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仮想遊戯  作者: 菊華紫苑
第四章 竜攘虎搏
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EPISODE AFTER とこはるのち

 初めは、ただの思い出話だと思った。

 優しい祝福の光を受け、見聞を広める為のきっかけはちょっと強引で。

 中心になる少女がいて、その少女を助ける別の少女がいて、いつも困らせる少女と、何故かそういう者と波長が合う少女がいて、その中で、その少女は、丁度真ん中だった。

 誰もが抱える闇や苦しさは、きっとダアト国を滅ぼすつもりはなく、革命が起こり、政治機能を掌握した途端、旧体制側への苛烈な制裁を成したヴィアナルス会にすら無かった。誰もが抱える闇や苦しさを、誰もが癒やしてもらえる、それだけの話だったはずなのだ。友と呼べる存在が、四人も居て。彼らとは寝食を共にした。

 だから、この話はおかしいのだ。児戯にしてはあまりに幼稚な希望的観測に基づいた、思議というにはあまりに情がない話だ。この話に救いはない。この話では、誰も救われていない。報われていない。

「どうして…」

「まあ、酷い声。聞いているだけでも疲れたでしょう。今お茶を淹れますね」

 立ち上がった老女を止めることが出来なかった。立ち上がる彼女を見ることは、きっとこの先ないのだから。ここが楽園である限り、きっとそれはそうなのだ。

 何故、と言われても、『そうだったから』としか言えない。


 メヴァーエル・ミカエリは、死ぬしかなかったのか? ―――然り、死ぬしかなかった。

 彼女は子供を産みたいと言っていたのに、叶えることは出来なかったのか? ―――然り、叶える事は出来なかった。

 彼女は首が離れるその時まで、死にたくないと叫んでいた。しかし、生きたいとも言っていなかった。恐怖に怯える僅か十九に届いたばかりの、少女と言うには生きすぎた、娘と言うにはまだ若すぎる彼女を助ける方法は、本当に無かったのか? ―――然り、無かった。

 カリエラ・アンモナがヴィアナルスに恨みをもたれていたとして、何故それを、父は寄り添ってくれなかったのか。―――然り、ニタは拒絶を選んだ。

 彼女がほしかったのは、戦争回避の平和ではなく、両親の愛だったのではないのか。―――然り、ニタは拒み、アシャリヤは去った。

 彼女の薬物使用には、どうしようも無い理由があったのではないのか。―――然り。而して能わず。罪を犯した者に、罪を犯さぬ道を説くことは不毛である。ましてそれが戦犯であるなら尚のこと。

 サンダルフォナが薬物に身を染めてまで守りたかった彼女の笑顔は、魂は、命ですら、もうこの世にはなく。自分の知る限りでは、従者の老婆が最後に話した『最後の一週間』の後、国外追放された者はいない。つまり、聖女は何も目的を果たせなかったのだ。誰一人、逃がしてはやれなかった。聖女は、確かに資格ありと多くの者を最後に唸らせたのにもかかわらず、誰も救うことは出来なかったのだ。


 ケテル=ザバオトが産まれたというニュース、そして幼童王の即位と、その摂政として国父『マルクト』が就くと、旧ダアト人と旧アイン人の劇的な逆転現象が起こった。ダアト人として富を気付いていた者は、一切合切を進撃時に破損した街を立て直す資金として奪われ、身一つで国の奴隷になるか、浮浪者になるかという過酷な選択を強いられた。それでも、三代終身隷属刑の者達は、『当人達』は救われた。

