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仮想遊戯  作者: 菊華紫苑
終章 活霊活現
69/89

PAGE1 美麗童子

 背中が硬くなっているのを感じる。微睡みの中で、目を閉じたまま目が覚める。このまま身体を起こせば、きちんと目が覚めるだろう。

「起きなさい、起きなさい」

「んー…あと五分…」

「起きなさいってば!」

 パコ、と、頭が空っぽな音を立てる。これでもう、眠りの沼に沈むことは出来なくなった。渋い顔をして顔を上げると、姉妹よりも強い絆で結ばれた、最愛の片割れが、渋い顔をして、ノートを丸めていた。

「おはよう。気分はいかが? もう先生ってば呆れて、帰ってしまわれたわよ」

「そりゃいいや。この頃やる気無かったしね。ジェンダー論はじぇんじぇんきょーみないし」

「貴方ね、お二人に叱られるのは私なのよ?」

「そりゃいいや。シア、それはそうと、この後ハーヤーさんの所行こうよ」

 ほれ、と、堂々と家庭教師の目の前で居眠りをしていた彼女は、懐から錦の財布を盗りだした。シアと呼ばれた少女は、溜息をついて答えた。

「ハーヤーさん、この間倒れたって聞いたわ。こんな国家規模の問題児、連れてけないわよ!」

「逆だよ。イシュおじさん達が作ったアクセサリが、今日から三日間、中央広場で売られるんだって。だから早く買いに行こうよ。自分のおじさんの作品くらい、見に行ったって、エバは怒らないよ?」

「お母様は非難されないかも知れないけど、このエクスシアが非難されるの! 姪っ子だから!!」

 そう言って、シア―――エクスシアは渋い顔をした。

「…ねえ。貴方それ天然なの? それともわざとなの?」

「半々かなあ。ヨナおじさんが売りに来るって言うから、どのみち行きたいんだよね」

「ああ、今日、でてきて良い日なんだ」

「再来年の建国二十年の時には、ヨナおじさんが出てくるらしいよ。聖国母様の陳情が、やっと叶うんだってさ」

「終身禁固刑だったんじゃなかった? お母様の部下だったし、イシュおじ様の部下でもあったから」

「よっぽどだったって事じゃない? 同じ陳情でも、イシュおじさんは駄目だったらしいよ。アンモナさんくらい貢献してたら良かったんじゃないかな」

「へえ、貴方でもそんなこと思うんだ。へーえ」

 ふーん、と、エクスシアは黒燕の髪を弄びながら、改めて目の前で気怠げに欠伸をしている自分の乳妹を見下ろした。

 十八年前、ダアト国は滅び、シャローム国が建国された。その際、彼らの長兄ケテルが幼童王として即位した。一年後、聖国母は女の子を産み落とした。本来ならば男が産まれる筈だったらしいが、何故かその子は女の身体で産まれた。その後、次々と異なる女達が子供を産ませられ、結果的に十人兄弟になった。国民は、彼ら建国王とうり二つの王子達の銀髪を讃え、『アイン・ソフ・オウル』―――『光輝なる諸聖童子』と呼んだ。行こうよ行こうよ、と、目の前で駄々をこね、自分の乳姉を困らせている少女もまた、その一人。ただ、彼女が他の諸聖童子と所が一つだけあった。

 山の頂のように輝く銀髪、鋼鉄の精神のように煌めく鈍色の眸。肌は白く、その唇は薄く、暴力的な儚さを兼ね備えた『光輝なる童子』の一人。しかし、国王ケテルと寸分変わらぬその姿を、恐れ多くも裸体にすると、その未発達な身体でも、彼女が男でない―――女であると言うことが、一目で分かる。

 諸聖童子は全員男だ。それは、国王ケテルが男だからと言うより、国父マルクトが男であるからだ。今年齢三十六になられる国父マルクトには、今年十八になる、うり二つの息子ケテル国王が居る。否、彼の若き日と全く同じ顔の息子だ。彼が今のシャローム国のトップであり、父親と共に、国を育てている。エクスシアは知識の上でしか知らないが、この世界にはシャローム国にもいくつかの小さな国があって、その内の一つは、準貴族ニタ・アンモナの遠縁らしい。また、彼の妻もその国にいるのだそうだ。目下、今のシャローム国は、ニタ・アンモナを特使とし、その国と強固な同盟を気付き、セカイレンポーとやらに名を連ねなければならないことが火急必要で―――…。

