EPISODE5 フェルゴルビーのまち
日が夕日に変わり始めた頃、漸く小さく家のまとまった集落が見え始めた。疲れも吹き飛び、調子に乗って走りだし、町に入った。
しかし町とは名ばかり、通りすがりの一人もいやしない。やっと通りすがったと思ったら野良犬だった。話しかけると、『わんわんっ!』と吼えられる。当り前だが何故か悲しい。町の事を教えてもらいたかったのに…。そう思って落胆していると、突然、かかか、と笑い声がした。何事かと思って振り向くと、庭で園芸をたしなんでいたらしい老婆が此方を物珍しげに見ている。どうも、と頭を下げると、庭の柵代わりのロープを潜り抜け、近寄ってきた。
「はんれまあ…旅のお人かい? 珍しいこって…」
「こんにちわ…。あの、まだここに来たばかりで…よくわかんなくて」
「かかかかっ! ここはフェルゴルビーの町だよ。この町の爺や婆は余所者には優しいからね、民家で聞きたいことでも聞いてくるといいさ」
平和が一番、と謳いながら、老婆は庭に戻り、不気味な虫取りの歌を歌いながら庭に戻って行った。宿も探さなくてはいけないし、くたくただったが、何せ彼女らはダアトから出た事がない。口では文句を言っていても、目が輝いている。宿をとるのも忘れて色々な場所にもぐりこんだ。
町の中には道具屋と鍛冶屋、宿屋、民家が三軒。やはり町というには些か狭いし規模が小さい。それだけに旅の人が来たとなると珍しいらしく、色々お茶を出してくれたりした。ライダーに襲われた事を話すと、最近このあたりもそういう余所者が増えて困っているのだと言う。この町も初めから過疎化していたわけではなく、ここから更に北東に行ったところにあるサデュソンの町に大抵の若者は移住してしまったのだとか。フェルゴルビーの町にいる若者は、今や村長一人だけで、その村長にも家族がない為、本家は彼で最後だろうと言われているそうだ。勿論彼以外にもフェルゴルビーの町を治めていた一族の人間は存在する。しかしこの町が朽ち果てる方が早いと皆思っているようだった。
「ねえねえカリエラ、このお店何売ってるの?」
メヴァーエルが何かを見つけたらしい。指差した看板は鉄製で、ハンマーの絵が書かれている。
「鍛冶屋だ。武器とか直してくれたり、強化パーツ売ってくれたりする」
「あれは?」
その隣の店は、鋏の絵が描かれている。
「仕立屋。洋服直してくれたり、アレンジしてくれたりする」
「やった!」
ペラッカは思わずガッツポーズをしたが、カリエラに睨まれたのでサンダルフォナの後ろに隠れた。要するに、ペラッカは早い所この時代遅れの『ゆうしゃなよそおいセット』をどうにかしたかったのだ。
「まあ、朝一番に出して、町を出る頃には受け取れるだろ。剣も銃も手入れが肝心だからな」
入るか、と、カリエラは鍛冶屋の方に入る。ペラッカは慌てて後を追った。
中はかなり熱気に満ちていて、隣の部屋からカンカンと硬い音がする。鉄を打つ音だぞ、とカリエラは教えてくれた。カリエラが呼びかけると、ややしばらくして、老人が出てきた。若い娘が五人も来店したことに不思議がっていたが、カリエラが無言でカウンターにベレッタと、奪い取ったスペードソードとマジカルステッキを置くと、目の色を変えた。更に追い打ちをかけるように、金の詰まった革袋を置く。
「この店で一番優秀な改造パーツを一組、それからこの剣を研いでくれ。ステッキの耐火温度も上げて、より高温の炎が出せるようにしてほしい。占めていくら?」
「………ああ、五百キン」
「はい、丁度」
カリエラは革袋の中から金貨を五枚取り出して、カウンターに置いた。教会ってあんなに持ってるのか、と、道中拾った小銭が恥ずかしくなる。主人は何度も確認して、明日の朝取りに来いと言った。さて、次々、と、カリエラは店を出る。慌てて追いかけ、ペラッカはカリエラの手元を覗き込んだ。まだ数枚残っていそうである。
「あと幾ら残ってるの?」
「四百キンだよ」
「じゃ、九百キンも持ってきたの!? どっからそんなに?」
「ババアのへそくり。百キンハーヤー婆さんへの謝礼につかった」
支給品じゃないのか。なんて人だ。こんなことをしているから折り合いが悪いんじゃないだろうか。努力の仕方が間違っている気もしないでもない。勿論そんなことを言えば締め上げられるので言わないが。
仕立屋は何度も同じことを聞き返すはっきりとしない老婆が主人だったが、カリエラが根気よく粘ったお陰で商談が成立した。こんなお婆さんなのに、勘定はビタ一文まけないので呆れてしまう。
「おや、お嬢ちゃん。それは布じゃないのかい?」
「え?」
老婆はペラッカのポケットからはみ出していた無地のハンカチを指差した。少し泥と汗で汚れている。
「それがあれば材料費を少しまけられるよ」
「頼んだ」
「あ、ちょっと、それコンテナの中に…」
あった奴、と言う前に、カリエラはハンカチを抜き取り、老婆に渡した。それほど思い出のあるものでもないし、忘れ去られたハンカチのようだったので、何も言わないが、これは覚えておくといいかもしれない。もしかしたら、金属や石を持っていたら、鍛冶屋でもまけてもらえたのだろうか。
毎度あり、と送り出されて外に出ると、もう暗い。宿をとらなければ。ハンカチの代わりに得た一〇キンで、泊まれそうだ。篝火の焚かれた宿屋に入ると、猫がテーブルの上で寝ていた。
「いらっしゃい、こんな夜遅くまでお疲れ様」
「今、十キンしかないんだ。働き手なら四人あるから、何とかこれで泊まらせて下さい」
四人!? 何故五人ではないのだ!? ペラッカは地獄のような皿洗いを想像して震えあがった。見るとサンダルフォナは具合が悪そうに胸の前で手を組んでいる。同情を引こうとしているのだろうか。それにならって、ペラッカはワザとらしく咳をした。
「いいええ、五キンも頂ければうちは十分やっていけますよ。どうぞどうぞ、狭い宿ですが泊まってくださいな」
なんだ、損した。サンダルフォナはけろっとする。何だか自分の咳が恥ずかしくなって、ペラッカはうつむいた。案内された部屋は確かに狭くて、折りたたみのベッドを五つだしたら、バッグをドアの前に一つ置くスペースしかない。軽い夕食と風呂のサービスまでついて五キンの値段は高いのか安いのか、世間のせまいペラッカは分からなかったが、十分満足していた。日記にはきちんと、この宿屋の良いところを書くとしよう。
が、メヴァーエルは一つ不満があったらしい。
「ねーねーカリエラ。ここにはプレイヤーないの?」
「んなもんあるか」
「があん! それじゃああたし達どうやって寝るの!? イアイエリーズの曲聞けないじゃん!!!」
「虫なら鳴いてるぜ」
「そんなんじゃ眠れないよー!」
「気絶させてやろうか」
疲れて不機嫌なカリエラは、銃を構える。カリエラの持つベレッタはオートマチックなので、構えた時のガチャンという音が素人にはとても怖い。
「明日も早いぞ。寝ろ」
「ううう…。酷い。酷過ぎる。なんであたしここにいるんだろ」
恐らくそれは、カリエラ以外の全員が思っていることである。
とりあえずその日、ようやく落ち着けて、初めて書いた日記の一行目は、『カリエラのバカ』だった。