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仮想遊戯  作者: 菊華紫苑
終章 活霊活現
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PAGE8 集中砲火


 目玉の表面が震えている。音が聞こえない。隣の寝袋に手を突っ込み、聖国母の服を掴んだ。そこしかつかめるところが無いのだ。扉は鉄の筈なのに、よく練った水あめのように、中央の下の部分と、右上が破けている。ハーヤーの頭に、もう一個頭を乗せたら、外が見えそうな位置だ。中央の閂が破られて居たら、全員転がり出ていただろう。凍えるような風が吹き込むと同時に、吸い出されて行く。

「武器は!?」

 ハーヤーが木箱を次々解体していく。エバが下の方の穴から外を窺う。

「戦車に似た奴が五台、次々撃ってくる! ノーコンだけど、結構近づいてる! 多分ローランドだ!」

「そりゃご機嫌だね。国家予算の天辺を破ってやんな! エバ、上から狙えるかい!」

「台座が必要! あと弾は何がある!? ミニミがあれば最高なんだけど!」

「バンカーバスターが一つ!」

「それフハツダンショリで持って来たやつだよ! 信管は抜いてあるけど気を付けて!」

 よく分からないが、目の前でとんでもない会話が繰り広げられているのは分かる。

「信管くらい即席で造れます。何せ姉御の教え子ですから! ハーヤーさん、様子見ててください、四十秒で造ります! シア、手伝いなさい!」

「え、何を!?」

 何処をどうしたらそんなものを造るのか不思議だが、それを教えられる人が何故身近にいたのか、そして何故それを教えられようと思ったのか、小一時間ほど問い詰めたい。

 しかしそんな混乱の中で、聖国母が微笑んでいることに気付いた。

「全く、カリエラってば…」

「え、あ、申し訳ありません!」

 手元を見ると、聖国母の服はボタンが引き千切られ、しどけない姿になっていた。鎖骨が浮かび上がった胸から手を離そうとしたが、聖国母に両手を添えられる。否、恐らく彼女は、手を握っているつもりなのだろう。

「…手、握って…」

「は、はい…はい! 離しません!」

 聖国母の両手を握り、出来る限り身体を近づけて、寝袋ごと抱き寄せる。かちゃんかちゃんかちゃん、と、三工程程音がして、エバがあの巨大な鉄のサンドバックを抱え上げる。そっとそれを床におき、そいやと転がした。サンドバックは徐々に勢いをつけ、ことん、と、穴から出て行った。

「よかった、誤爆しないで外に出たね」

「姉御の教えたものですからね」

 そのアネゴとは一体―――。

 誰、と、聞こうとした時、エクソシアとレハヘルの身体がトランポリンのように宙に浮かんだ。否違う、世界ごと、跳ね上がったのだ。穴から何とも言えない、燃えるような臭いの熱風が、鉄砲水のように吹き込んでくる。世界はふわりと浮かんだあと、大きく前後左右に揺れる。ついに我慢できず、レハヘルがげっと吐き出す声がしたが、根性で飲みこんでいた。

 外はバリバリと変わらず音がするのに、妙な静かさがある。揺れる世界をものともせず、エバが外を覗いた。

「ちょっとちょっとちょっと! 高度下がってってる! ローランドの攻撃が当たったの!?」

「後続は?」

「小さくて暗くてよく見えないけど、なんか動いてるものはあるよ!」

「操縦席! 何が起きた!?」

 ハーヤーが声を荒げるが、あの声は聞こえなかった。その代わり、ざらざら、ざらざら、と、砂を流すような音が聞こえる。

「通信機器がやられたのかしら」

「高度、目測でいくらだい!」

「―――衝撃備え! 落ちます!」

 カリエラの下に、ハーヤーが駆けてきて、ぎゅっと二人を抱きしめた。

 次の瞬間、世界の地面が、左側に移動し、上に移動し、そのままぐるぐるぐるぐる、と回転したあたりで、世界が壊れ、後ろに倒れた。頭がぐらぐらする。もう当分、遊園地は行かない、と、そんなのんきな事を考えた。

 知らない声が聞こえた。追いつかれた、殺されるんだ、と、カリエラは悲鳴をあげたが、大丈夫大丈夫、と、ハーヤーが宥める。聖国母も、何故か穏やかな顔をしている。

「大丈夫…味方よ」

 ハーヤーがベルトを外す。空は何故か夕焼け色になっている。それとは別に、手元が明るい。ハーヤーの両手は塞がっている。誰かが照らしているのだ。ベルトが外されると、よしよし、と、ヘルメット越しに頭を撫でられた。女だろうか。