「ねーシアってば! 行こうよー! お供してよ、お供! シアが居なけりゃ何にも出来ないんだよ!」

「………。もう、仕方ないわね! だけど、私一人じゃやだよ。お母様に今度こそこめかみ抉られちゃうんだから!」

 ぷんすか怒りながら、エクソシアは部屋を横切り、電話をかけた。内線だ。

「ああ、もしもし? エクソシアです。我らが姫様のご要望ですので、火急お越し下さいまし。…場所? 中央広場の篤志バザーです! 早くお出でなすって!」

 ガシャン、と、エクソシアは受話器を叩きつける。やったーやったー、と、飛び跳ねるようにして準備をしている自分の妹を見ながら、齢僅か十八にして、胃に穴が空きそうな気分だ。…いや、もう空いている気がする。

「シア! 髪の毛やって! 髪の毛!」

「はいはい…」

 きらびやかな宝石があしらわれた箱に詰まっているのは、プラスチック製の粗末な髪飾りばかりだ。妹が座った椅子は、よく見れば脚に傷がついているし、目の前の鏡も、隅が黒ずんでいて、中央以外はなんとなく曇っている。彼女の髪は若々しく、光を受けて煌めくのに、その髪を梳かすブラシの毛は広がっている。

「ねえ、どうせならこのブラシも買い換えたら? 今日のバザーで!」

「えー、だって人に見せるものじゃないし」

「だからこそよ! 貴方ね! 国王の妹である自覚をなさい! お母様に怒られるのは私なのよ!」

「えー、だって見られないし…」

「えー、じゃない! 下着も何年同じの付けてるの! いつも針子に直させて!」

「なによ、どうせあたしはペチャパイだもん。毎月変えてるような巨乳じゃないもん!」

 このやろ、と、妹分が小ぶりな手で、大ぶりな自分の胸の先を掴む。いいないいな、と、そのまま両手で揉みそうになるので、手を剥がそうとしたところで―――ドアが開き、そして、閉まった。

「ワーッ! 何で閉めるの! 入りなさいよ王子様なんだから!」

「ぼくの知り合いにレズはいません。帰らせてください。ってか帰る」

「ばかばかばか! 解ってるくせに解ってるくせに! 入りなさい!」

「もうやだ! ぼく、ちゃんとしたお嫁さんを見つける前にお前達に変な女性像植え付けられる!」

「んなわきゃないわよ、いいから入れ!」

 ぱしん、と、ブラシが少年の頭を叩く。ぼくは王子だぞ! と喚く少年の頭をむんずと掴み、腹を削るように自分の妹の前へ放り出す。

「ご機嫌よう、お兄様」

「…ご機嫌よう、美麗童子様」

「このウィッグしてる時は、そう呼ばないの!」

 美麗童子と呼ばれた少女は、ひょいっと黒髪のウィッグを目の前で被って見せた。背中まである髪は、本物のようにさらさらと流れるが、首の付け根の所で硬く結ってあり、その部分だけが不自然だった。

「あたしの名前はー? お兄ちゃん」

「………。カリエラ。…ぼくの、妹だ」

「そう! そして、国王様と国父様がいないところでは、貴方はあたしのお兄ちゃんだよ! それで、シアはあたしのお姉ちゃん! そうでしょ?」

 はあ、と、エクソシアは外に誰も居ないことを確認し、ドアを後ろ手に閉めた。

「カリエラ、レハヘルの複雑な立ち位置も理解してあげてよ。レハヘルは男だけど、諸聖童子じゃないんだからね」

「えー? 一緒に育ったじゃん、髪の色も目の色も違うけど。国王様とは別に、三人で! これからもそうだよ! あと一年したら、あたしも変装しないで、外に出られるよ!」

 行こう行こう、と、カリエラは鞄を持って、兄レハヘルの腕を引っ張り、窓に近づいた。溜息をつきながら、エクソシアはドアの鍵を厳重に閉めると、窓辺に行った。外を見るのに精一杯の二人を押しのけ、手すりに脚をかけて身体を伸ばせば、妙に撓垂れている巨木の枝がこちらへ届く。カリエラ、レハヘル、最後にエクソシアが枝に乗り、手を離す。枝は大きな弧を描きながら、綺麗に地面まで降りていった。自然のエレベーターである。…但し、上に行く時は木を上らなくてはならないのだが。

