EPISODE36 とむらいのやしき
幸か不幸か、出産の一連の騒ぎで、メタトリーナの夫が目を覚ました。目を覚ますや否や、見知らぬ少女が屯しているし、その内の二人は自分の義理の親に土下座しているし、一人は放心状態だし、一人はオロオロと空気を読んでいるし、一人は軽蔑の眼差しで見ているしで、状況把握は本当に困難だったろう。赤ん坊は何とか無事だった、だが母体の安全を確保できなかった、申し訳ない。そんな内容な謝罪を繰り返していたが、ペラッカはダアト人が如何に恵まれているかの方が、関心があった。兄も自分も、メヴァーエルの言った通り、母は何の苦しみも無く産んでいる。出産を契機に天使になることがあるとは聞いたことがあるが、それも極々珍しいことだった。
夫は車椅子で現れ、始め狂わんばかりに嘆いて妻の遺体に縋っていたが、泣きながら謝罪を繰り返すカリエラとサンダルフォナには礼を言っていた。ただ、他の三人には何も言わなかった。恐らく謝罪の気持ちが無いことを察していたのだろう。ペラッカは何故二人が謝罪するのか理解できない。メタトリーナが死んだのは、単純に彼女がアイン人だからではないのだろうか。他の要素など思いつかない。あれだけ激しく苦しみながら産んだのだ。母親が無傷で居られるはずがない。
「お嬢さん」
「はい」
珍しく号泣しているカリエラの顔を上げさせ、自身も泣きながら、それでも優しく夫は話しかけた。
「お嬢さん、修道女だそうですね。本当の名前は?」
「本名はカリエラと申します」
「カリエラ…ということは、男性名ではカリエルですね」
「はい…。それが?」
「この子の名前はカリエル。お義父さま、宜しいですか? こんなに頑張ってこの子の命を助けてくれた、この二人の少女の勇気に、肖りたいのです」
村長は何も言わず、ただ頷くだけだった。夫は赤ん坊―――カリエルを抱いて、サンダルフォナに向き直った。
「お嬢さんも有難う。妻を最期まで………」
そこまで言って、夫は俯いた。ほにゃ、ほにゃ、とカリエルも泣き出す。夫はどうにか立ち上がり、二人にカリエルを抱かせた。母乳を求めてカリエラの胸を揉んでいたが、何も出ないことが分かると再び泣き出した。
「お父様。放心していますが、彼女もお母様の出産に献身的に尽くしてくれました。抱かせてあげてください」
カリエラが突然ペラッカに振った。夫は暫く考えていたが、頷く。
「ほら、お前が手伝った命だ。抱いてみな」
「え…。あたし、でもお尻押してただけで…」
「いいから。ほら」
「落としそう」
「なら座れ」
言われた通り椅子に座り、カリエルを受けとり、見様見真似で抱いてみる。カリエルの尻を自分の膝の上に乗せるまでもない、とても軽くて小さな体だ。そこに、サンダルフォナが透明な瓶を持ってきた。
「ミルク、あげてみなさい」
「どうやるの?」
「咥えさせるの。こうやって…」
サンダルフォナが手本を示すと、乳首を見つけたカリエルは泣き止み、音が聞こえるくらいの勢いでミルクを飲み始めた。
「どうだ?」
「………可愛い」
何だか温かい。安心してミルクを飲んでいる姿は幸せそうで、死人が出た事すら忘れさせてくれる。
「お前も、産まれた時はこうされたんだぞ」
「あたしも?」
「そうだ。周りから祝福されて、皆が皆、可愛いって抱っこしたんだぞ」
「何で知ってるの?」
「誰でもそうだからだよ。結果がなんであろうと、産まれた命はかわいいもんさ。お前、よく店先で子猫だの子犬だのサンと見て、きゃーきゃー言ってるだろ? あれが人間になって見ろ、めっちゃくちゃ可愛いに決まってんだろが」
「ふうん…。あ」
ミルク瓶を咥えたまま、口が動いていない。どうしよう、どうしよう、と思っていると、サンダルフォナがそっとミルク瓶を引き抜いた。
「ミルク、飲みながら寝ちゃうってよくある事よ。さ、お父様の所に」
「う、うん、えっと…。どうやって渡すの?」
落としそうで怖い、と、言外に言っていると、夫は優しく笑ってカリエルを抱き上げた。
「宜しければ、今晩の妻の葬儀に―――」
「うち行かない」
黙っていればいいものを、突然メヴァーエルが言い放った。
「気持ち悪いんだもん、メタトリーナさん、真っ白で骸骨みたい。天使様に成れなかったからだよ」
「メヴィ!」
流石のペラッカも怒鳴りつけたが、カリエルが呼応する様に泣き出してしまった。夫は心底憤ったようだったが、穏やかに言った。
「では、葬儀の間、こちらでゆっくりして行ってください」
夫はカリエルを抱いて、部屋に戻った。使用人と村長を始めとする村の名士達が葬儀の準備をしている傍らで、サンダルフォナはぎらぎらとメヴァーエルを睨んでいたが、気付いているのかいないのか、メヴァーエルは終始つんとして、勝手に寛いでいた。
葬式という物を初めて経験し、ペラッカはぐったりと宛がわれた部屋で寝そべっていた。メヴァーエルは勿論結局行かなかったが、レラーも行かなかった。始めは興味を持っていたようだったが、皆が皆泣いているのを見て、居心地が悪かったようで、五分と居ることが出来なかった。出来ればペラッカも帰りたかったが、カリエラが終始二の腕を掴んでいたために、逃げ出すことが出来なかった。聖女らしく何か奇跡を行わせるつもりかと思ったが、そんなことを聞ける雰囲気でもなかった。結局ペラッカは涙の渦の中に二時間拘束された。
「カリエラ、何であたしをあんな所に…」
「嫌がらせじゃない?」
「ウチもそう思う~」
「特に奇跡を行わせる訳でも―――」
ドアがノックされた。すわ会話を聞かれたかと思って驚いてベッドの上で畏まる。カリエラだった。
「おいペラ、話がある。ちょっと来い」




