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仮想遊戯  作者: 菊華紫苑
終章 活霊活現
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PAGE2 悔悟憤発

 終身禁固刑に処せられたと言っても、一日中毎日、何もしていないわけではない。懲役刑の者が働いている間は、排泄も供給も許されず、微動だに出来ない。その為、多くの者が進んで懲役を望んだ。終身刑の者とはつまり、労働の強制があるか無いかの違いである。懲役刑に処せられたもの、或いは懲役を志願した者達は、形式上の対価を得た上で、国の事業に従事している。カリエラの立場であれば、どういう事業なのか恐らく解るのだろうが、年頃の娘である彼女にとっては、やれ中央公園の噴水が国父の銅像になったとか、どこそこの歴史資料館が豪華になったとか、そんなものは至極どうでも良い。大切なのは、彼らの労働の産物は皆質が良く、安価であり、それでいて入手が困難であるということだ。そして、それを売っている場所はそれなりに人が多く、その為に

「あ! いたいた! ヨナおじさーん!」

「ちょ、声が大きい! 一応お忍びなんだから!」

 エクソシアの苦言も無視し、カリエラは衛兵の前で背中を丸めている男に話しかけた。男は顔を上げ、きょろきょろと辺りを見回す。その目元は焼けただれ、黒目が灰色の燃えかすになっていた。

「ああ、また来てくれたんだね。ありがとう、お嬢さん」

 ヨナがいつから目が潰れているのか、カリエラは知らない。ただ、市井に出る上で、自分の諱である『カリエラ』だけでも十分に危険であるということは理解している。『真理の天使』の名前とは言え、戦犯と同じ名前だ。国の威信が付けて良い名前ではない。ただこの名前を付けることだけを、実母である聖国母が願ったことだったという。故にこの名前は、禄に会話のないカリエラと母との共有する秘密であり、絆なのである。

「ねえねえ、新作は?」

 カリエラが覗き込むと、ヨナは軽く手探りをし、特徴的な凹凸のある革のトランクに触れた。

「この中にあるレザーストラップだよ。今日は世界でただ一つのものが作れるんだ」

「どうして?」

「職人が来てるんだよ。彼が好きな文字を打ってくれるんだ。今丁度席を外していた気がするけど」

「じゃあ、待たせて貰うわ。お姉ちゃん、お兄ちゃん、折角だからおそろいの買おうよ!」

 レハヘルは無言のまま、アクセサリ以外の様々な品物も物色しているが、エクソシアは難しい顔をしてそっぽを向きつつも、視線はアクセサリに向かっている。

「ちょっと、まさか名前を打つの?」

「好きな文字でしょ? それならあたし、別の文字が刻みたい!」

 無邪気にポシェットから小銭を数えるカリエラを見て、エクソシアは少し絆されそうになる。ここで自分がきっちり締めなければ、とは思うものの、手に入りにくいものがちらちらと自分の理性を焼くのを感じる。うーん、うーん、と、悩んでいると、人混みに隠れていたらしい職人の頭が、ひょこん、と、出てきた。

「よし、出来たよ、兄さん」

「ありがと。出来、良い」

 客らしい青年は、何か長細い入れ物に、紫色のレザーストラップを付け、くるくると入れ物を回した。きらりとラメの入った刻印が見える。『SHACHAN』だろうか。

「…?」

「?」

 視線が合う。青年はカリエラの顔をまじまじと見て、眉を曲げ、如何にも頭をひねっている。

「ちょっと、何です、人の妹をじろじろと!」

「ごめん」

 エクソシアが割って入ると、青年はすぐに身を引っ込めた。しかし、視線は食いついたままだ。レハヘルが間に入る。

「すいません、不愉快なんで、用が終わったならさっさと―――」

 ムッとしたらしい青年が、入れ物の蓋を取ろうとする。力尽くか、と、エクソシアとレハヘルが構えようとしたところで、その掌を蓋ごと抑える別の手が伸びてきた。

「あーあーあー! すんませんすんません! いやあ、田舎から出てきたばかりなモンで! ほらシェキナー! いつまでもここに居たら親父さんの商売の邪魔だ。とっとと行くぞ!」