 一度外に出てしまえば後は簡単だ。伊達に十八年、宮殿暮らしはしていない。最初の関門さえ突破してしまえば、末端兵士にはただのお忍びの行楽で済んでしまうのだから。

「しーっ、晩餐には戻ってくるわ。だから聖国母様には内緒よ。あと出来れば、エバ姉様にもね」

「はい、毎度あり。行ってらっしゃいませ」

 話の解る宮仕えを持つと楽だ。


 シャローム国には、二種類の王子が存在する。一つは先述した諸聖童子と呼ばれる八人の、国父そのものの姿をした王子。もう一人は、国父とは別に、血筋の混じった王子である。名をレハヘルと言い、その母の名前はレラーである。レハヘルは、諸聖童子と違い、国父と同じ白い髪は持たず、金色の髪を持ち、小さな目に長いまつげを持ち、全体的に橙色に近い肌の色を持っていた。雪を知らない娘から産まれた子で、祖先を辿ればヴィアナルス村にルーツを持つが、その身体に流れるのはダアト人の血だと誰もが認めるところである。

 同じく、シャローム国には、たった一人の王女がいる。彼女は本来、諸聖童子の長男として産まれる筈だった。しかし産まれた赤子に男性器はなかった。女だった。諸聖童子の枠には、初めから十席しかなく、一つはケテルが持っている。そしてその枠に欠陥があってはならなかった。乳母が守り通したその赤ん坊は、将来、『諸聖童子』を産む事を前提に生かされた。彼女の母の名は、ペラッカ。聖国母ペラッカである。国王ケテルを産んだ直後、自らの意思で、再び『たまご』を腹に入れた彼女が産んだ娘であり、通り名をティファレト、諱をカリエラと名付けられた。彼女の諱を知っているのは、血の繋がらない二人の兄姉、母親、乳母だけである。国王は勿論、国父マルクトですら、彼女が市井でカリエラと名乗っていることを知らなかった。

 そのカリエラを育てた乳母の名は、エバである。嘗ては別の名を名乗っていたこともあったが、公の身分に成って居たこともあり、シャローム国へ忠誠を生涯誓う証として、古い名前は捨てられた。彼女の母は、アイン人の軍人の子供をその身に宿し、聖国母と面識があること、まだ乳が出た事を理由に、乳母としてメルカバ宮殿に召し抱えられた。産まれた娘は、アイン人らしい白い肌と、母親譲りの黒い髪と黒真珠のような眸を持っていた。

 十八年前の革命の後、死から遠ざかろうと、足掻いた女達の副産物。それがレハヘル、エクスシア、そしてカリエラなのである。

 革命は、ヴィアナルス家とアイン・ソフが国を担うことで終わったはずだった。彼らは男であるからだ。

 しかし、エバ、レラー、そしてペラッカは、女だった。最早彼女達は子供では居られず、望まずとも腹に芽生えた命の為に、子供である甘えを捨て、自らが歴史の激動の中に消える事を受け入れなければならなかった。そして彼女達は女であるが故に、その戦いは永続してしまっている。その戦いは、恐らく彼女達の子供が生まれてしまった今、最早終わる事は無いのだろう。

 そして、彼女達の戦いが終わらない理由は、もう一つあった。国王ケテルである。

 処女のペラッカの身体から、自分と全く同じ子供が産まれてくれなければ、ダアト人の多くはマルクトの支配を甘受しないと考えていた政府は、とにかく結論を急いだ。ペラッカの食事に薬を混ぜ、胎児の成長を早めた。後々ペラッカはエバから聞かされる事になるのだが、この薬は十分な治験が出来ておらず、結果は五分五分だったという。産まれた子供は、一月早かったが、五体満足で産まれた。

 否、五体満足というのは、手足と頭が十分でいて初めて五体満足というのだ。産まれた子供には、手も足も十分にあった。十分すぎるほどに大きく、文字通り身を千切りながら、ペラッカはその子供を産み落とした。産まれた子供は、うっすらとだが髪は白く、まだ開いていない眸を強引に調べた限り、鈍色だった。政府は目的を遂げ、ペラッカはこれで自由になるはずだった。

 しかし、半年ほどして、ケテルの成長がおかしいことが医師団から告げられた。原因は明確にされなかったが、投薬による無理な胎児の促進が、大きく裏目に出たことになる。

 ケテルは、極特殊な小頭症だった。頭骨の成長は十分であるのに、中の脳髄は未熟なままで、大きさとしては通常の4分の1ほど足りない。検査の結果、耳も殆ど聞こえておらず、また、視神経は光源を確認出来るものの、眼球に大きな傷がついていて、完全な盲目だった。眼球の傷は、恐らく生まれたばかりの時、強引に瞳の色を確認したからだろう、産まれる事ばかりに気をとられ、人が人を産むことを軽視した結果だと、唯一怒ってくれた医者は、その場で銃殺された。どのような形であれ、ケテルは『望まれた容姿』を持って生まれた。その姿は、既に国民に希望と絶望という形で提示されてしまっている。外国にはその姿はまだ見せていなかったが、その気になればごまかせるかも知れない。

