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仮想遊戯  作者: 菊華紫苑
第一章 一望千里
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EPISODE3 ダアトちゅうおうく


 あまりの悪夢に、ペラッカは夜中々眠れなかったが、本能は過酷な旅になると理解していたようで、睡眠は深くとることが出来た。浮かれ騒ぎをする家族の、鬱陶しいながらも有り難い差し入れを素直に受け取り、しみじみと押し付けられたマントとサークレットを見てみる。サークレットは鉢巻の様だし、マントに至っては一枚布を片方折り返しただけである。装備の仕方が分からないでいると、兄嫁がやってきて教えてくれた。汚れても良くて、かつそれなりに転んでも痛くなさそうな服を選ぶと、自分は青い長そでと鶯色の長ズボンしかないことに気がついた。華がないのだろうが、今月は所持金が残り二桁で、新しい服も買えそうにない。家にある物でめぼしい物があれば、何でも持って言ってよいと父が言ったので、一週間ほど前に喧嘩をした腹いせに、母のへそくりを抜き取った。それでも服を買うには足りなかったが、薬草くらいなら買えそうだ。あまり荷物が多くてもいけないだろうし、バッグの中に詰められる物は限られてくる。タンスや壺、家の外の樽などから保存食などを手に入れ、バッグに入れた。ペンション・ハーヤーに行くには少し早いが、あまり遅くなって怒られるのも嫌だ。カリエラは時間に非常に厳しいのである。

 出る直前までペラッカは青い長そでと鶯ズボンだけで行きたいと言ったが、修道女の賜り物を無碍にするなと押し切られ、白昼堂々コスプレをし街を行くことになってしまった。時折顔を背けられるのが辛い。道具屋のおかみさんにいつも通り挨拶をすると、事情を聞かれた。掻い摘んで説明すると、それは大変だね、と言って棚の商品を一つくれた。筒のような蝋燭のようなものだ。

「外を歩いていると夜になるのも早く感じるもの。そんな時はこれを使うんだ」

「何これ?」

「着火剤さ。昔は薪を焚いたけど、今じゃこっちの方が便利だからね。一個もってお行き」

「うん…。ありがと」

「アインのことはよく分からないけど、パラベラム会の修道女様が一緒なら大丈夫さ。ペラちゃん、頑張るんだよ! 疲れをためないようにね!」

 それが一番の悩みどころなのだが、おかみさんは分かってくれなさそうだった。薄らと笑って、ペラッカは中央噴水まで歩いてきた。

 …子供の視線を感じる。痛い。心が。

 中央噴水の像は東西南北を見つめている。ペンション・ハーヤーがあるのは北区だ。この国は北北東に土地が高くなっている為、見晴らしのよさを売りにしているペンションや民宿がある。ペンション・ハーヤーもその内の一つだ。

 ハーヤーはつい最近ペンションを始めたのだが、その前はヤハーエル学校で購買の店員をしていた。定年を迎えたので、内縁の夫だったか遠縁の男だったかから、タダ同然でボロボロの別荘をもらい、年寄りの道楽で細々とペンションを経営している。もう六十超えている年の筈なのだが、階段の多い北区で、実に平和に暮らしているらしく、時々西区寄りのペラッカの花屋に『通りかかったから』と言って訪ね、どっさり花を買い込み再び北へ上って行く凄まじいお年寄りである。彼女には疲労メーターと言う物がないに違いない。

「あたしもあんなおばーちゃんになれたらいいなあ…。あ、でもやっぱり綺麗なうちに天使様になりたいな」

 未来の精神的死亡フラグが立ってしまっている現時点。楽しい未来設計図がボロボロ崩れて行くのを感じ取るペラッカの足取りは重い。

 ペンション・ハーヤーは、元々は名前が違った下宿で、二十年ほど前に完全リフォームをしたのだと聞いた。掃除好きなハーヤーによってぴかぴかに保たれたペンションが、今はダンジョンに見える。大きくため息をついて、ドアを開けた。中には誰もいない。ハーヤーを呼ぶと、パタパタと奥から出てきたのはエプロンをつけたサンダルフォナだった。

「あらペラ。おはよう」

「おはよ、カリエラは?」

「部屋にいるよ。二階の一番右ッ側」

 サンダルフォナはカウンターの中を漁りだす。何かお茶を出してくれるのだろう。

「それにしても、ペラも酷いよ。貴方さえウンと言わなければ断れたのにさ」

「…………ああ、うん。ごめんね」

 もう何も言わないことにする。考えるだけで悲しい。そんな使命感のあるところがあるなんてね、なんて笑われている。ああ、ああ、何も考えない、何も考えない。文句を言っても始まらない。もう始まっているのである。カウンターに座り、バッグを下ろして、大きくため息をつく。

「準備してきた?」

「道具屋のおかみさんに着火剤もらったよ。あと道々薬草とか小銭とか拾った」

「そんな乞食みたいなことしなくても、カリエラがちゃんとやるのに」

「こっ…!」

 がぁん! ペラッカは硬直した。いやしかし、任せろ、信じろと言ったカリエラに一任しなかったのは自分である。それはそれでなんだか恥ずかしい。あれこれと考えて余計な気苦労をし、バッグに荷物を詰め込んだのは己の不徳の致すところである。

