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仮想遊戯  作者: 菊華紫苑
第三章 猛禽草木
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EPISODE45 ちかそうこ

 サンダルフォナは、取りあえず損傷の少ない砦の地下倉庫に案内した。一体いつの間に、というと、ハホヤーに聞いたのだと言う。地下倉庫には沢山の弾薬に簡易ベッド、薬、簡単な医療器具に、不味そうな保存食まであった。成程、あの砦が陥落した時の為に、色々取り揃えてあったのだ。サンダルフォナは道具箱を漁り、麻縄と手拭いを取り出し、それでカリエラの目を覆い猿轡を噛ませ、両手と両足を縛った。メヴァーエルが卒倒しそうなくらいに興奮していたので、流石のペラッカも頭を引っ叩く。次に、医療器具の中から何か、管と針の付いた物を取り出した。縛ったカリエラをベッドに寝かせて更にそこに縛り付け、その隣に自身も横になる。そして自分の肘の裏側とカリエラの肘の裏側に針を突き刺した。管が一瞬で極彩色の赤に染まる。

「サン、何してるの?」

 メヴァーエルが何か不気味な物でも見るかのように尋ねた。サンダルフォナはぐったりしながら答えた。

「治癒の力を直接流し込んでるのよ。私の消耗も激しいけど、カリエラは今とても危険だから、これが手っ取り早いの」

「ふーん…」

「ペラ、私が目を閉じて意識を失ったら、この管を抜いて。多分十分くらいで意識がなくなると思うわ。そしたら医療器具の中に絆創膏あるから、それ貼っておいて。多分一時間もしないで二人とも起きるから」

「う、うん、分かった…」

「そんな顔しないで。貴方が治癒を手伝ってくれたから、こう出来るんだから」

 サンダルフォナはそう笑って、黙って天井を見た。半分程目を閉じて、深く溜息を吐く。取りあえずサンダルフォナが意識を失う瞬間を見逃すまいと注意しながら、何故二人がこんなことになったのか、何故二人があの場所に戻ってきていたのかを整理した。

 メヴァーエルによると、あの後、レラーがペラッカに託された毒草図鑑を見て、いくつかの毒草を調合してみたらしい。勿論、本人たちは調合なんて大それたことをしていると言う自覚はない。単純に好奇心で、レラーが危険物取扱免許を持っていたので、やってみただけだということだ。それで、どうやら催眠作用のある劇薬が出来たようだ。それを偶々襲いかかってきた、カマエルの力が抜けかかった熊に投げつけた所、大人しくなり、脚も疲れたので馬として乗ってみたのだと言う。ところが、熊がどこへ行くのかまでは制御できなかった。これはペラッカの推測だが、恐らくまだカマエルの狂暴性が残っていた為に、血の臭いを辿って来たのではないだろうか。上れそうな段差を見つけ、がりがりと努力していたところ、ペラッカ達が降って来た、と言う訳だ。

 ペラッカも砦でのことを話した。カリエラの祖母の事は言わず、カマエルの力についても最小限の情報にした。ナタスは味方になったものの全滅した事、カリエラのカマエルの力は恐ろしいこと、アイン・ソフを始めとするヴィアナルス会についての詳細、そのアイン・ソフの数名は既にカリエラが倒したこと、などである。レラーは寝ていたが、メヴァーエルは一連の話を聞いていて、何故か目をキラキラさせた。

「やっぱりうちら、天使様に選ばれたんだねー! これからすっごいことが起きそうなのに、帰っちゃダメだって、天使様が熊を使って教えてくれたんだよ!」

「それでいいんじゃないかな」

「あー、早く次のアインに行きたいなぁ。ヴィアナルス会って北アインなんだよね?」

「そうらしいね」

 サンダルフォナが目を閉じたので、ペラッカは言われた通りに医療器具を外した。二人とも顔が白いが、どちらかというと青みがかっている。一時間もすれば起きると言っていたが、本当に大丈夫だろうか。そう心配になる位に二人は微動だにしない。まるで血を被っていない死体の様だ。不安になって口元に手を当ててみると、二人は微かだが息をしていた。

