証言Ⅴ ルシフェラ・アンモナ
元アイン七家族が一家アンモナ家家長シャムシェルに嫁いだ西アインの子ルシフェラ、この件についてこう証言していました。
私が教会で働く事を認めて貰えたのは、一人息子のニタが六才の時でした。私が夫のシャムシェルと結ばれたのは、決してアイン人同士だからではなく、純粋に彼の人柄に惹かれたからです。しかし、世間の皆々様は、ダアト国内でアイン人の純血が生まれる事に、酷くバッシングを浴びせました。私は息子を護らなくてはなりませんでした。その為に、敵の要求を呑むことは何の苦でもありません。私は息子を清らかに育て上げました。
ところが、息子は私達に刃向い、アインに行ってしまいました。私は毎晩、天使様にお祈り申し上げ、どうか息子が染まることなく、私達の手元に戻ってくるようにお願いいたしました。息子を戻してくれさえすれば、私達は息子を、国の中で最も罪から遠い清らかな娘と結婚させ、その間に生まれた子を、天使様のために育てると誓いました。
数年たって、その祈りは成就と破滅とを私たちに齎しました。
息子は住む人が居なくなり、売りに出されていた夫の実家に暮らしていたようなのですが、どうもそこは簡易宿舎として利用されていたらしく、その管理人の女と結婚すると言ってきました。本当なら挨拶もしないで雲隠れする心算だったようですが、その管理人の女と言うのが実に殊勝なもので、アンモナ家の跡継ぎ孫を産むのだから、実家には必ず挨拶をしなくてはいけない、と、主張したのだというのです。私はその時漸く司祭に成れた身だったので、どんな身分不相応な野心の持ち主かと思いました。息子がアインの地で引っかけられた女がどんなものなのか、見定めてやろうと、こちらに挨拶に来る事を許可しました。
それが、私達とアシャリヤさんとの出会いでした。
聞けば、彼女はナタスの跡継ぎ娘だと言うではありませんか。血は争えないのでしょうか。何故よりにもよって、またアインの旧家の娘なんかと、と、思いましたが、息子が選んだというのだから、仕方がありません。ただ、結婚と言うのはいくらなんでも早すぎで、私達にも心の準備をさせて欲しいと言いました。ところがそれでは遅いというのです。とにかく会ってくれと言って聞きませんでした。
会ってみると、アシャリヤさんは旧家の出身と言うには余りにみすぼらしい姿でした。いえ、世間一般にはそれは質素と言うのでしょうか。でも着ている者も持ち物も、髪飾りでさえ、私達の生活水準に達しているものは何一つありませんでした。仮にも夫になる人の家族に会うというのに、スーツではなく、ふわふわとしたワンピースでしたし、指先にはなにも塗られていませんでしたし、嵌められてもいませんでした。出自はそこそこのものでも、生活は底辺であることが分かりました。尚の事、息子には相応しくありません。息子は、天使様に奉げる私たちの跡継ぎ孫を設けてくれなければならないのですから。そうでもしなければ、私達から始まる家は、ダアトで安全に暮らしていけないでしょう。出自が卑しければ、一瞥されてしまいますからね。
息子は土下座して、私達に結婚を認めてくれと言いました。迷惑をかけないから、アインで暮らすから、と。私達は困ると言って、許しませんでした。何故なら、アシャリヤさんは夫になる人を土下座させているのに、自分はにこにこ笑うばかりで、精々が会釈をするばかりでした。
『ニタの覚悟は分かりました。でもアシャリヤさんでしたっけ? 貴方の決意はどうなの』『どういうことでしょうか、お義母様』『だって貴方は、ここに来てからちっとも頭を下げないでしょう』そんな会話をしたのを覚えています。すると、何故か恥らうように幸せそうに、アシャリヤさんが笑うので、私は続けました。『真剣な事なのですから、誠意を持ってください』『申し訳ございません。今は、身体を折り曲げられないのです』。私はやけに静かな頭をなんとか動かしながら、理由を訊ねました。
『お腹に、赤ちゃんがいるんです。お義父様とお義母様のお孫さんがいるんですよ。もう間もなくお産なんです』。
私は足元がそっくり抜けるような感覚になり、気が遠くなりました。何か言ったような気がしますし、夫もとても怒っていた気がします。私達が突っぱねれば、大丈夫だと思っていたのに…。私達がアインの旧家同士で結ばれ、その子供までもがそのような愚行に走るだなんて、そんなことをしたら、私は息子が気紛れに女を孕ませたという素行の所為で、キャリアを崩されてしまうかもしれない。何より、私は天使様に誓ったのです。私達の孫を、必ず神の御前に恥ずかしくない、立派な聖者にし、この国の礎として、頭脳として、手足として勤労奉仕させると、誓ったのです。それなのに、こんな卑しい生まれ方をするような子供を、奉げられる筈がありません。二人は、夫婦になる前に夫婦に成ってしまったという事ですから。
