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仮想遊戯  作者: 菊華紫苑
第三章 猛禽草木
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EPISODE35 ばんさんのへや

 血腥い戦いの後に用意された食事は、森の恵みに与り、食べやすかった。他の四人はがつがつと口の中にかきこんでいるが、ペラッカは用いられている薬草の方に興味があった。他の四人は気づいていないようだが、立派な精進料理だ。薬効も疲労回復、スタミナ増強、気分の鎮静などなど、これからの旅で有難いものばかりだ。出来ればこのレシピを知っておきたい。ペラッカがどうしてもと言うと、使用人の女性がレシピをくれた。

「時に村長、つかぬ事をお聞きしますが」

「はい、何でしょう」

 カリエラが口元を拭いながら言った。

「西の森の奥には猛獣がいるとは聞いていますが、こんな森の浅い場所に、あのような狂乱染みた猛獣がいたのは初耳です。あれは一体いつ頃から?」

「ああ…。ヴィアナルス会のお二人が来てからです」

 ぴく、とサンダルフォナの視線が動く。

「あの方々も、初め我々に着くように要求しました。我々が皆様にしたときと同じように答えましたところ、抱いていた猫に、総大将が何か注射したのです。すると忽ち猫は狂暴になり、村人を次々と噛み殺しました」

「猫が!? 犬じゃなくて!?」

 思わずペラッカがレシピから目を上げる。本当です、と、村長は頷いた。すぐ傍にいたメタトリーナが答えた。

「わたしの母と夫も、その時に大怪我をしてしまいました。わたしに襲いかかって来た猫と刺し違えて、夫は今も意識不明なのです。わたしの主治医も、猫に噛み殺されました」

「………ということは」

 カリエラが仲間たちに視線を振る。

「間違いないですね。道中襲ってきた猛獣の加護の源は、総大将」

 人前で出すコロコロとした鈴の様な声にも、もう慣れた。ただ、この変わり身は何度見ても気持ち悪い。

「あのイケメンでしょ? 頬に傷のある…。総大将はダアト人?」

「違いますね」

 苦虫を噛み潰したような顔したかと思うと、見る見る内にカリエラの顔色が悪くなる。失礼、とカリエラは席を立った。

「ご馳走を有難うございます、メタトリーナさん。とても美味しゅうございました。少々疲れたので、先に休ませてください」

「申し訳ないけど、私もそうしていいですか? ご馳走様」

 続いてサンダルフォナが席を立つ。が、メタトリーナは答えず、下を向いている。

「メタトリーナさん? どうしましたか?」

 カリエラが近づくと、メタトリーナは脂汗を滲ませ顔を上げた。

「痛い痛い痛い!!」

 一度叫んでからは堪える気も無くなったのか、メタトリーナは椅子からカリエラの胸に落ちて暴れ出した。サンダルフォナが呆然としている使用人を怒鳴りつける。

「なにしてるの、医者呼んで!」

「い、医者は猫に噛み殺されました!」

「なら、ありったけのタオルと水! それから湯を沸かして!」

「ど、どうするの? どうするの?」

 ペラッカが近づいてくると、カリエラはがっしりとメタトリーナにその手を握らせた。

「落ち着いてください、大丈夫ですよ、修道会はお産にも携わります。大丈夫ですからね、呼吸を整えて」

 壮絶な光景に、メヴァーエルとレラーが竦み上がっていると、またしてもサンダルフォナが怒鳴りつけた。

「何やってんの! アンタ達も手伝いなさい!」

「え、な、何するの!?」

「使用人さんの手伝い! 駆け足! 駆け足ーッ!」

「ひえ~! サンちゃん怖い~!」

「当たり前でしょ、人の命がかかってんのよ!? 村長! アンタもポケッとしてないで、集めて来なさい! 娘と孫の命がかかってんのよ!」

 バタバタ音を立てながら走って行くので、静かに! と更に怒鳴りつける。カリエラは何の迷いも無くメタトリーナのパンツを降ろし、なんとか椅子に座らせる。

「おいペラ、お前手綺麗だろ」

「うん、汚してないけど…」

「尻の穴押せ」

「うん、…え!? 人妻に何するつもりさ!」

「ばっきゃろう、痛みを柔らげるツボがあるんだよ! 俺は赤ん坊で精いっぱいだ、お前が押せ! おいサン! 水差し!」

 サンダルフォナが返事をするのと同時に、ぎゃああっと凄まじい悲鳴が上がった。早く押せ、とうるさいので、取りあえず恐る恐る手を伸ばして場所を探すと、その瞬間、大量の尿が手に振りかかった。だがカリエラは微動だにせずなにかごそごそとワンピースの中を弄っている。