 この懲役刑の恐ろしいところは、その刑の中に民族浄化が含まれていたことだ。聖女が聞いたとおり、マルクトは最初から、『ダアト人の身体的特徴を塗り替える遺伝子を多く持った兵士』を決めてあったのだ。否、時代を考えると、彼の父親か母親が言い出した可能性すらある。つまり、敗残兵の妻子を孕ませるだけの健康な生殖能力を維持することを求められた兵士だ。彼らは国父―――国王の父から、建国の英雄から、『女を犯せ、孕ませ産ませろ』という国の命令を受けているから、彼らを裁く法律は存在しない。否、もしかしたら在ったのかも知れない。けれども、それを聞こうとするには、あまりにもダアト人は『神』に依存していた。人々の心は頑なに、『神から来ない知識』を拒否し、これにより革命を跳ね返そうとしていた。穢れた考えを受け入れなければ、いつか神の支配が復活する。もう神の代理人は処刑され、破壊され尽くしたけれども、神を破壊することなど出来ないのだ。彼らは、アイン人からの一切の教育や進言を拒否した。彼らが受け入れたのは、建国に関して、『ペラッカという『聖女』が貢献したので、少なくとも神はヴィアナルス会への裁きを遅らせているらしい』という無知蒙昧で根拠の無い迷信くらいだった。

 その後の悍ましい末路を想像すると、本当に恐ろしい存在に気付かされる。

 ダアト国は新体制に従い、国名を変更した。名をシャローム国。平和という意味だ。新政府は、次々に建物を修復し―――この過程で老人や病弱者はほぼ死に絶えたと思って構わないだろう―――、国の権限と管理の下、全ての教育、経済、治安、人口計画を徹底した。

 しかし、アイン人との血縁が無い事を誇っていた多くのダアト人達は、例え孕まされた娘の子の父親がアイン人であっても、その子供をダアト人として育てようとし、一切の教育を拒否した。一方で、アインの血を引く者、或いは『不義の子』としてまともな教育を受けられなかった者や、そうなる筈だった者達は、そうやってダアト人が入るはずだった席に、特例としてどんどん入っていき、結果的に国は、自主教育と公教育の二種類に分裂した。国が国を担う子供を育てるのと、家長が家を存続させるために孫を育てるのでは、当然前者の方が勝る。家系の違いはそのまま、その子供の学力、経済力、職業技術に直結し、格差は広がっていった。しかし、それを恨むものは居なかった。それが当たり前だと皆思っていたからだ。

 ダアト人としての誇りがあるから、彼らは学がなくても金が無くても生きていける。特に、女性の場合は、年頃になると国が優秀な男を宛がってくれるのだ。優秀な『種馬』には、何人もの妻がいたし、逆にダアト人であっても、顕性遺伝子がより多いアイン人の女がいれば、結婚を許可された。

 政府は、外見と能力において、アイン人の特徴を規定数以上満たした子供や、それを誕生させた夫婦には、率先して多くの保証や特別措置を行った。その多くの資金源が、結婚する能力―――つまり、生殖能力のないものや劣りすぎた者達の、過酷な労働の賜である事は、誰もが気付いていたのかも知れない。

 けれども、そうでなければ生きていけなかった。産まなければ、産ませなければ。旧アイン領にも自治区を増やさなければ。その為には優秀な混血児が必要だ。それも、選りすぐれたアイン人系としての混血児が。

 性欲を国に管理されると言うことに、誰も疑問を持たなかった。


 その中で、カリエル・シルファーは恐らく、異質だった。

 シルファー家は、その後旧西アインを治める貴族となり、森の木々を伐採し、国内の復興に勤しんだ。嘗てサンダルフォナが離脱を宣言したあの館と、ナタスの砦は、シルファー家が管理下に納め、館でニタ・アンモナは割り振られた使用人達と暮らすことになった。アンモナ家が準貴族の扱いなのは、アンモナ家の最後の生き残りであるニタに新政府への敵対心が無い事は保証されているものの、如何せん、彼の代でアンモナ家が途絶える可能性があった。政府としては、『嘗ての裏切り者でも、敵対しなければ受け入れる』というデモンストレーションが行えれば良かったし、何よりもニタ自身が、生きる執着が無かったし、年も年だったので、新たなアンモナ家の子供は絶望的だった。数が増えれば、それだけ価値は下がる。そういうわけで、『アンモナ家』は、準貴族だったのだ。

