EPISODE4 アインそうげん
ああ、神様天使様、あたしは一体何をしているんでしょう。
列の最後尾を歩くペラッカは、酷く落ち込んでいた。コンテナの中にあった古臭い無地のハンカチで汗を拭き、溜息をつく。と言うのも、先を歩く面々が濃過ぎるからである。
カリエラは昨日と同じ服装で、カリエラの修道服を今はサンダルフォナが着こなしている。後ろ姿は本当にかつて見た、カリエラの数少ない修道服姿に良く似ていて、そんなところまで仲が良くなくても良いと思う。何故かペット用の首輪をつけてきてギョッとしたが、曰くそれは死んだ猫の形見だそうで、お守りとしてつけてきたのだとか。
その後ろを歩く、イアイエリーズが主演する舞台『イケメンジャー』の舞台衣装をイメージしたらしい戦士の、つぎはぎ鎧を着ているのがレラー、メヴァーエルはミニスカの魔女っ娘、完全な不審者集団である。
生まれて初めて、それも望まない形でアインの土を踏むことになったペラッカ。なんだかんだ言って四人は楽しんでいて対照的である。メヴァーエルはそれっぽい魔法のステッキがお気に入りらしく、バトンのように振り回そうとしているが、先にそれっぽい石がくっついている為上手くいかないようだ。
昼前に出立し、少し遅めの昼食にはハーヤーがつくってくれたお弁当を食べた。ピクニックみたいだね~、と暢気なことを言うレラーは、本当に何も考えていないらしい。お弁当の箸が進まないことに、カリエラは気付いていたようで、こんなことを言った。
「あと一時間も歩けば東アインの主だった町フェルゴルビーに着く。そうしたら一休みしような」
するとメヴァーエルが顔色を変えた。
「フェルゴルビーって老人の町じゃなかった?」
「うん」
「嫌よあんな所! 不潔だわ!」
「ばかだなー、そう言うところで奇跡起こすんだろ?」
「何よー! 天使様のお仕事っていうから来たのに!」
間違ってはいないんだろう、恐らく。
「うん、でもそこでは歓迎されるぞ」
「嫌よー! 病人食なんて食べたくない! 帰りましょ!」
「お前一人で帰れんのかよ」
「騙されたァーッ!」
後悔先に立たずである。第二の被害者を思い、ペラッカは溜息をついた。
「その町には奇跡なんかいるの?」
「しらね。唯俺が知ってんのは老人の町だってことと、町長が病気ってこと。まー、アインの町は東西南北どこも問題抱えてるけどな」
非常に不吉な事を言われた気がする。サンダルフォナが空気を読み、詳しい説明を求めた。カリエラは答えた。
「アイン地区には七家族って言われてる、建国当初からの嫌われ者…っていうか、要するに中途半端な信仰を持っていたくせに力を持った信者を始祖に持つ一族が、それぞれ二家ずつ、南は一家が治めてる。東はフェルゴルビー、サデュソン。西はシルファー、ナタス。南はゼブルビューブ。北はヴィアナルス。一応全部回る」
メヴァーエルが卒倒した。レラーは話が難しいのでメヴァーエルに関心を示している。ペラッカはげんなりとしていたが、あれ、と思い至った。
「今ので六家でしょ? もう一家は?」
「あー、没落した」
その時、突然サンダルフォナが突然箸を止めた。四人の会話の隙をついて、いつの間にかおかずを食べつくしている。カリエラも表情を変えた。何だろうと思っていると、突然、カリエラがペラッカに飛びかかり、後ろに押し倒してきた。その瞬間、ブォォォン! と、凄い音がして、五人の中に何かが飛びこみ、弁当箱を破壊した。カリエラはペラッカから離れると、前掛けの中からベレッタを出し、構える。
「おいお前ら! ランチタイムは終わりだ。初めての獲物だぞ!」
対応しているのはサンダルフォナだけである。一体何が起こっているのか三人は分からない。唸る金属の馬と、頭を覆う鉄の被り物。再び馬が突進して来て、レラーとメヴァーエルは転がった。背中にカリエラがベレッタの銃口を向けるが、狙いが定まらない。
「待って待って待って! 如何したらいいの!」
「ライダーを狙え! 鉄の馬じゃない方だぞ!」
「無理無理無理!」
「そのスペードソードはハリボテじゃねえぞ、よく考えろ!」
非常に切れにくそうなスペードソードを握り、レラーが立ちあがる。メヴァーエルも腹をくくったらしく、ステッキを握りしめた。しかし、ライダーは狙いをカリエラとペラッカに定めている。突進してくるライダーに数発撃ちこむが、当たっていない。
