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仮想遊戯  作者: 菊華紫苑
終章 活霊活現
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PAGE4 百年河清

 カリエラが自分の運命―――国王の子供を産むという決定を聞いた時のことを、覚えていない。それくらいには昔から知っていた。もしかしたら、国王に初めて謁見する時には知っていたかも知れない。その時から既にエクソシアとレハヘルとは一緒に育った。カリエラは三人の中で最も高貴でありながら、最も幼かったと言えるだろう。事実、エクソシアとレハヘルは二人で気を揉むことが多く、カリエラはそんな二人の心労など思ったこともなかった。ただ、カリエラは少なくとも父親である国父には愛されていないのだろうと言うことは理解していた。国父の関心は、カリエラが十になった辺りから、いつ初潮が来るか、いつ孕めるようになるかという事にしかなく、寧ろそれ以外で、レハヘル以外の自分の子供を見ていなかったように思う。レハヘルのことは、名前すら忘れられている事があった。

「遅かったな。どこで遊んでいた」

 だから、そう。その人が、自分の部屋にネツァクと数名の近衛兵を共に従えてとは言え、居るはずがないのだ。

「…こくふ、さま」

 ぽかんとして動けないカリエラの頭を、エクソシアが押さえつけて下げさせる。レハヘルは何か思うところがあるのか、ぎゅっと唇を食いしめ目を閉じてお辞儀をしていた。国父は眉をひそめ、不機嫌な声で言う。

「エバの娘、次代の国母の玉体に何の資格があって触れている。離れろ、不埒者」

「そ、それは、そうと、国父様。ご命令下されば参りましたものを…如何様にしてこのような場所に」

「………。そこの従僕、席を外せ。エバの娘、母親を呼んでこい。お前は入れ、ティファレト」

 無言のまま二人は頷き、さっさとその場から走り出した。居心地が悪いが入れと言われているものを無碍には出来ない。最高に振る舞いに気をつけながら、もたもたと出して国父を座らせ、テーブルを挟んで自分も座った。

「この頃体調はいいか」

「ありがとうございます。息災です」

「腹が痛くなったり、頭が痛くなったり、身体がだるかったりは?」

「しておりません」

 正直に答えると、国父は溜息をついた。国父が何か言おうとしたところで、エクソシアがエバを伴って戻ってくる。国父はちらりとそれを確認すると、ネツァク以外の近衛兵も外へ出した。近くに寄るように、とは言ったものの、着席は促さない。

「ティファレトの身体に問題は無いのか?」

「と言いますと」

「もう十八だろう。どうして初潮が来ない。いつになったら国王の子が産める?」

 ぽっとエクソシアの顔が赤らみ、気まずそうに視線をずらした。

 そういえば、子供を産むには月経がないといけないんだっけ、と、ぼんやりと思う。

「国父様、女の身体はデリケートで―――」

「それはもう五年も聞き続けている。婦人病にでもなっているんじゃないのか。去年検査を受けさせただろう。報告書では問題ないと書いてあったぞ」

「はい、問題ございません。ただ、初潮が遅いだけでございます。寧ろそのようにプレッシャーをかける事が、美麗童子様の心身の不調を呼び起こすかと」

 いらっとした様子で、国父は語気を強めた。

「他の諸聖童子達は、もうとっくに筆おろしは済んでいる。ティファレトだけが性徴がない。この娘がケテルの子を産めなければ、諸聖童子の一人として生かしておいた意味がない」

「しかしながら陛下、現在のシャローム国の国際上の位置づけで、本人達の同意のない政略結婚は、人権侵害として反論が出ましょう。アヴァリチア公国の王女とアンモナ子爵の結婚が破棄されたのも、偏に女性人権の向上が…」

 何だか難しい話になってきた。この国の自分以外にも王女と呼ばれる人がいるのだなあ、と、ぼんやりと思う。うとうとすることが出来れば良いのだろうが、見る見る内に険しくなっていく国父と、それを感じ取り、決定的な言葉を言うように眼力を強めるネツァクの前で、とろけた目など出来ない。

 ガンッ!!

「ご託はいい!! この王朝が続く上で、後継者問題は絶対だ!! 他国のアバズレがケテルの所に嫁いでみろ、この国は滅ぶぞ!! 僅か二十年もしないうちに!!」

「大声を出しても、ないものはないのですし、来ないものは来ないのです」

「促進剤を使っても見込みがないのか!」

 すると、エバは一瞬奥歯を噛みしめ、溜息をつくように自分を制して答えた。

「薬を母体に投与することで万事上手く行くのであれば、美麗童子様はおろか、他の諸聖童子様とて、産まれる必要は無かったでしょう。国王陛下の小頭症の原因は、骨と身体の発育と脳の発育が母胎の中でバランスが取れなかったからだと、医師団も報告したでしょう」

「………。そうだったな」

 国父は眉間を押さえ、忌々しげにカリエラを睨んだ。

「あの欠陥借り腹、腹くらいでしか俺に逆らえないからな。…まあいい。どうせ女になればすぐに母親だ。今のうちに貞淑な程度に遊んでおくのも良いだろう。後継者は大いに事欠かない、王朝が始まるんだからな」