「だってカリエラ、あまりに強引過ぎてさぁ…」

「ばっかやろ、神や天使の言うことはいつだってスッポンみたいなもんだぜ」

 真後ろから耳元でつぶやかれ、驚いてカウンターを飛び越えサンダルフォナの後ろに隠れる。成功した成功した、と、カリエラは非常に嬉しそうだ。そして昨日見た悪夢のような趣味の服は健在である。

「その身のこなしがあれば大丈夫だな!」

「ねえ、本当に守られてるだけでいいの?」

「いいぞ。お前に銃持たせたら危なっかしい」

 本物を持ってきているのだろうか。カリエラは無遠慮にバッグを漁り、明らかに持ち物が多い事に気がついた。

「ほうほう、薬草に着火剤に…毒消しにマヒ直し…、お、カンパンまである。ハハン、信用してなかっただろ?」

「ひ、拾ったの! あと貰ったの!」

「だが流石にこいつは持っていなかったようだな。記録用に使いな。俺からの献品だ」

 嘘ではない。だがカリエラは聞き流して、自分の懐から、日誌を取り出して強引に詰め込んだ。かなり重くなった気がする。そしてカリエラは絶対にそのバッグを持たないのだ。

「心配すんなって。東はそんなに危なくねえから」

「東『は』? ってことは北とか南とか西とかは?」

「そりゃお前、―――」

 その時、広場の大時計が仰々しく鳴り響いた。十時を告げる鐘である。かなりの年代物らしく、歯車と振り子が見えるスペースには、小さな子どもなら隠しておけそうなくらいだ。多分小柄なペラッカも無理をすれば入れる。そう言えば昔読んだ童話に、時計の中に隠れた子供が居たっけか。この時点でペンション・ハーヤーにいるのはサンダルフォナ、カリエラ、ペラッカだけである。

 八度、九度、そして十度目の鐘がなる。カリエラは何も言わず前掛けの中に手を入れた。

「おはよー!!」

「三十秒の遅れだ! 五分前行動って言葉を習わなかったか!?」

 とびこんできたレラーとメヴァーエルに向かって、カリエラはベレッタの銃口を向け、空砲を撃った。二人はその場に腰を抜かし抱き合ってガタガタと震えあがってしまう。だが二人は銃の音とは別に怖い物があったようだ。カリエラは元々自然主義者的な所があり、女として生まれていなければパンツ一丁で過ごしていそうな人間である。レラーとメヴァーエルの、年頃の乙女としては至極正しい服装が気に入らないようだ。

「…っていうかお前らよぉ! なんだよそのイデタチは!? 旅だぞ!? 冒険なんだぞ!? なんで揃いも揃ってミニスカなんか履いてくる!? ストッキングならまだしも生足とかないぞ、レラー! メヴィ! お前に至っては俺の衣装改造した上にブーツじゃねえか、草原嘗めてんのかこらぁぁ!!!」

「カリエラ血圧上がるよ」

 サンダルフォナはペラッカに冷たいミルクを出して小さく止めるが、もう彼女は止まりそうにない。

「だ、だってだって! カリエラがくれた魔女の服ズボンだったじゃん! だぼだぼズボンだったじゃん! あんなダサい服着れないよ!」

 防御力を考慮したと言うのは本当だったらしい。確かにミニスカでは怪我も多いだろうし、ノースリーブもまたしかり。完全にカリエラの心遣いを無視した二人は既に勇者である。

「た、たったそれだけの理由か…?」

「スニーカーなんて体育の履物だよ! どんなときだってオシャレ心忘れちゃだめだもん!」

「そ~だよそ~だよ! イケメンジャーの衣装はよく出来てるけど、生足は譲れない! 競輪選手キャラに憧れ鍛えに鍛えたこの健脚、隠すなんてソンソン!」

 カリエラのコスプレ作戦も相当に馬鹿馬鹿しかったが、更にその上を行く二人の女としての拘りに、カリエラは目眩を起こし、本当に倒れかかった。サンダルフォナがカウンター越しに支える。もう言葉も出ないとはこのことだろう。サンダルフォナも、頭が痛そうだった。ペラッカでさえ、この二人は何を言っているのかと思った。

「あらあら、集まったのね」

 そこへ、奥からハーヤーがやってきた。手には弁当が五つ。恐らく自分達につくってくれたのだ。…はて、あれもペラッカがもつのだろうか?

「シスター・ラファエラ。あんまり頑張りすぎては駄目よ」

「………ハーヤー婆さん、俺自信無くしたよ」

 カウンターに座り、カリエラは突っ伏した。ハーヤーはきつきつのバッグの中に気合で五人分の弁当を詰め込み、微笑んだ。

「今日からここが、第二の家、聖女一行の拠点だよ。二階の右端をいつでも開けておくからね。中にあるコンテナも自由に使いなさい」

 ハーヤーに励まされ、カリエラは何とか立ち上がると、準備を言いつけた。いよいよ始まってしまう。

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