EPISODE34 そんちょうのやしき
一連の凶荒を見ていたにも関わらず、ヴィアナルス会がその場を去ると、村人たちの変わり身の早さと言ったら、流石のペラッカも腹立たしいくらいだ。疲れてそれどころではないサンダルフォナを叩き起こし、村長の家に強引に連れてきた挙句、何故か本命の筈のペラッカには何もせず、サンダルフォナには一番上等な椅子に座らせ、香り高い紅茶を淹れ、上品な茶菓子が用意された。が、カリエラを始めとする他の面々には木の椅子に二番煎じの緑茶が出された。
「貴殿はあの方々よりも強いことを見せて頂きました。我々は貴殿にお仕え致します」
「………」
「サン」
「! え、はい」
カリエラが傍で見守っている。サンダルフォナはぐったりと項垂れて、カリエラを立たせて言った。
「コカビエル村長、私の能力を高く評価して下さったのは感謝いたします。ですが私に武器の扱いを教えたのも、戦場の精神を教えたのも、此処にいるナタスの子、ラファエラにございますので、彼女こそこの椅子に座るのが相応しいかと」
「ご謙遜を。我々を脅迫していたあの猛獣どもを切り払ってくださったのは、サンダルフォナ様です」
「能ある鷹は爪を隠します。その証拠に、彼女は私がヴィアナルス会のネツァクとの戦いに集中できるよう、全ての猛獣を牽制してくれていました。弾が当に尽きても、恐怖を押し殺し積極的に猛獣にモーニングスターを叩きこんで行きました。その証拠に、彼女の杖はボロボロです」
「ラファエラ殿、それは真ですか」
「虚言ではありません」
「ではラファエラ殿が、この一行の中で一番お強いのですか」
「過言ではありません」
「では、どうぞその座席に」
「しかしこの座席は一番上等な物。そこに座るべきは、選ばれたもの―――即ち、この聖女ペラッカです」
「何であたしにそこで振るの!? ねえ!?」
カリエラはペラッカを物理で押え込み、続けた。
「このように矮小でひ弱でありながら、弩とベレッタを使い分け、銃による恐怖と猛獣の脅威の前に怯えることなく、我々の士気を上げたのは、このペラッカの業績にございますし、我等はペラッカを護るために在ります。従ってここに座り、シルファー殿と話をすべきはこのペラッカです」
レラーとメヴァーエルに視線を向けてみたが、二人は難しい話に寝こけていた。余りにも予想通りの展開に、ペラッカは溜息を吐き、強引にその豪華な椅子に座らされた。サンダルフォナは今にも倒れそうだが、陰でカリエラが支えている。これは、メヴァーエルは寝ていて正解だったかも知れない。強さを尊ぶシルファーの民を前に、友人二人が触れ合うだけで卒倒するような有様は見せられない。
取りあえず、ペラッカは大分要領を得てきた説明をした。コカビエル村長は終始黙って聞いていたが、返答は予想通りだった。
「ダアト国とヴィアナルス会、現状はどちらが優勢ですか? 貴殿ら個々の力だけでは、それは判断できない」
「ダアト国です。それは間違いありません。ヴィアナルス会は所詮北の一勢力。しかしダアト国には、国の精鋭を集めた軍事修道会パラベラム会が。それが証拠です。現に、此処にいるカ――ラファエラ修道女はパラベラム会の一修道女でありながら、法王を動かせるほどの実力の持ち主です」
ペラッカが思うに、コネも実力の内だと思うのだ。そしてカリエラの祖父母である崇敬大司教は、法王に次ぐ権力者であり、この二人の同意があれば、法王はそれを選択肢として数えなくてはならない。つまり、崇敬大司教の意向一つで、法王の行動様式はある程度決まる。勿論、最終的に決定し、責任を負うのは法王なのだが。
「それは真ですか、ラファエラ殿」
「虚言ではありません」
はっきり言わない所が、カリエラの小賢しい所だ。村長はふむ、と考え込んだ。その時、奥から酷い肥満の女が歩いてきた。いや、肥満なのではない、これは………。
「お父様、そんなに疑っては失礼ですわ」
「メタトリーナ! 寝ていろと言ったはずだぞ!」
「父が失礼をしまして申し訳ありません、恩人の皆様。母が不在ですので、わたしが皆様を歓迎する食事を手配させていただきました」
「身重なんだから、余計な事はするんじゃない!」
「お父様がいつまでも英雄の皆様を疑っているのがいけないのです」
さあどうぞ、と、妊婦―――メタトリーナがペラッカの手を取った。うつらうつらしていたレラーとメヴァーエルも、ご馳走の匂いを嗅ぎつけて目を覚ます。
「赤ちゃん、いるんですか?」
「ええ、もうそろそろ生まれるんですよ。ふふふ、村を救ってくださった英雄の皆さんにお会いできて、この子も喜んでいます」
「触ってもいいですか?」
「どうぞ」
ドキドキしながらペラッカが優しく撫でられる膨れきった腹に耳を当てる。たぷ、たぷ、と水を叩くような不思議な音がする。ペラッカの奇行に興味を持ったレラーとメヴァーエルが、うちもウチも、と寄ってきた。メタトリーナは喜んで腹を触らせる。すると、メヴァーエルがふと思いついたように言った。
「ねえ、アイン人は産むの大変って本当?」
「ん? どういう意味かしら」
「ダアト人は天使見習いだから、一切の苦しみから救われてるの。だから、産みの苦しみもないの。実際、お兄ちゃんもお姉ちゃんも、勿論うちも、産むのに苦労しなかったって言ってたわ。でもアイン人にそんなお恵みないでしょ? 辛くない?」
するとメタトリーナはクスクス笑って、答えた。
「そうですね、すっごい苦しくて、中には死んでしまう人もいます」
「わー、こっわぁい!」
「でもね、命懸けで苦しい思いをして、赤ちゃんが生まれて来たら、赤ちゃんを胸に抱っこさせてもらうつもりなんです。するとね、すっごく愛おしいんですよ」
「いとおしいって?」
「貴方のお父さんとお母さんが、貴方に思っている事と同じことですよ」
「えー? わかんない!」
「貴方がお母さんになったら分かりますよ」
会話の内容を聞いているのか聞いていないのか、サンダルフォナは終始無言だった。カリエラも三人の会話に介入しようとしない。いつもなら、二人のどちらかが睨んだり牽制をかけたりするものなのだが―――サンダルフォナの体力に気を使っているだけなのだろうか。