 そのような人を知っていたからか。

 カリエルは革命直前に産まれ、動乱の中、一族の者達に大切に育てられた。国の教育を受け、国から仕事を貰うものの、カリエルは自分の器では小さな村が良い、と言って、西アインの田舎に引っ込んでいた。というのは、シルファー家はカリエルに独自の教育を施していたからだ。即ち―――『自分は聖女に命を救われ、その聖女は二人居る』ということだ。他にもカリエルは、国の教育と家の道徳を受けながら、非情に多感に育った。

 だからこそ、父は言ったのだろう。迷ったなら、聖女に会いに行けと。彼女達は―――最後の、『ダアト人でありアイン人』なのだから。

 ダアト人は新たな国号『シャローム国』の構成員となることを拒み、文化を自ら滅ぼしていき、その溝は最早取り返しがつかないところまで行っていた。

 国父マルクトの政策は、確かに自由と平等と博愛を歌っていて、権利も義務も、出自に分け隔てはなかった。しかし、カリエルが今思うことは、国父は初めから、ダアト人を滅ぼす為の道筋は作っていたのだと言うことだ。誇りをかけ、信仰によって、彼らが破滅していく政策を作り、彼らが自滅していくことを解っていながら、『自由』の名の下に放置した。

その通り、元より歪んだ世界観で現実から逃げた教育しかしてこなかったし、受けてこなかったダアト人は、自らは天使に試されていると思い込み、克己精神を放棄して、自滅していっている。


カシャンッ。


思考の淀みに沈んでいたカリエルは、ハッと顔を上げる。奥の部屋から、割れる音がした。その音は小さかったが、同時にとても大きなものでもあった。椅子が倒れるのも気にせず、カリエルは立ち上がり、奥の部屋―――キッチンに飛び込む。

老婆が、カウンターに上半身を倒していた。手元に、日々からコーヒーがしみ出して行っているカップが二つある。

「従者様! 大丈夫ですか、しっかり!」

「ああ…」

 抱き上げて床に寝かせると、老女は嬉しそうに微笑み、カリエルの頬を撫でた。

「本当に、大きくなって…。ありがとう、育ってくれて。ここに来たと言うことは、きっと、何かあったのでしょう?」

「無理してしゃべらないで下さい、薬はありませんか」

「………」

「従者様!」

 老婆の目が泣いていた。だが、その涙はただ美しく哀しいだけで、どういう感情で流れているのか解らなかった。

「私の部屋に―――ヤハエル基金に、提出するための…。記録が、あります。パスワードを、入力、すれば…。してください、どうか、ご覧になって…。復権裁判の記録…そして、あの悲しみの子らの記録を…。少女達の、行き着いた先を、どうか、見てあげて…。―――二人の聖女の存在を、知っているのだから」

 とにかく、ここでは身体は休まらない。カリエルは老婆の曲がった身体を抱き上げ、小屋の中のガタガタの扉を足で何枚か破り、やっと見つけた埃っぽいベッドに寝かせた。

 観察してみると、熱もなさそうだし、脈も正常だし、汗も掻いていない。恐らく一気にしゃべったので、疲れて眩暈がしたのだろう。すうすうと少女のように眠る老婆を見ながら、寝室の鏡台を弄ると、引き出しに古びたICチップと、デジタルメモが入っていた。このチップ、使えるのか? と、半信半疑だったが、ケースから取り出し、デジタルメモに差し込む。メモは、『貴方が殺した娘の名前は?』と、問いをかけてきた。

 あの話の中で、名前の解っている女性で、旅の途中で死んだ女性のことだろうか。

 カリエラ・アンモナ、サンダルフォナ、ペラッカがお産に携わったものの、母親の命が助からなかった、カリエルの実母メタトリーナ・シルファー。ペラッカが聖国母の運命を受け入れ、処刑したメヴァーエル・ミカエリとカリエラ・アンモナ。そして聞くことは出来なかったが、話しの中のサンダルフォナも非常に危険な状態のように聞こえた。

 カリエルがその三人の名前を入力すると、『カリエラ』で、認証された。


 中身は、日記のようだった。



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