EPISODE33 シルファーのむら
どうにか夜になる前に、シルファーの村に着くことが出来た。夕日が森に隠れて、既に辺りは薄暗い。
「ただの寒村にしては、めっちゃ予算あんなぁ…」
村を囲む高い巨木の柵を見上げ、カリエラは溜息を吐いた。村というより、砦に近い。カリエラの記憶では、西アインにあるのは、『シルファーの村』と『ナタスの砦』だけだった筈なのだが。
「ねえ、これ、ノックして聞こえる?」
「んな訳ねーだろ。こういうのはなあ…」
パンパン、と手を叩くと、物見の塔から誰かが顔を出した。防人だろうか。顔は、当たり前だが見えない。
「誰だい?」
「ナタスの血を引く者だ。火急村長に会いたい」
「お前たちはどこからの使者だ」
「パラベラム会だ。西アインに危機が迫っている。火急村長に会いたい」
「アンタはアイン人か? ダアト人か?」
「親はアイン人だ」
「…分かった」
ごごご、と重たい音がして門が開かれる。ひそひそとメヴァーエルはペラッカに尋ねた。
「親がアイン人? アイン人の末裔の崇敬大司教様の孫だから、片方は確実にアイン人の筈だけど、もう一人の親もアイン人なの?」
「『両親』とは言ってないよ。『親』としか言ってない。多分、そう言う意味だと思うよ」
「相変わらずセコイ表現ねー」
メヴァーエルはげんなりした様子で溜息を吐いた。が、本当に溜息を吐きたいのはペラッカの方だ。一体ここではどんな大立ち回りをさせられるのか、考えるだけでも今すぐそこの毒草を煎じたくなる。沈黙の集落は、どうにかなったものの―――。この村は入るだけで分かる、凄まじい緊張感が漂っている。大勢の屈強な男達を率いて、初老の男がランタンを片手にずるずると距離を詰めてくる。怖い。不気味だ。しかし後ろからカリエラは勿論の事、サンダルフォナまで背中を押してくる。
「村長のコカビエル・シルファーだ。先ずは名乗って戴きたい」
二人の背中を押す力は弱まっていない。泣きたい。
「せ…。聖女ペラッカです」
「ラファエラです」
「サンダルフォナです」
「レラーだよ~!」
「メヴァーエル・ミカエリでぇーっす! メヴィって呼んでね!」
レラーとメヴァーエルが空気を変えようとしたが、清々しいくらいに滑った。泣きたい。
「ミカエリ…。法王一族の…ダアト国中枢を牛耳る一族」
コカビエルを始めとする多くの者達がギラギラと眼を光らせ始める。メヴァーエルは尚も諦めず空気を変えようと、余計な事を口走った。
「え? 伯父さん知ってるの? カメレオンみたいだよねー! アハッ! アハハ、ハハ………」
流石のメヴァーエルも限界が来たようだった。後ろからもにじり寄る村人から隠れ、レラーとペラッカの間に滑り込む。
「聖女殿。我々シルファーの民は、真の王たる者、それに準ずる者にしか仕えない。貴殿はそれに匹敵するのか」
「え―――」
えっと、と言おうとして、サンダルフォナとカリエラに思い切り背中を抓られた。
「はいぃ!」
「その証を見せて頂きたい」
「え―――はいぃ!」
「あの御方達をここへお呼びしろ」
村人たちが何人か呼びに行く。一体何をさせようと言うのだろう。村長が『あの御方』というくらいなのだから、シルファーには既に誰かが来て、村を支配下に置いていると言う事なのだろうが―――。
灯篭に火が灯され、辺りがオレンジ色に染めあがり闇を押し返す。押し返された闇の向こうから、誰かがやって来る。その時、カリエラが何かを察知し、突然サンダルフォナを押し倒した。ドフッと地面が抉れる。どこからか狙撃されたのだ。カリエラがスミスを取り出し、物見の塔を打ち抜く。獣も撃ちぬく巨大な弾丸が直撃し、物見の塔は崩れ、僅かに悲鳴が聞こえた。カリエラはそのまま銃口をコカビエルに向け、言った。
「ああ、言い忘れていたよ、村長さんよォ」
「………」
「俺の本当の名前…。大方そっちしか聞いてなかったから、『修道女』を狙ったんだろうな。…ヘッ、お粗末なスナイパーだ。スミスみてぇなハンドキャノンでぶっ飛ばされるなんて、ポジショニングが成ってねえ」
「………大将」
ザリ、と、村長の後ろに誰かが立つ。カリエラの顔色は変わらないが、不気味に口が弧を描く。震えていると、それをまるで隠すかのように、サンダルフォナが小楯でペラッカを隠した。
「最初にお話しした通り、我々は強い者にしか付きません」
「ああ、良いぜ。俺らが正義だ」
「正義は勝つ、そう決められてるのサ」
灯篭の灯が映すのは、頬に大きな傷を湛えた青年と、それに従う少女のような少年、ネツァクだ。ペラッカは青年にも見覚えがある。ゼブルビューブでカリエラを痛めつけていた、あの男くさい青年。
「なんだ、生きてたのか」
