EPISODE44 ナタスこうぼうぜんせん
ハホヤーの部屋に向かう途中、幸か不幸かサンダルフォナと合流した。ハホヤーは逸早く最前線に赴き、現場の指揮をしていると言う。サンダルフォナはカリエラの心配をするハホヤーの為に、迎えに行く途中だったと言う訳だ。
「状況は!?」
「アイン・ソフからネツァク率いる数人の兵士が前線にいる。飛び道具は大体小銃とかそんなの、時々スナイパー。此方の損害が激しいわ、老兵が多いからかもしれない。総大将は来ていない。外からずっと集中砲撃が続いているから、そっちに―――」
その時、すぐ近くでしゃがれた悲鳴が聞こえた。ハホヤーの声だ。カリエラが顔色を変えて飛び出す。
「バーバ!」
「危ない、カリエラ!」
咄嗟にサンダルフォナが突き倒し、ペラッカとサンダルフォナの間が弾幕で途切れる。ペラッカは小さな体を更に小さくすることで隠れることが出来たが、老兵たちの悲鳴がずっと聞こえてくる。弾幕は数秒間しか張られなかったのに、それは凄く長いコンサートの様で、砲撃はティンパニのように重く響く。カリエラの言う通り、こんなのを何時間も聞いていたら本当に身体がおかしくなる。
弾切れの僅かな隙をついて、ペラッカは二人のいる物陰に飛び込んだ。仰向けになったカリエラをサンダルフォナが抱きしめている。その背中は歪に凹み、床は黒と赤の液体が交じり合っていた。血だ。被弾したのだ!
「サン! サン! しっかりして!」
サンダルフォナは答えない。カリエラが下から這い出ると、その瞬間、左肩が打ち抜かれた。スナイパーがどこかにいる。確実に包囲されている。カリエラはどこかに潜んでいるスナイパーを探しながら、小さく囁いた。
「ペラ…サンを頼む。俺が天使を召喚したら、止められるのはサンしかいねえ」
「止めるってどういうこと? 天使様はお役目を果たしたら帰っていくんでしょ?」
「言っただろ…。俺の守護天使は、ラファエルじゃねえ。…破壊の天使長なんだぜ」
そう言って僅かに見せた微笑みは、とても寂しげで、誰かへの確かな愛情を感じさせるものだった。少しだけ動く左手で、勇気づけるように頬に触れて、目を細める。
「か、カリエラ…?」
「…我、危急存亡の時来たれり、高き次元へ我が名を用いて申し上げる。『害する全てを殺戮せよ』」
その時―――ペラッカの目が確かであれば、カリエラの瞳が一瞬開いた。猫が闇にまぎれるように、ぐっと開き、ビクッと口の端が吊り上ったのだ。
その次の瞬間、カリエラは本当にその体にカマエルを降霊させた。左肩を打ち抜かれ、サンダルフォナを貫通したいくつかの弾倉を腹に抱えながらも立ち上がり、人の物とは思えない凄まじい叫び声をあげる。思わず恐怖に震え、動かないサンダルフォナを抱きしめると、今の声が気付けになったのか、サンダルフォナが僅かに目を開いた。
「サン! 今治すから―――」
ペラッカなどには目もくれず、サンダルフォナは震える指先でカリエラのズボンの裾を掴んだ。
「だ、め………、カリエ―――」
そこまで言って、サンダルフォナは血を吐いた。もう瀕死状態だ。雄叫びを上げるカリエラの身体を、数多の銃弾が襲うが、カリエラはそれらを全て避け、杖を持って最前線に突進していった。サンダルフォナへの治癒を行いながら、ペラッカはその動きを眼で追う。