「安心しろ、ピスじゃねえ。破水だ」

「な、なにそれ」

「そんなことよりケツ押せって言ってんだよ、何回言わせる気だこのヘタレ!」

 一回しか言われてない、と言おうとしたが、余りに気迫にそんな気も無くなった。取りあえず尿じゃないらしいので、同性ながら恥ずかしいものの、少し触れるくらいに押した。すると、メタトリーナは掴んでいた手を離しペラッカの頭を掴むと自分に近づけ、凄まじい形相で睨みつけた。

「もっと強く!!」

「す、すいません…」

 尻を触られて怒られたり、尻を触るなと怒られたりすることはあるだろうが、尻を触れと怒られるのは恐らくこの先生涯ないんじゃないだろうか。

「お母さん、もっと腹でいきんで! 今頭! 頭頂部! そこのちっさいのに掴まっていいから!」

 その瞬間、両手で顔を挟まれ、物凄い勢いで圧縮された。まさか『そこのちっさいの』としか認識されていないのだろうか。

「サン! タオル!」

「はい!」

 ワンピースから出てくる水が、段々赤みを増してくる。袖を捲ったカリエラの腕の包帯が、紅を差す様に赤くなっていく。何が起こっているのかさっぱり分からないが、取りあえずこのまま頭蓋骨が拉げてしまわないかだけが心配だ。顔の痛みに感けていると、カリエラがケツを押せと怒鳴ってくる。サンダルフォナは大量の汗をかいているメタトリーナの汗を拭ったり、水を飲ませたり、やれタオルを洗え、水をもっと寄越せ、湯を沸かせと指示をしているが、メヴァーエルがあまりのショックにキリキリと働けないでいた。

「メヴィ! 人の命がかかってんのよ!? 早くしなさい!」

「………やだ」

「はぁ!?」

「アイン人の出産なんて汚い! うち、もう見たくない!! 気持ち悪いもん!!」

「あ、メヴィちゃん!」

「ほっとけ! 今はこっちが先だ!!」

 メヴァーエルが逃げていく音がする。ペラッカの顔を押さえつけられているところか、尻を押す動作のどちらかを代わって欲しい。すると、丁度一瞬レラーが手持無沙汰になった。

「レラー! 代わって! メタトリーナさんの腕掴んで!」

「ほいほ~い!」

 メヴァーエルはああ言ったが、レラーはどちらかというと好奇心の方が勝っているように感じる。が、そのわくわくした表情は、脱臼するほどの凄まじい腕力で一瞬にして真っ白になった。ペラッカの頭とレラーの左腕を握り、メタトリーナは尚もぎゃあぎゃあと何か喚いている。

「もう少し! 今頭全部出た! もう少しだから! ほら肩! 肩もう見えてる! 一番大きいとこ出た! ほらもう少し! あと細いとこだけだから!」

 凄まじい叫び声が、耳を劈く。何を言っているかも分からないが、とにかく未だ顔が痛く、自分は他人の尻を押している。なんてシュールな光景何だろう、と、何だか他人事のように感じる。

「よし、よし、よし! 生まれたぞ! 男の子だ! 今臍の緒切るからな!」

「はい、紐と鋏」

 サンダルフォナが素早くソーイングセットを差し出す。この家に元々あった物だろうか。それにしては、糸が妙に透明だ。カリエラが真白な赤ん坊から伸びる、変な細いヘタクソなソーセージのようなものを縛って切った。真っ白な赤ん坊はとても小さく、指先から肘までの大きさしかない。すやすやと眠る赤ん坊は、今まさに大仕事を終えたという感じだ。

「サン! 母体の安全確保、胎盤の排出!」

「え!? ど、どうやるの!?」

 流石のサンダルフォナも慌てた。

「腹捏ねてれば出る! 赤ん坊が息してない!」

「息してないって…死んでるの!?」

 ペラッカが思わず本音を言ってしまったその時、凄まじい回し蹴りで強かに顔を蹴られた。

「死なせてたまるか! レラーと一緒にサンの手伝いしろ!」

 カリエラは眠る赤ん坊の胸をごしごし扱き、鼻と口を自分の口で覆って何かしている。接吻とは違うようだが、何をしているのか分からない。ペラッカが興味を持っていると、サンにどつかれた。

「腹揉めって言ってるでしょ! もう少しで出ますよ、メタトリーナさん、これで全部終わりますからね、頑張って!」

 悲鳴と怒号が混じる中、メタトリーナがその男の子を抱く事は無かった。

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