 そう血迷うマルクトらに、ペラッカが言ったのだ。『駄目ならやり直せば良い、私の腹をもう一度使えば良い』と。

 処女かどうかを外科的に見極めるのは、早い話が処女膜の状態を確認することだった。しかし、経産婦となったペラッカの陰唇が傷ついていることは、処女でない可能性を否定することに他ならない。無理だ、誰も納得しない、という政府に、ペラッカはエコーの拡大写真を見せた。既に胎児が、ペラッカの腹の中で息づいていた。ペラッカはそれと同時に、凡そ本人が書いたとは思えないほど綿密な報告書を出した。恐らく、協力した医者が書いたのだろう。

 要点を纏めると、このケテルの『弟』は、月齢から換算するとケテルが産まれて一月もしないうちに『たまご』としてペラッカの腹に居なければおかしい。今度はきちんと薬を使わず、自然に産むとすれば、ケテルとの年の差は凡そ一年。より正確に言うなら、十ヶ月未満になる。年子と言うにはあまりに不自然な月齢であることは明白だ。何故なら、自然妊娠に換算すると、産んだその日のうちに『たまご』になっていないとおかしいからだ。そして、この『たまご』は、ケテルと同じ遺伝子を持っていた。『ケテル』の次の世代に使う予定の『たまご』を、ペラッカは使っていた。つまり、ペラッカは全く同じ子供を、もう一度産むことになる。その子供が、将来入れ替われば良い、と、ペラッカは言った。新しく産まれた方を『国王』にし、先に産まれた『失敗』は、自分が引き取り、日陰で暮らす、と。

 だからもう一度自分の腹を使えと、ペラッカは言った。折角『神秘』を産んだ女が生きているのだから、無碍に殺すことも、死ぬ危険性のある行為を強いる必要もない。国王のスペアはないならないで困らないかも知れないが、あるならあるに超したことはないのだ。マルクトは頷いた。

 ところが、産まれた子供は、何故か女だった。マルクトは大いに怒ったが、ここでペラッカが言った。『私で駄目なら、この子に産ませればいい』と。

 一人の父親と一人の母親によって、『たまご』が作られる。その時に使われる遺伝子は完全無作為なので、兄弟は性別からして違う場合がある。しかし、同じ『たまご』が、成長の過程で二つに分かれる場合―――一卵性双生児は、全く同じ遺伝子を持つ。二人に違いが出るのは、育ってからだ。それでも、一卵性双生児は性別すらも一緒だから、その二人が結婚し、全く同じ遺伝子を持った二人から産まれた子供は存在しない。一卵性双生児同士の結婚であっても、それは不可能だ。

 だが、自然ならざる方法でならば、いくらでも『同じたまご』は使える。ただ産まれる時期とプロセスが違うだけだ。マルクトが欲しがっている『自分と同じ容姿の国王』は、いくらでも産めるのだ。『たまご』があるから。

 結果的に、マルクトはそれを了承した。折角増えた労力だ、無碍にすることもない、と言って、ケテルと産まれたばかりの娘を夫婦にし、その二人の子供が『二代目』となる。世代から計算すると、それも失敗した場合、もうペラッカの出産は勿論、妊娠も出来ない。それを考え、マルクトは残る8個の『たまご』を、終身禁固刑に処したアイン人の血縁者の処女に施した。子供を産んだ後、三人の母は自殺し、四人の母は精神を病み、一人は出産時に命を落とした。

 かくして、ケテル国王を含め、『国父と同じ』身体的特徴を持つ九人の男子と、女子―――ティファレト=カリエラは、『神饌に基づいた子供』として、『光輝なる諸聖童子』と呼ばれるようになった。『カリエラ』の名前を付ければ、間違いなくペラッカは殺されただろう。しかし徹底して秘匿することで、また、マルクトを始め政府がカリエラに興味を持たなかった事もあって、ペラッカは今日、国父の子供を二人も産んだ聖国母として、不動の地位を得、メルカバ宮殿で、娘とすら禄に話さず、静かに暮らしている。


 そうして、十八年もの月日が流れたのだ。国家としてはあまりに短い、しかし人間としてはあまりに長い、十八年が。

 あの日、産まれた子供達は、まだ恋も知らない。けれど、恋を見つけようと、見つけたいと思い、壊れたはずの城壁の中から空を見上げていた。


 ―――これについての日記は此処で終了している。



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