最前線の物陰から小銃を連射していた瓦礫の奥に潜む敵を、瓦礫ごと粉砕する。モーニングスターの鈍い音と、人体の砕ける嫌な音が、一撃必殺を繰り出したことを伝えていた。そしてそのまま片手でスミスを構えて何ヶ所か天井を打ち抜く。打ち抜かれた穴の幾つかから、まるで水道管が破裂したように、血がだらだらと降って来た。血を浴び、頬に流れたその血を舐めると、カリエラはけたたましく笑った。まるで金属を引っ掻くかのような、全身を突き刺す怖気を伴う笑い声。その声から、何人かの兵士が再びカリエラを狙い、銃口を向けるが、カリエラは全て片手で構えたスミスで頭を打ちぬいた。高所にいた兵士は落ち、床は既に赤黒く変色し、染み込んだ血と、今まさに流された血とがマーブル状になっている。
「ころせ…ころせ…すべてころせ…」
笑い声に交じり、カリエラの地を舐めるような低く緩やかな歌声が届く。サンダルフォナは苦痛に身を歪めながら、ペラッカの治癒の力を求めて弱々しく抱きついている。ペラッカもそれに応えて、全身が震えて冷や汗が出るほど力を注ぎこんだ。それでも、カリエラの声と人を殺す音は響いてくる。
銃声が静まり返ったかと思うと、突然人の声が聞こえた。銃弾が尽きた兵士の一人が、ナイフで襲いかかったらしい。カリエラはナイフに腕を切り裂かれながらも、その首を片手で握りしめて持ち上げ―――骨を粉砕した。がく、と不自然な方向に首が折れ、それまで抵抗する為に必死だった全身から力が抜けた。その身体を瓦礫にぶつけると、その瓦礫は砕け、その後ろに隠れていた兵士が怯えて逃げ出す。だがその兵士の頭をモーニングスターで横薙ぎにすると、首が吹っ飛んだ。潰れたのではない、吹っ飛んだのだ。まるでゴルフボールの様に。
それは正しく殺戮と言った方がいい。
次々と壁を破壊し、障害物を破壊し、怯え戸惑う兵士達を次々と『解体』していった。味方の老兵たちが大量に殺されていたことなど気にしていないようで、唯々楽しそうに、本当に楽しそうに殺戮していった。
その対象が無くなったことに気付くと、今度は力付くで籠城していた部屋に入り、味方と思われるナタスの兵士達を殺戮し始めた。『害する全て』と唱えたにも関わらず、何の危害も加えていない兵士達を見境なく殺し始めたのだ。その部屋の中を見ることは出来なかったが、悲嘆の断末魔と、出て来たカリエラの姿が全てを物語っている。ペラッカは止血を終え、隙を見て廊下に残された兵士達を敵味方区別なく調べたが、ハホヤーを始めとする全ての兵士は既に息絶えていた。戻って、サンダルフォナの治癒をするしかなかった。その過程で、サンダルフォナは再び意識を失った。恐らく早く治そうと、無理強いをして自分にも治癒をかけていたのだろう。
「や、止めて! もう止めてカリエラ! 敵はいないよ、あたし達、勝ったんだよ!」
すると、その視界にもう一人の『他者』を見つけたカリエラは、ニタニタ笑いながらゆっくりと歩み寄り、その腕に抱いているのが最愛の友とも知らず、平気でモーニングスターを構えた。
「カリエラ! あたしが分からないの!?」
悪霊のような笑い声で、カリエラは大きく振りかぶる。サンダルフォナの傷は殆ど治った。後は意識が戻るだけだ。小さな体にサンダルフォナを担ぎ、思い切り走りだす。モーションが大きくてもそのスピードは人の頭を吹っ飛ばしただけあって、凄まじい威力で壁を抉る。
「誰か! 誰か助けて!」
叫んでも誰もいない。皆死んでしまった。生きている者は殺された。誰に? カリエラにだ!
