EPISODE63 こくぼのへや
裁判開始からの年月は早く、もう一か月が経った。ペラッカはハーヤーの進言を受けて、部屋の中をぐるぐると歩き回る日々だ。それはそれで腹が減るので、結果的に動き回れば動き回る程、不安で押しつぶされそうになると、サンダルフォナの手を握り、話しかけた。サンダルフォナはまだ目を覚まさないが、顔の骨折が大分治り、今は腫れが引くのを待つばかりだ。つるつるだった頭も、今はボブショートくらいに髪が伸びている。もう身体の方の骨はほぼ繋がったらしいので、二時間ごとに身体の向きを変えなければ身体が腐ってしまうらしい。大柄な身体に見合うだけの体重は、まだない。スカスカの身体になってしまったのだな、と、胸が痛くなる。それでも重いものは重い。毎日裁判の記録を伝えに来てくれるハーヤー、夕食と尿検査のやりとりをするメイドが、外との繋がりだった。
裁判開始から二カ月も経っていない頃。革命が起きてから、早四ヵ月。マルクが部屋を訪ねてきた。
「身体はどこも悪くないか、ペラッカ」
「気分は最悪だよ、大将殿」
「おいおい、コクフに向かって随分な言い草だな」
「こくふ?」
「国の父だ。準備が整ったからな。お前にも知らせて良い頃だ」
まさか処刑か、と、ペラッカの胸が押しつぶされる。それを見て、マルクはからからと笑った。
「そうじゃない、良い知らせだ」
「アンタにとっては、じゃない?」
「いやいや、お前にとっても、だ」
「どうだか」
「本当だ。俺の息子が安定期を迎えた」
「ああ、そう言えばマルクって、奥さんいたんだっけ」
「妻ではないな。俺が用があるのは、そいつに孕ませた俺の息子だけだ。その子はこの国の初代国王になる」
「へー。それがどうかしたの?」
「その息子が、お前の胎の中にいる」
………。
………………。
………。はっ。
「ごめん、誰の腹にいるって?」
「お前だ、聖女ペラッカ。子供が出来る仕組みは知ってるか?」
「セクハラ!」
「いいから。どうやって子供は出来る?」
ペラッカは顔を真赤にしながら答えた。
「お役所に婚姻届を出して…。天使様が見守ってる時に、天使様が指定した方法で、え、え、えっちすると、出来る」
ぷしゅう、と、湯気を立ち上らせながらペラッカは答えた。なんでこんなことを話さなければならないのだ。マルクはプッと吹き出し、可愛い物を見るような軽蔑した目で答えた。
「成程、確かに当たらずとも遠からず」
「だから在り得ない。あたしバージンだもん!」
「その通り、お前は処女だ。それはアイン・ソフの警備下において完璧だ」
「なぞなぞにしてはスッゴク質悪い!」
「なぞなぞじゃない。お前、ここに来てからずっと妊娠検査薬、提出してただろ? あれは初回の時から陽性反応が出てた」
「何そ―――」
そこで、ハッとした。この部屋に来てから毎日出しているもの―――尿検査で使った、あの体温計のようなもの。
「少し説明が必要みたいだな。まず、お前は間違いなく処女だ。知らない間―――例えば眠っている間に強姦されたとか、そんな事実は全くない。それを前提に話すぞ」
曰く。
ペラッカの説明は、子供にする説明としては及第点だ。だがアインの民は、もう少し突っ込んだ理解をしている。人間は母親の胎に宿り、生まれてくる時は人間の形をしている。しかし、胎の中に宿る時は、『たまご』なのだという。そのたまごは、父親の構成する要素をランダムに半分、母親の構成する要素をランダムに半分持ち、作られている。
「お前には兄がいるが、その兄とお前は父親も母親も同じなのに、性別すら同じじゃないだろう? 何を半分貰うのか、そればかりは決められないからだ」
しかし、『文明』時代、その斜陽の射す終末期に、後にヴィアナルス村の一員の祖となる、ある科学者が、『自分と全く同じ子供』を妻に孕ませたことが世間に露呈し、酷いバッシングに合った。通常、半分ずつで一つ出来るたまごを、自分の構成する要素だけで造ったのだ。だから生まれた子供は、その科学者とそっくりどころか、その科学者と全く同じ見た目を持って生まれた。父親と言う前例があったので、子供はより優れた人材になる為の効率のいい教育を施され、その期待に応えるだけの素晴らしい人物になった。