「大きくなったねー! 映像もないからびっくりしちゃった!」

「相変わらずね…」

「ペラはちょっとやつれた? 暗いからかな?」

 また聖国母になれなれしい奴だな、と、カリエラは睨んだが、顔が良く見えない。

「おい、自己紹介しておやり。御姫様が無礼者だと睨んでいるよ」

「えー? うちの子から聞いてないの?」

「どうやって聞くんだい! あんな鳥かごの中で!」

 ぶう、と、むくれる声がする。じっとカリエラが光源を睨んでいると、ベルトが外れたらしいレハヘルがサンダルフォナを再び背負って、こちらにやって来た。

「大きくなったねー!」

 よしよし、と、レハヘルを撫でる女。レハヘルはいぶかしげに見ていたが、後ろからエクソシアがサンダルフォナを抱きかかえた。

「我慢することないわよ」

 するとレハヘルは、何も言わず女に抱きついた。何だろう、と、思っていたが問う前に、ぱんぱん、と、エバが手を叩く。

「申し訳ないですけど、追手が追いつくかもしれません。感動は後で!」

「うん、案内するよ! ペラ、サンも、大丈夫だよね?」

 こくん、と、聖国母は頷くが、赤い光の中でも顔色が悪い。しかし女は何も考えていないような、それとも不安を吹き飛ばそうとしているのか、そんな元気な声で走り出す。左手には、レハヘルの手をしっかりと握っていた。頑張って走って、と、言われ、カリエラは聖国母を担ぎ直し、追いかけて走った。

 その時になって、割と近い所で火だるまになって燃えている鉄塊が、辺りを照らしていたことに気付いた。


 山岳地帯はもう越えていたらしく、肌に触れる空気が温かい。ちろちろ、さらさら、と、水の流れる音が近づいてくる。星が流れるようなせせらぎが涼しげで、あの寒い邸宅とは大違いだ。空は澄み渡っていて、先程までの轟音と炎が嘘のようだ。

「ここだよ! 旧アンモナ別荘」

 お邪魔しまーす、と、女がレハヘルを連れて、小さな家に入ろうとして―――後ろへ吹き飛んだ。

「いたあああっ!!」

「母上っ!」

 レハヘルが叫ぶ。エクソシアが咄嗟に、カリエラと聖国母を家の影に追いやり、縋りつくレハヘルの首根っこを掴み、女ごと引き摺って隠れる。ペンライトを使って、傷を調べ、暗い中で応急処置を始めた。一方でエバとハーヤーは、何か小さな黒い物を取り出して両手で握り、ドアの左右に隠れた。

「誰に撃たれた?」

「わ、わ、わかんないい…。ここには誰もいない筈なのに…」

「じゃあ、人数は分からないんだね」

「うん。―――あたたたた! 痛い痛い! 捩じ込んでる!」

「お静かに! 弾が抜けてないんです!」

 それを聞いて、エバとハーヤーが顔を見合わせる。こくんと、頷き、ハーヤーは中に叫んだ。

「この家は無人の筈だ! 何故ここにいる、何故発砲した!」

 家の中から、答えがあった。

「じゃあ聞くが、何故国を裏切った!」

 国父側の人間らしい。最悪だ。ハーヤーが答える。

「アンタが娘を捨てたのと同じ理由だよ―――ニタ・アンモナ子爵!」

 えっとカリエラの顔が引き攣った。ハーヤーが続ける。

「こっちは女子供ばかりなんだ。ここで発砲事件があった事は黙っておいてやる、とっとと飼い主の下に帰れ!」

「その女子供をここで捕えなければ、帰る瀬が無い!」

「ああそうかい! 警告はしたからね!」

 ぽい、と、ハーヤーが中に何かを転がすと同時に、エバがこちらに向き直り、きっと目を閉じて耳を塞ぐ仕草をした咄嗟に危険を感じて、それを真似する。

 その途端、辺りが一瞬真夏の昼のようになり、背筋がぞくぞくと凍るような音がして、カリエラがばたんと倒れた。聖国母がすりすりと顔を撫でる。真白な光の後すぐに暗くなったので、先程よりも見えない。

「カリエラ?」

「大丈夫です。スタングレネードが効きすぎただけです」

 パンパンパン、と、破裂音が響く。聖国母を安心させるように、右手をカリエラの頬に、左手を腹に持って行かれたので、カリエラはどうとでもないことが分かる。だが、聖国母が、まだペラッカとしか呼ばれていなかったころ、そう呼ばれる最後の時期に嗅いだ臭いがしているのは、やはり落ち着かない。

 ましてそれが、銃撃戦の近くで、旧友が倒れているのだから

「シア。…レラーの、傷、は?」

「思ったより深い所に弾が…。焼しめて殺菌して、あとそれから…とにかく、私じゃ取り出せません。ハーヤーじゃないと…」

「はいはい、お呼びかい? レラーはまだ生きてるだろうね?」

 家の中から柔らかな光が零れる。レハヘルがぴぃっとハーヤーに抱きつくので、エクソシアが蹴りを入れた。

「自分の母親よ、背負いなさい!」

「うん、運ぶ。母上、死なないでぇ…ぐすっ」

「だいじょーぶ! ハーヤーが治して―――あだだだだ!!」

 ははうえーっと泣いて役に立たないレハヘルを見かねて、ハーヤーがそっとレラーを抱き上げた。

「うわあ…。ハーヤー、たくましい」

「母親ってのは強いね、よく笑った。あとは私に任せて、暫く休みなさい」

 レラーはにこっと笑い、ふぅ、と、長く溜息を吐いた。大丈夫だな、と、エクソシアはそれを見送り、一人で聖国母、サンダルフォナ、最後にカリエラを運び込んだ。


 ―――これについての日記は此処で終了している。


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