「でもハヴェル―――」

「いいから行くよ! ハハッ、どうも、失礼!」

 すたこらさっさと走って行く珍客を見送る兄姉を尻目に、カリエラは、別のデザインの紫色のレザーストラップを手に取り、文字を入れてくれるようにせがんだ。


 群衆の波から一先ず抜け出し、二人の男は、二人の少女と一人の少年が、先ほどの職人の所にまだいるのを確認した。

「ハヴェル」

「なんだよ」

「あの子、似てる。年、違う。きっと、親戚。生き残った、産んだ」

「だから何だってんだ? 白昼堂々と誘拐でもするのかい。そんなことしてみろ、女王陛下に無期限無慈悲の終身刑くらうぞ」

「おじさん、きっと、会いたい」

「墓石の前に、女の子引っ立てることもないさ。…そんなことより、手に入ったんだろうな、お前のノルマだぞ」

 ん、と、シェキナーと呼ばれた青年は、先ほど手に入れた紫色のレザーストラップの他、ざらざらと様々な革製品を広げた。ハヴェルと呼ばれた方の青年は、占いでもするかのようにそれらの製品を並べ替え、縫い目を一つ一つ確認しては、ふむふむと頷く。

「よし、連携は取れてるな。いつでも反応出来るらしい」

「ハヴェル、いいの」

「何が?」

 あそこ、と、シェキナーは、中央広場から少し西へ行ったところにある、巨大な建物を示した。メルカバ宮殿だ。

「あそこ、いる。姉さん」

「邪魔立てするなら、殺せって、姉さんなら言うかもしれないな。でも俺は俺で答え持ってるから、お前が気にすることじゃねえよ、シェキナー」

「…わかった。お前、どうだった」

「どう? どう、ねえ…」

 ハヴェルは頭を掻いて、居心地が悪そうに答えた。

「『魔女』は、こっちでは出てないみたいだ。十八年前、大粛正の後にちょこっと噂が出て、それきりだ」

「生きてる?」

「それは間違いないと思う。場所も、なんとなく解る」

「どこ」

 身を乗り出して答えを求めるシェキナーの頭を両手で挟み、ハヴェルはぐいっと顔をひねって斜め後ろを向かせた。

「伏魔殿だな。やり直しになるぞ。それでも一緒に附いてくるか?」

 頷かれる。ハヴェルは苦笑し、言った。

「こりゃ、あの人達は報われねえなあ」

「女王陛下、お怒り。やり直し、やむなし」

「ただ、宮殿の中だけはどうにも斥候が上手く行かねえな。あそこに姉さんが居るのは間違いないんだけどな」

「どうする。忍び込む」

「まあ、兵は迅速を尊ぶが、なんせほんの数時間前にこの都に来たんだ。一時間で成果が出るなら、この国の治安はもっと機能してないさ。それに、全く手がかりがないわけじゃない」

「手がかり」

「さっきの三人組さ。そして、あの人に女の子。こりゃ、偶然じゃ無いと思うぞ」


 不吉な余所者が紛れ込んでいるとは露知らず、三人は北区のレストランまでやってきた。ここは嘗て、ペンション・ハーヤーと呼ばれていたらしい。先日倒れた時に傷を負ったらしい老女が、気の向く程度の料理を、気の向いた客に、気の向いた価格で提供している、スラムの建物のような場所だ。反乱分子が集まるんじゃないか、と、政府の一部が取りつぶしを叫んでいるから行くな、と、諸聖童子にお達しが出ていたが、そんなものをいちいち護るような上品な教育はされていない。

「なあ、本当にそんなんでいいのか?」

 ずー、と、凡そ王族とは思えないような音を立て、クリームソーダを吸い込む。カリエラは公園で勝った包装紙をぐしゃぐしゃにしながら、レザーストラップを包もうとしている。

「うん、あんまり派手なのはお嫌いだから。それに、折角綺麗な白いローブだから、それを邪魔しないようなのがいいの」

 きっと喜んでくれるよ、と、エクソシアに励まされ、カリエラはもう一度紙を広げてやり直す。

「シア、お前はなんか買ったの?」

「一応…。お母様に、グローブ買ったわ」

 これよ、と、エクソシアは、カリエラとは対照的に、何の包装もされていない革製のグローブを見せた。手袋と言うにはお洒落だし、しかしフォーマルかと言えば、そうでもない。有り体に言うと、エバの年になって嵌めるようなデザインではない印象である。