とにかく砦の外に出なければ、森の中ならまだ逃げられる。幸か不幸か、集中砲火によって砦は所々崩壊し、一人だけでなら降りられる場所はあったが、サンダルフォナを背負っては無理だ。幸いにもカリエラの手元に銃弾はない。モーニングスターは振られると音がする。唯のヘタレではない。避け方くらい学んでいる。
「う…っ!」
漸く二人が降りられそうな場所を見つけたが、かなり下に熊らしい黒い獣がもぞもぞしている。カリエラは小走りで此方に迫り、呼吸は荒く、酷く興奮している。もう一度下を見ると、何やらどぎつい色合いが見えた。
…あれは、もしかして。
「ええい、サン、祟らないでねー!」
もう後ろに行き場所はない。ペラッカはサンダルフォナを横抱きにし、一気に崩れた煉瓦をマントで滑り落ちた。途中、煉瓦に跳ね上げられ、ゴロゴロと二人で転がる。幸いにも、カリエラは追って来ていなかった。
ずべ、と地面に転がり落ちると、熊がこちらを見て涎を垂らしていた。愛敬を振りまくと、その熊の上から何か聞こえてきた。
「あれ~? ペラちゃん、なんでこんなとこにいるの~?」
「しかもその恰好、どうしたの? 怪我? サン、どうしたの?」
「レラー! メヴィ! 色々聞きたいことはあるけど、話は後!」
一体何があったのかは知らないが、何故か巨大な熊にレラーとメヴァーエルが乗り、その熊が砦の壁を引っ掻いていたのだ。未だ眠るサンダルフォナをメヴァーエルに預け、距離を取ると、全く怯むことなく、カリエラが駆け下りてきた。レラーとメヴァーエルは、その異様な姿に恐怖していた。しかしレラーは、ペラッカがベレッタを構えたことで、戦わなくてはならない局面であると理解したようで、熊から降り、スペードソードを構えた。メヴァーエルを下がらせ、最早人外にすら見えるカリエラを前に、ペラッカとレラーはそれでも躊躇していた。
カリエラは明らかに異常だ。何発もの銃弾を受けている筈なのに全く動じていない。今も流血しているにも関わらず、だ。
これが、破壊の天使長の―――全てを破壊し、無に帰すアインの、守護天使の力なのだろうか。
「メヴィ、サンだけが止められるから、彼女を起こして」
「分かった! お姫様の目を覚まさせるのは王子様のキスだもんね! あ、あははは…」
流石のメヴァーエルも、いつもの悪ふざけは不発だ。にじり寄るカリエラの涎に塗れた唇からは、相変わらず不気味な笑い声が漏れている。だが、流血によるダメージは確かにあるらしく、動きは鈍く、本当にゾンビの様だった。
「カリエラ、起きて! こ、ここまでする必要、ないよ! か、カマエル様! お願いします、カリエラを返して下さい! 帰って下さい!」
ペラッカの言葉は聞こえていないらしく、カリエラは手に力が入らなくなっても動き続ける。最早何のために歩いているのか、立っているのか、笑っているのかすら分からないのかもしれない。歩く為に脚を上げることも出来ないくらいに弱り果てているのに、その体は更なる破壊と殺戮を求め、両腕を伸ばしてくる。その手の動きは、扼殺を彷彿とさせた。もし捕まったら、首を引き抜かれるかもしれない。
「レラー、一発も喰らっちゃダメだよ」
「か、カリエラちゃん…」
言葉を発することも儘ならない状態だと言うのに、カリエラはにじり寄ってくる。レラーは構えこそしたが、戦う気は無いようだった。
「駄目よ、二人とも」
その時、救いの声が聞こえた。サンダルフォナが気付いたのだ。
サンダルフォナはまだ少しふらつくようだったが、熊から降りると、アルミケースを取り出して中から何かを取り出した。手に隠れて見えない。だがカリエラは、新しい標的を見つけたかのように、前へ出たサンダルフォナに狙いを定めた。サンダルフォナはカリエラが捉まえるよりも早く突進し、きつく抱きしめ、ペラッカ達にも聞こえるように唱えた。
「我、彼の者を愛し、彼の者を庇護する者。治癒の守護天使ラファエルの名のもとに、彼の者に聖なる慈悲を求める」
その瞬間、カリエラはかくんと全ての力を抜き、サンダルフォナの腕の中で仰け反った。カマエルが帰ったのだ。直ぐに治癒を、と眼が言うので、ペラッカは慌てて、一緒に治癒を施す。カリエラは何事も無かったかのように眠っていた。唯その顔は青さを通り越して白い。本当の死体の様だった。激しい出血と疲労、それに怪我の所為だろう。ペラッカは治癒と言っても、全く役に立たなかった。どちらかというと、力の無くなったサンダルフォナに力を貸している、と言った方がいいだろう。
「丸一日は眠らないといけないわ…。それに怪我も酷いから、直接私の治癒の力を流し込まないと」
「って、サンちゃんも真っ青だよ~! 砦はなんかボロボロだし、何があったの~!?」
「レラー、それはあたしが説明するから、ちょっと黙ってて…」
一度に二人も治癒して、流石のペラッカも疲れた。




