EPISODE46 ちかそうこ(よくじつ)
一晩経つと、カリエラは漸く正気を取り戻した。と言っても、怪我は完全に治りきっていないらしく、満身創痍なのは変わりない。とにかく今は身体を休めなければ、天使に酷使された身体を癒さなければ。先に進もうとするカリエラを必死に抑え、とにかく全員で息を潜め続ける。
「アイン・ソフは全滅してねえ、今すぐにでも行かねえと…。…いっ」
「駄目よカリエラ、まだ完治してないわ。痛いでしょう?」
「痛くなんかねぇっ! 俺を誰だと思ってる!」
虚勢を張ったその時、サンダルフォナがカリエラの頬を張った。突然の暴力の音に、その場が凍てつく。しかしサンダルフォナは、その振り上げた腕で優しくカリエラを抱き寄せ、肩を震わせた。
「お願いカリエラ…、もっと自分を大切にして…。今のままの貴方が好きよ…、貴方は今のままで十分魅力的だわ。少なくとも私だけは、貴方を愛しているの、だから―――」
そこまで言って、自分を見つめる厭らしい視線に気付いたらしい。サンダルフォナは空の缶詰を後ろに放り投げて、メヴァーエルの頭に直撃させた。だが、本当に直撃したかどうか振り向かない。寧ろサンダルフォナは、メヴァーエルの眼も気にせず、泣いているようだった。お願いよ、お願い、と繰り返している。もしかしたらこの半年以上の旅の中で、初めて彼女が取り乱した姿かもしれない。
「サン………。でも、俺は―――」
その時、突然天井から爆音が波の様になって降って来た。驚いて全員が蹲る。ドアではない場所から、光が差し込んできている。そこに白いヘルメットに白いコートを着た二人の兵士が立っている。アイン・ソフだ!
サンダルフォナが二つのチェーンソーを取り、最前線に出る。とてもじゃないがカリエラは戦えない。ペラッカもそれが分かっているから、奥へ押しやり、自分のベレッタを構える。
「我等はアイン・ソフ」
「カリエラ・アンモナを渡せ」
「さもなくば殺す」
するとサンダルフォナは何の前触れもなく、チェーンソーで二人の足場を崩した。二人が受け身を取った所に走り寄り、何の躊躇も無く首を斬る。司令塔が無くなったことを理解していない心臓が、健気に動いて血を吹き出した。人間の首が落とされたことに、カマエルの力を間近で見ていたペラッカですらも凍り付いて動けない。レラーとメヴァーエルはもっと衝撃的だっただろう。レラーは棒のように突っ立ったまま失禁し、メヴァーエルは腰を抜かして立っていられなかった。
残った一人にもサンダルフォナの凶刃が襲いかかるが、その兵士がサンダルフォナの身体に何かを突き刺した。途端、ぐらりとその体が揺れて、サンダルフォナがチェーンソーを手放し倒れ込む。
「渡せ。殺されたくないならば」
殺されたくない。だがカリエラは仲間だし、頼りになる。何より友達だ。ペラッカが勇気を振り絞ってベレッタを向けたその時、メヴァーエルが飛び出した。
「早く出てって!」
「………」
メヴァーエルはカリエラの動かない腕を引きずり、兵士に渡した。意識がある筈のカリエラは何も言わなかった。大人しく兵士に引き渡され、顔を向けない。兵士はカリエラを受け取ると、本当に何もせず出て行った。
暫く何が起こったのか分からなかった。何故頭が転がっているのだろう。何故頭の無い死体があるのだろう。何故サンダルフォナは倒れているのだろう。何故カリエラは―――。
ハッと我に返り、ペラッカはメヴァーエルを殴りつけた。
「なんてことすんのよ! カリエラを裏切るなんて!」
「なによ! サンもいなくて勝てるわけないじゃない! 後で助けに行けばいいじゃない! うち死にたくないんだもん!!」
「助けにって、どこに助けに行くのさ! アイン・ソフは勿論、ヴィアナルス会の本部がどこかさえ分からないんだよ!? カリエラが殺されるんだよ!?」
「皆殺しよりいいじゃん!! 大体カリエラは特例で天使様になれるじゃん! 永遠に生きられるんだよ!? いつかうちらと再会できるんだよ? でももしここでサンが死んだら、サンだけ天使様になれないんだよ!? その方が残酷だよ!」
「この悪女!!」
もう一度手を上げようとしたところで、腕を掴まれた。サンダルフォナが気付いたらしい。頭を押さえ、ふらふらと椅子に座りこむ。
「ありがと…、良い気付けになったわ」
「サン、大丈夫?」
「平気よ、ちょっと強い筋弛緩剤みたいだから…。寝れば治るわ」
全然そう見えない、と言おうとしたが、サンダルフォナはうつらうつらと船を漕ぎながら話を続けた。
「カリエラは必ず助ける。薬が抜け次第私は追いかけるけど、死にたくなかったら帰っていいわ」
サンダルフォナはぐらぐらしながらベッドに倒れ込み、すぐに眠り込んでしまった。その言葉は、少なからずメヴァーエルへの当て付けの様にも感じたが、本人は罪悪感どころか、四人を助けたと言う自分の決断を心地よく思っているようだった。
自分の命の為に友達の命を差し出す。
それがこんなにも、吐き気を催すほどに―――嬉しいことだとは知らなかった。だからこそペラッカは、帰るわけにはいかなかった。この喜びが気の迷いだと証明する為に、サンダルフォナについて行かなくては。
ペラッカは何も言わなかったが、レラーとメヴァーエルはダアトには帰らなかった。どういうつもりなんだろうか。