「お母様、最近手首が痛いんですって」

「リウマチか?」

「そんな訳ないでしょ! 若いわよ!」

「ねーねーシア、ここどうしよう」

 喧嘩になる前に、カリエラが救難信号を出す。エクソシアは不服に思いながらも向き直り、カリエラの手元に身を乗り出して、解説を始めた。それをまったりと見ていると、やはり二人は、自分なんかよりもずっと姉妹らしい。父親が同じである筈なのに、自分とカリエラの間には、随分と距離があるように感じた。いつの頃からかならなくなったという骨董品の大時計を見ると、埃っぽくなったガラスに、新客の影が映る。

 振り向くと、先ほど市場で声をかけてきた不審者が二人、入ってきていた。

「いらっしゃいませ」

 車いすがキコキコと音を立てる。垂れ下がった瞼に潰された瞳が、若者二人を見上げて、うっすらと微笑んだ。

「腹が減ってるんだ。パスタか何かないか? 出来れば肉詰め(マニケ)なんかがいい」

「ええ、ありますよ。どうぞお座りになって」

 他にも席は空いていたが、二人―――ハヴェルとシェキナーは、三人の近くに座った。不審そうなレハヘルの胸中を知ってか知らずか、ハヴェルは大仰に驚いて言った。

「おや、さっきのお嬢さん方。また会ったね。連れが失礼した」

 カリエラが興味を持つ前に、牽制するようにエクソシアが言った。

「いえ、私達、もう帰りますから、どうぞここの席でごゆっくり。ハーヤーさん! お勘定! 早く!」

「ん? あなたたちのその格好、もしかして上京したばかり?」

「こらカリエラ、止めなさい!」

「カリエラ?」

 うっかりエクソシアが呼んでしまった名前に、二人の若者の雰囲気が変わる。目つきが、疑うような怪しむような目になって、カリエラをじろじろと見ようとした。レハヘルがさっと間に入って遮る。

「すまないね。彼女は今お忍びなんだ。詳しい話は彼女に聞いておいて、しかるべき処置で面会を頼む。…行きますよ」

「えー、お兄ちゃん、あたしこの人達の話聞いてみたい」

「駄目です!」

 ピシャッと二人に窘められて、カリエラはしょんぼりと子犬のようになり、ごめんね、と、会釈をした。若者二人は尚も追いかけようとしたが、老女がスープを持ってきたので、席に着いた。

「ハヴェル、いいの」

「かまわんさ。…婆さん、このスープに入ってるパスタがマニケかい」

「ああ、丁度作り置きしておいたのがあったからね。柔らかくしておいたから、よく味わって、舌触りを楽しみなさいな。くれぐれも丸呑みはしないでおくれよ、手間がかかってるんだからね」

「おう、じゃあ、イタダキマース」

 お前も食えよ、と、言われ、シェキナーは渋々スープに口をつける。どろどろのこてこてのトマトスープの中に、挽肉が詰め込まれたパスタがごろごろと入っている。パスタは柔らかく、舌で十分すりつぶせる位だ。ハヴェルは暫く無言で味わっていたが、うっかりむせて、慌ててナプキンで顔を拭いた。

「何、してんの」

「うっせ! 手が滑ったんだい。…うへ、ナプキンが真っ赤っかだ。婆さん、新しいのくれ」

「はいよ」

 ハヴェルはブツブツ言いながら、真っ赤になったナプキンで口を拭き、残りを一気に掻き込んだ。シェキナーはシェキナーで、黙々とスープの淵に口を付け、水面を揺らさずに呑み込んでいる。

 その後ハヴェルは、酒を注文したりつまみを注文したりしていたが、どれも気に入らなかったらしく、ぐだぐだと時間を潰して閉店まで、延々と愚痴を言っていた。それはもう、シェキナーが焦るくらいには、だ。小銭を取り出すことも出来ないくらいに酩酊したハヴェルを抱え、シェキナーは胸元のポケットの財布をまるごと老女に渡した。もうこの際、迷惑料も込みで取って貰って、さっさと帰りたい。


 閉店作業を始めるから、と、二人を追い出し、ハーヤーは溜息をついた。

「やれやれ…。随分と女王陛下はのんびり屋さんだねえ…」

 売り上げを記録しなきゃ、と、ハーヤーは金の一部を握り、残りを金庫に入れた後、嘗てレラーが修行していた中庭を通り、メヴァーエルが修行をしていた地下サウナに向かった。今は嘗てとは逆で、ひんやりと冷たく、吸い込まれそうな暗闇が広がっていく。時折木漏れ日のように月の欠片が転がり込むと、じんわりと、その空間に大量に黒い何かが置かれていることが解った。


 ―――これについての日記は此処で終了している。

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