 起きたら、全てをカリエラに聞いてみるべきだろうか。二人が抱えている物は、『アイン人と天使見習い』の壁を優に超えている。それに、ハホヤーとサンダルフォナが話していたことも気になる。ハホヤーとカリエラが話をするのならば自然だ。しかしハホヤーとサンダルフォナは明らかに初対面だった。にも関わらず―――ハホヤーは孫ではなく、赤の他人を選んでいる。

 ガリ、と爪を噛んで、ペラッカは難しい顔をした。

「とにかく二人の意識が戻らないと何も話が進まないから、今日は休養に宛てようよ。ナタスは味方してくれるとは言ったけど、全滅しちゃったわけだし…。ヴィアナルス会にとられる前に、ここの資源は全部頂いておこう」

「まるで火事場泥棒ね」

「メヴィ、あたしの聖女デビューの話聞きたい?」

「ごめん」

 そこまで話して、ふとペラッカは地下倉庫に似つかわしくない、小汚い箱を見つけた。他の道具は全て出し入れされた形跡があり、新しいものにされているのに、その箱は少し埃をかぶっている。まるで、捨てられない思い出の様に。

「あら? なんか見つけたの?」

 メヴァーエルとレラーが目聡くそれに気づく。そうなると好奇心を押さえられる人間はいない。仕方なく―――というより、自分に素直になり、ペラッカは箱を引き出した。

「なんか古臭いわね」

「爆弾の調合表とかだと嬉しいんだけどね」

「ペラちゃん、それウチにやらせるつもり?」

 他に誰がいるのさ、と目線で言ってやり、かぱりと箱を開ける。中には古びた写真が入っていた。殆ど白くなっていて誰が映っているのか分からない。

「なにこれ。だれ?」

「裏に何か書いてない~?」

「『アシャリヤとニタさん、結婚式。ハホヤー感涙。俺も幸せ。いい嫁になりますように』。…アシャリヤって誰だろ? ハホヤーさんの子供かな」

「ってことは、あの死んじゃった、ちょいイケメンのカーフィさんのお母さん?」

 ということは、カリエラの叔母の女性だろうか。

 二枚目の写真は、かなりぼやけているが、何となく輪郭が見えた。一組の若い夫婦と、初老の夫婦、それに、夫婦の間に白い塊がある。

「『初孫と共に』。やっぱりカーフィさんのことだ!」

 メヴァーエルはそう言ったが、ペラッカはどこか違和感を覚えた。しかしそんなものは、三枚目の写真を目にして吹き飛んだ。

 三枚目の写真は真っ黒に塗り潰され、ズタズタに穴が開いている。恐る恐る後ろを見ると、衝撃的な事が書いてあった。

「『呪い殺してやる』」

 思わずその場が凍り付く。カリエラが小さく呻いたので、大慌てでその箱をしまい、元あった場所に戻した。目が覚めたかと振り向いて、思わず小さな悲鳴をあげた。余りに衝撃的な光景に、凍り付く。

カリエラはガタガタと震え出し、噛んだ猿轡をギリギリと噛み千切ろうとし、まるで魚の様に飛び跳ね、奇声をあげて暴れていた。縛られていることも分からず、バタバタと暴れて転がろうとする。三人で唖然としていると、サンダルフォナが頭を押さえながら起き上った。

「思ったよりも目覚めるのが早かったわね…」

「さ、サン、カリエラ、どうしちゃったの? …なんか、人間じゃないみたい」

「メヴィ、お兄様には秘密よ? …あのね、カマエル様は、二十四時間以上経たないと帰って下さらないのよ。その間ずっと破壊の力を使い続ける。だからそれをさせないためには、こうして拘束するしかないの」

「そんな天使様聞いたことないよ~」

「当たり前じゃない、アインの天使なんだから。とにかく、刺激しないようにしないように三人とも黙ってて」

 それからサンダルフォナは、喉が枯れるまで、ダアトでは聞いたことが無い優しいメロディを歌い続けた。まるで子守歌のようなそれは、時折カリエラの反応を変えたが、カリエラが正気に戻る様子はなかった。

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