証言Ⅰ ハーヤー
アイン七家族ナタス家に仕える家に生まれましたハーヤー、この件に関して証言いたします。
私はペンション・ハーヤーのオーナー、ハーヤーです。この度の物語では、ペラッカ一行に宿を貸し、また教会のアンチアンモナ夫妻派の擁護、保護をし、亡命の手引きを計画しました。
アンモナ一族が、七家族にとって裏切り者であることは、既にヴィアナルスに縁する者たちが証言しております。アンモナ家が、裏切りの歴史を受け継いでいると言う事も。
ならば私は語らなければなりません。その裏切りの歴史について、語らなければなりません。その裏切りが、実に三百年を超えて、彼女の、我等の女王カリエラの情を、絆したのですから。
これはヴィアナルス家が忘却したもう一つの『前史』です。
今日、ダアトの子供達は、このように歴史を教えられます。
『文明』時代。
人々は沢山の武器を用いて、世界のありとあらゆるものを破壊しつくした。彼等は殺戮の果てに、『守護天使』の存在を忘れていた。神はそれを見ておられ、心正しく優しい人間だけを、ダアトという楽園に住むことを許し、また特に建国に貢献した者には、教会という政治機構内での重鎮を任された。彼等は『天使』になるために研鑽する『天使見習い』となった。そうではなかった人間は、ダアト国の外に追放され、ダアトに忠誠を尽くして罪を贖うか、地獄の炎に今尚焼かれる。その故に、アインの地に住む者とは関わってはならない。彼等との交わりは、神への裏切りであり、神への裏切りは『天使』の資格を失う。
だから今も尚、神を称え、祈りなさい。
『神様、神様、有難うございます。病める事も無く、老いる事も無く、死ぬ事も無い、完全なる支配をして下さって。神様、神様、有難うございます。早く御身の前に行けるように、私達天使見習いを導いて下さい』。
この歴史は、法王一族であるミカエリ家が伝えるものです。この国の全ての発展は、それだけミカエリ家の開祖が『神』に愛されている故であると教えられます。確かにこの話は正しい。ミカエリは『神』に愛されていた。『神』を愛していた。
故に、間違いが起きたのです。それが全ての始まりなのです。
『アイン七家族』と今日伝わっている者の開祖は、其々が独立した一ヵ国の政治のトップでした。ある者は王族、ある者は政治家でありましたが、そのような差はこの際、どうでも良いのです。ただ、一族の始祖となった人物の名前だけは、伝わっておりますし、少なくとも裏切りを受け継ぐアンモナ一族に所縁の者は、これらを諳んじることが出来るように育てられます。
即ち、東を統治する二家の祖、アーケディオ・フェルゴルビーとラスト・サデュソン。西を統治する二家の祖、スペルビ・シルファーとイール・ナタス。南を統治する家の祖、グラ・ゼブルビューブ。北を統治していた家の祖、インヴィディ・ヴィアナルス。そして、カリエラの先祖であるアヴァリチア・アンモナは、当初西と北の境界線を統治していました。これが今日のアイン七家族と呼ばれる人々のご先祖様です。
『文明』の終わりは、唐突だったとも、予定調和だったとも、計画的だったとも伝わっています。何れにしろ、『文明』は、その発展の途中で、共に歩む種族を変えました。『文明』は結果として、自らの発展について来れず、また尽力できなくなった人類の保護を放棄してしまいました。
多くの民が死に、多くの国が潰れ、多くの島は沈み、多くの山が吼え、海は逆巻き、風は鉄火を伴い、摘花の病魔が世界を包んで行ったと言います。
そんな中で、辛うじて生き残った七ヵ国。最早『文明』は捨てねばならぬ、新しい法と、新しい秩序と、新しい国を作らなければ。七ヵ国の国主は、それに同意し、同盟として結託しました。
そしてその同盟を、『無から始まる同盟』、即ち、アイン同盟と呼びました。
アイン同盟の目下の課題は、自国民と他国民の友好的な関係を築いた上で、強制的に一カ所に集め、『文明』の怒りが収まるまでだけでも、隠れて過ごすことです。多少の衝突や蜂起はありましたが、彼等の有効な武力手段は、全て『文明』が奪い去っていました。そういう意味では、彼等は非常に原始的な生活をしていたのです。
さて、ここで、『ピグリティア・フェルゴルビー』と『フェニクサ・ミカエリ』いう二人の女が登場します。