 帰るぞ、と、国父がネツァクに目配せをしたので、エバとエクソシアは頭を下げた。

「お待ち下さい、『お父様』」

 遠ざかろうとする背中にカリエラが声をかけた。声が震えている。

「いつその呼称を許した、ティファレト。言葉を慎め」

「では御身の御言葉も撤回なさって下さい! お母様は、お母様をそんな風に、そんな風に!! 私を産んだお母様なのに!!!」

「童子様と雖も、無礼ですよ!」

 ネツァクが黙らせようと戻ってきたので、エクソシアはしれっとした顔で爪先を出し、転ばせた。カリエラは立ち上がり、ネツァクの頭を踏みつけて迫る。

「あんなにボロボロになったお母様を、まだお母様を貶めようだなんて! 国の父でありながら、聖なる国の母を労れないのですか!! 貴方の為にお腹を痛めたのに、それを、それを借り腹なんて、欠陥だなんて!!」

「美麗童子様、お気をお鎮め下さい。国父様はお忙しいお方ですから―――」

「エバは黙ってて! ―――お父様、この際だから言っておきます! 私は確かに、まだ子供かも知れませんが、私には好いた人がもうおります。でも私はお兄様の元に行き、お兄様の子を産みます。しかし私はその方以外と、私は家庭を作るつもりはありません!!」

 突然の告白に、エバとエクソシアがひゅっと息を呑む。だが溢れ出した不満は勢いづいて、怒張のようになって吐き出されて止まらない。

「お母様の今のお姿を見たことがおありですか!? お母様を顧みて下さったことは!? 離宮でひとりぼっちで、あんな惨めなお姿になって、外へ出歩くことも出来ずに、中庭で日がな一日お過ごしになっているその孤独を考えて下さったことはないのですか!?」

 国父は黙って聞いている。

「貴方は国の父と言われているけれど、その筈なのに宮殿の奥深くか外国に行ってばかり! 国民の支えになっているのなら、国王の母親があんな蔑ろにされるわけがない!! 貴方は外の世界にばかり目を向けて、私達がどんな思いで暮らしているのか、考えてなんか下さらない!」

「どんな思いだというのか、言ってみろ」

 意外なところで、カウンターが放たれた。もうここまで来てしまったら、最悪聖国母諸共追放かも知れない。だが、何年も囁かれていたことが本当なら、自分の産んだ子供に執心するなら、他の誰をどうしたとしても、自分の命は助けるのかもしれない。そんなことを考えている冷静な頭と、ここ数年間どころか、人生で初めて国父へ刃向かうことに高揚している頭もある。

「こ、国王であるお兄様は仕方ないかも知れません。でも私達九人だけが、国王とそっくりなだけで、レハヘルお兄様のことを、貴方は名前すら覚えておられない! 貴方の息子なのに!!」

「れ、れ…。ああ、レラーの産んだ子か。アレがどうかしたのか。最近見ていないから、もう巣立ったのかと思っていたぞ」

「!!!」

 思わず振り上げた拳を、さっとエバが取った。力強く押さえつけられ、ようやく自分の脚の下に人が居たことに気付く。

「エバ離して! この人、この人、お兄様を!!」

「もうおやめ下さい! これ以上はレハヘル様のお立場もなくなります! 聖国母様もお望みではありません!」

 尚もカリエラは噛み付こうと睨み付けていたし、謝る気にもならなかった。ただ、国父が忙しいというのは本当だったらしく、漸く脚を退けてもらえたネツァクに連れられて、部屋を出て行った。

「今回のことは監督不行き届きとして、報告と改善を提出するように、エバ」

「畏まりました」

 声を立てないように、カリエラは両手の中指を立て、二人を見送った。


 どんな風に怒られるか、と、内心びくびくしていたが、エバは怒るどころか、褒めてくれた。自分の屈辱では無く、母親の名誉の為に噛み付く勇気があることを褒められたのだ。しかしエバは、報告書を書かなくてはいけないから、と、さっさと出て行ってしまった。その代わり、ずっと蚊帳の外だったレハヘルが戻ってきたので、事の次第を説明した。初めは冒険譚を聞くように目を輝かせていたレハヘルだったが、段々と噛み付いた相手の報復を思い始めたのか、青ざめて、言った。

「なあ、それ本当に大丈夫だったのか?」

「国父様がほしいのは、あたしの命じゃなくてあたしの子宮だって、エバも言ってたし、殺されることは無いと思うよ」

「止めろよ、そういう言い方。…妊娠とか、出産とか、もっとあったかいもんだろ」

 すると、エクソシアが反論した。

「そうかな? 単純に女の人生が狂うだけだと思うけど」

「うーん、多分、そうとも言うんだろうなあ…」

「お兄ちゃんて、結構ロマンチストな所あるよね。私達より幸せな産まれ方したからかなあ」

「ぼくが男だからっていうのもあるかもね。…て、そんなことはどうでもいいや。ぼく、聞きたださなきゃならない」

「何を?」

 意図が解らず、カリエラが首を傾げると、びしっとレハヘルは指を上向きにして、掌で指さした。

「ズバリ! カリエラの好きな人って、誰だ?」

「え、それ聞いちゃうの?」

「露骨に言うなよ! そんな風に啖呵を切ってまで選んだ男って、どんな奴なんだろうなあ」

「シア、こう言うのって言って良いと思う?」

「相手の身の安全が保証されてるなら、言えば?」

「うーん、じゃ、念のために言わないどく」

「えー! 誰だ? どこで出会ったんだ?」

「そういう貴方はどうなの、レハヘル? おばさまを安心させてあげられるような女の子いた?」

 百面相をしながら、年頃らしく恋愛話を始めたエクソシアとレハヘルを見て、カリエラは、こんな日々が続けば良いのに、と、思うのだった。


 ―――これについての日記は此処で終了している。



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