カチ、カチ、弾切れの音に、ペラッカは我に帰った。ここで攻撃があたれば死ぬ。咄嗟にそう直感したのである。
魂の限りをつくしてペラッカは悲鳴を上げた。それはどんな音声になっていたのかもわからない。その声をあげた瞬間に時間は止まってしまったかのようだった。気付けの声に、レラーとメヴァーエルも我に帰る。センスを疑うスペードソードを握り、レラーは腰を入れた。メヴァーエルもマジカルステッキを握る。マガジンを入れ替えたカリエラがもう一度ライダーを狙う。弾はライダーの肩に当たり、ライダーは鉄の馬から転がり落ちた。鉄の馬は一人で暴走すると、少し離れたところで転倒し動かなくなった。ライダーはサンダルフォナに殴りかかってきた。そこに、カリエラが鉄の杖でもって割り込む。自らも拳を受けながら杖で殴りかかり、至近距離でベレッタが吼える。だが乱闘しながらでは中々当たらない。膝蹴りがカリエラを吹き飛ばし、押さえ込もうとした。チャンス、レラーにはその時光の道が示された。光の足場を飛び跳ね、スペードソードを振り下ろす。鉄の被り物に傷が付き、ライダーはよろけた。その隙に、カリエラの杖が、まるでゴルフでもするかのようにライダーの股間を直撃する。
ライダーは卒倒した。
「うう…いてて…」
止めをさしたカリエラはその場にうずくまる。サンダルフォナが駆け寄ってきて、打撲の痕に手を当てた。ピクリとも動かなくなったライダーを、レラーはちょんちょんとスペードソードでつつく。ライダーはやはり動かない。
「死んじゃった?」
「ナニを潰されて即死ってこたぁないだろ」
殺す気だったのか。ペラッカはぞっとしたが何も言わない。
「おいメヴィ、あの鉄の馬燃やして来い」
「えええー!! あたし!? 怖いよ、あの馬まだブルンブルン言ってる!」
「ライダーがいなければ大丈夫だ。ライダーが起きてあれに乗ると襲いかかって来るぞ。燃やして壊せ」
渋るメヴァーエルの背中を、サンダルフォナが押す。壊す、と表現したカリエラはまだ腹が少し痛そうだ。今こそ癒しの力を試せるのでは、と、ペラッカはカリエラに触れる。カリエラはすぐに顔色を変えた。
「おっひょひょひょ、聖女の力ってすげえな」
「ねえ、あの鉄の馬、なに?」
「バイクっていうんだよ。機械仕掛けの自転車みたいなもんだな」
「きかい…。『文明』の遺産?」
「そ。三百年前の骨董品。天使に焼き尽くされたって、ダアトじゃ習ったけどなー」
本当に治ったのか、カリエラはけろっとして立ち上がると、背伸びをした。ぱぁん、と鉄が弾け、サンダルフォナ達が逃げ戻って来る。
「怖いっ! 何あの断末魔っ! 銃みたいな音した!!」
「おう喜べ、アインにはあんなのがいっぱいあるぞ」
「いやああああ!! うち帰る帰る帰る!! 天使様の紋章とかいらない!!!」
一体どんな嘘…じゃ、なかった、方便を使ってメヴァーエルを納得させたんだろう。凄く気になるが長そうなので聞かない。恐らくサンダルフォナやレラーにもそれなりに物語があるのだろう。
「尚の事急いで町に行かないと…。あの町、ジジババばかりの筈だからどうなってるか分かったもんじゃねえぞ」
「それってまた戦うってこと? 獣じゃなくて人間と?」
「そだな」
あっさりと言われた。ひいい、とレラーが縮み上がる。
「やだよー! カリエラちゃん、話が違うよ!? この旅、イケメンジャーの悪役の舞台に上がる為のオーディションで野生動物を追い払うくらいだって言ってたじゃん!」
「あー、そんなことも言ったっけなあ?」
「騙されたァー!!!」
三人目の被害者が此処にいる。ペラッカは一人で前に進み出た。四人がきょとんとしてるので、ペラッカは振り向く。
「もういいよ、行くとこまで行っちゃおうよ。こっちでいいの?」
「…おう、いいぞ。おいレラー、メヴィ、どうしてもっていうなら帰っても良いけど、途中野生動物が襲ってきても俺は助けに戻らねえぞ」
「うわあああん!!!」
彼女らの不運は、ヤハーエル学校時代にカリエラに声をかけてしまったことである。少し悪い気もしないでもないが、ここまできて引き返すのも目覚めが悪い。ペラッカは自暴自棄になって前に進んだ。