ピグリティア・フェルゴルビーは、アーケディオ・フェルゴルビーの妹とも、姉とも伝わっていますが、いずれにしろ政治的発言力は大きくはなかったようです。アイン同盟において、その会議に彼女が出席したと言う記録は、少なくともアンモナ家は所持しておりません。しかし、民族誌においては、多く名前が出てきます。恐らく、民衆に人気の女性だったのでしょう。
フェニクサ・ミカエリは、フェルゴルビー家が治めていた国の特権階級の出身で、特にピグリティアの方と親しかった女性です。信心深い女性で、この不安に過ぎる状況を生きる僅かな人類の平安を祈る生活をしていたと伝わっています。
ことは、今日のダアト国の地理的な特徴が表れ始めたころに始まります。
ある時ピグリティアは、男の子を出産しました。その頃、時代を『産み増やす』存在を特に保護する為の機関が作られていました。『文明』の悪魔から身を護る事の出来る『シャッター』や、あらゆるライフラインを絶えず供給するための施設、研究所、開発期間。そしてそれらを新たな文明として育てる地、などなどです。ここには、ピグリティアだけでなく、七ヵ国全ての国の妊婦や、乳幼児を抱えた母親、その夫、家族などが暮らしていました。この時、偶然にもアヴァリチア・アンモナがいました。彼女も出産を控えていたのです。
ピグリティアは、自分の兄弟であるアーケディオを始めとするアイン同盟が、自分を診まうと言っていたその日、機関の『シャッター』を全て閉じ、引きこもってしまったのです。アイン同盟は戸惑いました。アーケディオは悲しみ、驚きながらも、リーダーとして毅然とピグリティアに向き合ったと言います。産後間もない姉妹の精神が不安定なのは、容易く理解できるところでした。何より、外にはピグリティアの夫もいたのです。
しかし、ピグリティアは施設のシャッターの頂上から、アイン同盟と夫とを見下ろして言いました。その時、傍にはフェニクサがいたと言います。呪わしいその言葉を、アンモナ家は歌にして代々伝えました。それはこのようなものです。
愚かなる我が兄弟達よ。神の言葉を聞くが良い。その大いなる音を悉く告げ知らせよ。
滅びの時は来た。既に神の楽園は始まっている。
繁栄のある所、愛のある所、平和のある所に、神は救いを齎される。
それは我等人の子の母にあって、貴方方にはない。
悍ましき文明の火を灯し、この世の焦土に尚火をくべる者たちよ、貴方方は滅びる。
今ここに、私達は愛の火を灯す。
私たちに間に死は無い。故に子供達にも死は訪れ無い。
私たちの間に病は無い。故に子供達にも病は無い。
私たちの間に老いは無い。故に子供達にも終焉は無い。
私たちの間には、確かな命だけがある。永遠の生命がある。永遠の愛がある。故に我等は栄える。
清浄なる我等の住処に、罪業たるお前達を入れる訳にはいかない。
今よりこの砦が、新しい国の砦となる。
私は新しい人類のエバであり、我が子は新しい人類のアブラハムであり、この子の父が、新しい人類のアダムである。
我等は神に愛された者。神の悟りを得た者。故にこの国は、神の真意を反映する国である。
私は名づける、これ即ち『ダアト国』なり。
そうして、『ダアト国』は、始まったのです。
フェニクサ・ミカエリのカルト的カリスマに、多くの母親は、慰めを見出しました。あまりにも残酷な『終末』を通り過ぎた妊婦たちは、多くが流れてしまいました。そのような者たちでさえ、ピグリティア―――いえ、フェニクサ・ミカエリは追放しました。何故なら、新しい時代の子に『死』はあってはならなかったからです。『死を産んだ』と蔑まれ、嘆き悲しむ母親たちは悔し涙を千切りながら、アイン同盟にそのことを伝えたのです。
そしてもう一つ、母親たちは、ピグリティアが『黒髪茶目』の赤ちゃんを産んだということを報告しました。それは在り得ない事でした。何故ならピグリティアの、外で待つ夫は、『金髪碧眼』だったからです。同じく金髪碧眼のピグリティアからは、まず生まれない色でした。そしてピグリティアは、歌にもある通りに言ったのです。『この子の父』が、新しい人類の父祖アダムである、と。
ピグリティアのこの裏切りは、アイン同盟下の多くの既婚男性を怒り狂わせ、多くの年老いた老婆たちが嘆き、未婚の女性は、子供と雖も容赦なく拉致監禁され、愛の無い行為の果てに多くの『混血児』を生みだしました。アイン同盟はすぐさま、同盟を一時休止させ、この『ダアト国』の周りに自らの土地を作りました。特にフェルゴルビー家は、ピグリティアへの説得を何としてでも完遂すると言って、ダアト国の東の、すぐ近くに自分たちの土地を作りました。このようにして、『アイン』は出来たのです。