「このように、一人だけでする子作りを、難しい言葉だと『単性生殖』と言うんだ。お前の胎の中にいるのは、完全に構成要素が俺と同じたまごだ。妊娠のリズムから言えば、もうたまごは人間に近づいている」
マルクの顔色が悪い。否、自分の世界から色が無くなって行っているのだ。
「嘘…うそだよ。妊娠? た、たまご、たまごって、だって、だってそんなの、もらって…。け、け、結婚だって、してない…」
「ああ、お前達がヴィアナルス邸にやって来た時、俺のたまごをお前の股の中に入れたからな。お前は知らなかったろうな」
「な、なんで…」
「聖女という『処女』が孕むという神秘が、ダアト国民には必要だ。その神秘が、俺と同じ姿の子供を産む。ダアト国民から見ると、聖女が建国王の子供を神から授かり、処女のまま産んだことになる。なんだかんだ言って、たまごは女の胎で育てるのが一番いい。まあ、産まれた子供は、アイン・ソフで帝王学をたたきこんで育てるから、お前は元気な子供を産んだら、どこに行ってもいいぞ。実家に帰ってもいい、国母として宮殿で召使を侍らせてもいい」
「や、やだ…やだ、やだよ…」
「お前の意思は関係ない。ただ、胎児は安定している。食事に混ぜた成長促進剤が効いてるらしいな。あと一月もしたら、一気に腹も膨れて、二月前後で産まれるだろう。この頃太っても痩せなかっただろう? 当たり前だ。お前の身体の中に、もう一人人が居るんだからな」
一月? 二月? それって、自分が自分でいられる時間が、あと六十日もないってことか?
「喜べ。お前は聖女として、国の母になる。魔女に誑かされた偽りの聖女ではなく、神に選ばれた、聖なる母としてだ!」
母親? 母親になるなら、父親は? この腹の中に子供がいる? その子供は、しかも自分には一切似ない? 腹からマルクの赤ン坊時代の姿の、別人が出てくる? 腹の中にマルクがいる? 何故、何故、自分には夫がいないのに。恋人すらいないのに。否―――恋すら、していないのに?
「それと、めでたい事は続く物だ。メヴァーエル、レラー、大司祭エバを含め、女囚三十九名の妊娠も確認されている。この三人に関しては、子供が生まれるまで裁判はしない。母に成る者同士、交流がしたければ、監視下一時間までなら面会を認める」
メヴァーエルとレラーの子供は、マルクとの間の子供なのだろう。それはレラーが話していた。では、自分だけが、望まないまま知らないままに孕まされたのか?
「イシャは…。貞潔の誓いが、あった、はずだよ。修道女…で、なければ…だ、だ、大司祭には…なれ、ないからだから…彼女は…スペア、なの? 私が子供諸共死んだ場合に備えて?」
「いや、あっちのほうの父親は俺じゃない。というか、俺も知らない」
「それは…どういう」
「お前以外の女の父親は、ヴィアナルス会で派遣した優良遺伝子の所有者の誰かだ。もう次の世代からは、生粋のダアト人は生まれない。生粋のダアト人の子供は生きる価値がないからな。建国後数十年は財政も安定しないから、潔くお亡くなりになるだろうな」
「え、え、え、待って、皆ダブルで産まれるの?」
「その通り。結婚も国で管理する。ミカエリ一族のように、一つの家系が純血を武器にしない為だ。この国が落ち着くまでの向こう百年間は、俺と、お前の産んだアイン・ソフが育てた俺のクローンが治める。その為の『処女懐胎』だ。一人の人間としては大いに長い若い期間、若いままの俺が治める事が、ダアト人に赦された最後の神秘だ。これからは、死も、老いも、病も平等に訪れる。人間本来の生き方と文化が、この歪んだ国に戻ってくるのさ。血筋で貴賤を決める野蛮な文化は滅ぶ。俺たちが、ダアト人の血の呪いを浄化する。その為の一歩として、エバは………」
その後もマルクは、どんなにか素晴らしい国が訪れるか、話していたような気がする。