どうして我が子がこんな愚行を犯したのか、私達はとにかく、この二人を見張らなければならないと、家の近くに住まわせました。アシャリヤさんは私達が指定した病院ではなく、里帰り出産をしたいと言いましたが、そのまま生まれた子供諸共逃げられては困りますので、教会に掛け合って、アシャリヤさんが出て行かないようにしました。我が子に安定した安全な人生を送ってもらいたいのは当然です。ただアシャリヤさんは、出産が迫ってきて気分が良くないらしく、実家の方から産婆を呼んでしまいました。夫も家でならいいだろう、と引き下がってしまったので、私は苦虫を噛む思いで、それを承諾しました。私はどうかどうか、生まれる子供が息子の安定した生活に差し障りのある子供でないようにと祈るしかありませんでした。
産声が上がりましたが、暫く私たちは中へ入れて貰えませんでした。助手だという男の人が、駄目だ駄目だと通せん坊をしていたのです。どれくらい時間が経ったのか分かりませんが、漸く入れて貰えた時、産婆だという老婆が、悔し涙を浮かべてすれ違いました。
子供は生まれましたが、死んでしまったとのことです。産婆の助手の女性が、タオルにくるんだ何かを持っていたので、多分子供の死体だったのでしょう。
生まれたという喜びと絶望感と、死んだという悲しみと安堵で、私は酷く疲れて、アシャリヤさんになんと言ったのか、覚えていません。
ただ、その後アシャリヤさんは、私と友好的な関係を育むことに協力的でした。でしたので、私は考えを改めて二人の結婚を許可しました。そうでもしなければ、再び淫婦の子供が生まれてしまいますので。
翌年、漸く待望の孫が生まれました。夫と、息子と、そしてアシャリヤさんと話し合って、名前は『カリエラ』としました。この子は天使様に奉げる子なのですから、真理に従って育てようと思ったのです。
ただ、アシャリヤさんは真理というものについて、少々誤解があったといいますか、理解の足りない所がありまして、しばしば私達の教育の邪魔をしました。そしてとうとう、カリエラが六歳の時、初等学校に入れる直前に、アインに逃げてしまったのです。もう少しでアシャリヤさんが改心するだろうという時だっただけに、私達は臍を噛む気持ちでした。
しかし十年後、突然息子から連絡があり、カリエラを私たちの所で育てて欲しいと言われました。どういう訳かその時アシャリヤさんはどうしたのかと言っても、何も答えず、どうして自分は帰ってこないのかと言うと、それも答えませんでした。アインで育てようとしたけれども、カリエラはアインの世界では生きていけない、だからダアトで育ってほしい、と。
漸く息子が、カリエラが天使様に奉げられるために生まれたことを理解してくれたと、私は涙を流して喜びました。アインの毒に曝され続けたカリエラは、幼い頃の可愛さの欠片もありませんでした。無口で不愛想で、いつでも人を睨みつけて俯いて、なんて酷い有様なんだろうと思いました。私達はカリエラを教会員にすべく、教会の擁護施設で奉仕をさせることにしました。
その甲斐あって、カリエラは高等学校を卒業と同時に、パラベラム会への入会が決まりました。その頃私達は崇敬大司教になっていたので、周囲からはカリエラの入会はコネだと噂されたそうですが、それは間違いです。正しい行いをする者を、天使様が目にかけない訳がないのです。私達の行いが、法王様にも天使様にも届いていた、それだけのことなのです。
だから、カリエラがもしその身体が汚れているというのなら、それは教会を経由してではありません。アインへの使命の途中で、誘惑に負けたのでしょう。
―――質問して良いでしょうか。
はい、何でしょう。
―――カリエラが、ペラッカ他に見せたという勅令は、貴方が出した物ですか。
何を言っているのですか。あれは法王様の勅令です。法王様以外の誰が出すというのです。法王様の御意思で出されたものです。
―――誰かが強いたり、嘆願したりした可能性は?
法王様にお会いすることが出来る一般人は、全て崇敬大司教である私達を通さなければなりませんし、それは修道女でも大司教でも同じです。
―――では、ダアト人並びにアイン人は、法王に意見する事は出来ないのですね?
その通りです。
―――では、ダアト人でもアイン人でもない人間はどうでしたか。
どういう事ですか。
―――例えば、外国。
以下、一切の質問に沈黙。
以上で、記録の再生を終了します。




