱり死にたいと言った。死ねばきっと、テレパシーも何も聞こえなくなるし、何より安らかな気持ちで眠れる。殺される心配もない。私はただ、休みたい。
マルタはでも、私の持っていたカッターを奪って、私にこう言った。
「死ぬという事はこういう事だ」と。
見たことのない勢いで、私が手首を切った時には出なかった、あんなに出したいと思った筈の血が、マルタの首から噴き出した。マルタは笑ってたと思う。どうしてかは分からない。私は何も言えなかった。驚いて、何も出来なかった。何でマルタが死んだんだろう。私が死にたかったはずなのに。死ぬに死ねなくなっちゃった。
アヴァリチア公と密かに連絡を取る事に成功した。私はマルタを死なせたこのダアト国に復讐がしたい。母を追い詰めたダアト国の風習に復讐がしたい。
殺す。この国を殺す。この国をこの国足らしめるものを殺す。
その為にはこの国に取り入らなくてはならない。こびなくてはならない。私一人の力じゃどうにもできない。一人ではきっと、この黒い憎悪に目の前が真っ暗になってどうする事も出来ない。公はその為に手を引いてくれる。その対価にあるものが、今提示されているものだけなのか分からないけど。
母の飲んでいた薬は、合法的なものだった。けれども、私が素人判断で飲んではいけない物でもあった。私は教会の伝手を使って、今度こそ本当に治療しようと思った。
自分が虐待を受けていた事の実感は、今でもない。ただ、あの生活は思春期の子供を抱える家にはよくあることだと言われて、そうだと思っていた。お風呂に入らないから、ああいう生活になったと思ってた。私達が悪いと思ってた。でもそうじゃないらしい。村を追いやられて学校に行けなかったことは、国際法上定められた、子供の人権を大いに迫害されたこと―――端的に言えば、私は国際的にみて被害者だという。
でも、その被害者を、公は勿論、世界は最後まで護ってはくれなかったのだと思う。
教会が紹介した医者は、東アインの医者だった。西アインは母の故郷で、軍需商業家として成り立っていた。だから薬の本は家に沢山あった。壊れた頭なりに理解した事は、私は合わない薬を強引に服薬し続けた為、脳が一定よりも成長しないという事だった。脳の働きに手を加える薬だから、発達途中の脳に使えば、その発達は阻害される、ということらしい。だから私は、東アインの医者が『ヌートロピック』を『頭を良くする薬』と説明されたことに、何の疑念も抱かなかった。その別名が『スマートドラッグ』と言う事は、私の家の本には載っていなかった。
結論から言えば、それは覚せい剤の精製方法を、より医薬品らしく改造したものだった。私はその効果が、どれほど健康的に見えるかというサンプルにされたということだ。一度薬物に犯された身体は、他の薬物に依存先を切り替える事でしか、治療することが出来ない。否や、それは最早治療とは呼ばないだろう。その薬を投与されると、私の頭は昔のように冴えてしまう。ぼんやりと霞みがかった視界で、楽しい事を見つけるのではなく、命の危機に体が震え、何もかもが敵に見えて、あのマルタが死んだ時のような力が戻ってくる。身体が勝手に動いて、敵を殺してしまう。なんと悍ましい皮肉か、私は狂っている時の方が正常で、正常な時の方が狂っているのだ。
どんなに私は恵まれなかったのかと嘆く事も出来る。私は自分がおかしい事を自覚していたのに、それを治せる医者が確かにいたのに、私は彼を頼ることが出来なかった。私は子供で、医療を受ける権利は持っていたけれども、受けさせる義務を放棄されていたから。
同じ嘆くのなら、どうせ長くは生きられない身体なのなら。
私はこの命を、母とマルタのために燃やす。本人たちの意思ではなく、私の意志で、これを行う。私は私の意志で、公に唆されたのでも、国連の美談に乗せられたのでもない。もし乗せられたのだとしても、私は私の意志でそこに乗ろう。
だから、どうかこの記録を読んだ誰か未来の私の友よ。
私がどのような結末になっても、この事実をどうか、遺してほしい。
一つの国を混乱に陥れたか、或いは一人で勝手に身を滅ぼしたか―――。
哀れな女の人生が、何処で狂ったのか、何で固定されたのか、裏歴史でもいいから、覚えておいてほしい。
発表を終了します。