この悲しい、あまりにも惨く自分勝手で勇敢な出来事は、追い出された母親たちが口伝で伝えて行きました。しかし、フェルゴルビーは早くに、彼女達を遥か遠く、ダアト国を挟んで西へ追いやってしまいました。ピグリティアの裏切りと、不倫相手の子供を出産したと言う現実は、フェルゴルビーの民を大いに惑わしたからです。追いやられた母親たちは、次の土地でも迫害されることを恐れ、山を登り、自分達と同じように追い出されたアヴァリチア・アンモナの許へ身を寄せました。彼女は死産していた為に追い出された、仲間の一人だったからです。アイン同盟は、この屈辱と間違いを決して忘れないように、七つの地域に自らの名を冠した新しい土地を作り、ダアト国を見張ることにしました。
そうして、この国の基礎が出来上がりました。僅か一代で起こったこの激変を、覚えていられるダアト人はいませんでした。何故なら次代のダアト人は、フェニクサ・ミカエリによる放蕩した独特な死生観によって育てられるからです。そのことを伝えているのは、私が記憶している限りでは、アンモナ家だけです。我が子を失ったことを咎められた母たるアヴァリチアの愛憎は、文化として、アンモナ家に刻まれたのです。
そして、アインの地から離れた所に、アンモナ家はもう一つ、家を作りました。いつしかこの幼い国が世界に牙を剥いた時、その牙と爪と目を抉り出すことが出来るように。武力を持ち、財力を持ったこの家は、アヴァリチアの遠戚が作りました。彼等は身分を隠す為、名から『アンモナ』を削り、きっかけとなった女性から名前を取って、『アヴァリチア家』と名乗りました。
そして、それから二百五十年もの月日が流れました。
時は、カリエラが生まれる五十年程前まで、一気に下ります。
アンモナ家の家長シャムシェルの下に、ルシフェラが嫁いできました。
シャムシェルはアンモナ家の嫡子ですが、身体が生まれつき弱く、またその両親が優秀だったこともあり、殆どアインに行ったことがありませんでした。恐らく、アヴァリチア家とアンモナ家が遠戚なことは知っていたでしょうが、彼等との接触は無かったと思われます。縷言の多い時代において、シャムシェルは両親の大仰なまでのダアト国への忠誠によって、ダアトの医療を受ける事で、この晴れの日を迎えたのです。一方でルシフェラは、両親が分からない女性でした。西アインからの物資の納入の際、荷物に紛れ込んでいた捨て子だったのです。どのような意味があって、彼女がそのようにしてダアトに入ったのかは分かりません。しかし、衆人環視の中、猛獣の棲む森へ乳飲み子を戻す必要もない、と、養護施設で育てられました。
無論、二人はその素性を隠し、留学生同士という体面で出会い、結ばれたのです。だから、あの夫婦の事を、多くの国民は、『叡智の光に照らされた優秀な留学生』と理解している筈です。
二人はそう言う訳で、アインの血統の中でも最も重要な七家族の長でありながら、その伝統や暮らしにはとても遠ざかった所に生活していました。
そしてシャムシェルは、自分が当主を継ぎ、次代のアンモナ家の伝統を育てる立場になって、アインの地にあったアンモナ家の土地や人脈を、勝手に売りに出してしまったのです。売ったのは、アインの血筋の者全てに対してです。ですが、実際はその隣接した土地であるナタスの者たちに売りつけられたものでした。二人は、その売却の証明書を教会に持っていったのです。ここから、二人の教会員としての快進撃が始まります。こうして、アンモナ家は七家族から離脱しました。
しかし、哀れな事はもう一つありました。この時、実は既にルシフェラは子供を身籠っていたのです。それは、これから快進撃を繰り出す夫婦としては、酷い足かせでした。もし、どちらかがダアト人と結婚していれば、ダアト人はもっと早く、二人を認めたでしょう。況して、シャムシェルはアイン七家族の筆頭の一人。生まれ持った血筋の呪いを見逃すほど、ダアト人は寛容ではありませんでした。その故に、二人の息子であるニタは、早くに両親を捨て、自分を蔑むことのない、祖先の土地へ戻りました。そこは既にナタスの所有地でしたが、心を閉ざしたその子供は、その土地でひっそりと生きていくことを望みました。
私が自信を持って語れるのはここまでです。
以上で証言を終わります。