「おう、生きてたさ。テメェなんぞに殺される訳にゃ行かねえんでね」
「その割に一度イッちまったみてぇじゃねえか?」
「………」
カリエラは言葉も無く睨みつける。サンダルフォナが片手サイズのチェーンソーを二つ構え、その隣に進み出た。くくく、とネツァクが笑う。
「美しい愛だ。ねえ総大将?」
「前座だ、ネツァク。俺が出るまでもねえ。死にぞこないの溝浚いをしろ」
そう言って青年―――総大将は一歩下がった。ネツァクが一歩進みで、寸鉄を構える。遠距離攻撃であれば、人の腕力に銃が叶う筈がない。それは相手も分かってる筈だ。カリエラは大人しくスミスを前掛けの中に仕舞い込み、鉄杖を引っ張りモーニングスターに変える。が、そこで、サンダルフォナが前に進み出た。
「前座なら、前座に相応しい相手が必要…。そうじゃない? 泣き虫さん」
「ネツァクだよ。君みたいな美人には、いい加減覚えて欲しいな」
「あらそう。でも私、強い人が好きなの」
ギャリリリリリ、とチェーンソーが鈍い音を立てる。流石のネツァクも目の色を変えた。近距離であれば確実に致命傷を与える最強最悪の武器の一つだからだろう。
「虫取りは得意中の得意なのよ。だってお客様に出すお料理にハエが止まっちゃったら大変でしょ?」
サンダルフォナが挑発する。カリエラはというと、サンダルフォナには目もくれず、周囲に視線を配っている。レラーとメヴァーエルも、それなりに空気を感じ取り、自分達を害する何かが無いかどうか目を凝らしている。ネツァクはサンダルフォナの言葉にニヤリと笑い、後ろにいる総大将に目配せをした。そう大将が頷くと、更に灯篭の数が増え、高台に何か気配が増える。
「いいよ、お姉さん。お姉さんの名前、直接その愛らしい唇から知りたいな。死人に口無しだもの」
「ごめんなさいね、虫さんの言葉は分からないの」
そう言うと、サンダルフォナは走り出して一気にネツァクに突っ込む。その時、カリエラが空に向かって銃を撃った。それは空の上で弾け、激しい光を放つ。灯篭の灯とは比べ物にならない、まるで太陽を召喚したかのようだった。
それで見えた。いつの間にか村人はいなくなっていて、多数の猛獣が、首輪をかけられ解放の時を待っている。否、人は何人かいる。高台の上に、狙撃手らしい人間がいるのだ。彼等はヴィアナルス会の狙撃手か。その銃口は何故か、ペラッカ達に向いていない。この向きは―――動物たち?
「動物虐待上等! 全部殺せ!!」
意図に逸早く気付いたカリエラが、すぐ傍にいた熊の子供の頭を打ち砕く。ペラッカも弩を野犬の頭に放ったが、メヴァーエルとレラーは動かなかった。狙撃手が動物たちに向かって何かを打ちこむ。途端に動物たちは暴れ出し、鉄の首輪を引きちぎり突進してきた。
「これがカマエルの力だ! 頭を吹き飛ばせ!」
「ひ、ひょえ~~~!!」
カリエラのスミスが鳴り響く。彼女たちが全力で背中を護ってくれているのだ。サンダルフォナは目の前のちょこまかしたハエを追えばいい。
「結構情熱的な武器じゃない? 一発ノックアウトなんてさ」
ネツァクは軽口を叩きながらすいすいとチェーンソーの斬撃を避ける。とてもじゃないが、あの短期間ではチェーンソーを利き手で振り回すのが限界で、自分で言うのも嫌だが、かなり武器に振り回されている。その証拠に、動きは完全に見切られている。気紛れに投げてくる寸鉄も、わざとサンダルフォナがガード出来る場所を狙って来ている。無傷にこだわっている訳ではない。ただ、『遊んでいる』だけなのだ。
ならば、その余裕を利用させてもらう!
チェーンソーを振り下ろすと、ネツァクは左横に避け、サンダルフォナの左手に構えた小楯の方に寸鉄を放り投げる。それを利用させてもらう。サンダルフォナは振り下ろしたチェーンソーから手を離し、ネツァクの放った寸鉄ごと顔をぶん殴った。チェーンソーを片手で振り回せる程度には筋力がついている。おまけに、白蝋病防止のために対衝素材の手袋まである。手首を痛めずに、ネツァクを吹っ飛ばすことが出来た。寸鉄は一部ネツァクの顔に突き刺さり、一部サンダルフォナの手袋に突き刺さったが、指を貫通するほどではない。
「遊んでいるからだ、馬鹿」
ビクビク痙攣しているネツァクを横目に、総大将が地面に突き刺さったチェーンソーを引き抜く。その視線の方には―――まずい!!
「カリエラ!!」
ガキンッ!
間に合った。総大将が振り下ろしたチェーンソーを、カリエラがモーニングスターで弾き飛ばしたのだ。そのままカリエラのハイキックが総大将の顔を掠め、視線の合った二人が、無言の会話をする。その後ろから走り寄り、サンダルフォナが足払いを放つと同時に、総大将はカリエラの肩を踏み台にして、狂乱する動物たちの群れの上を跳んで行った。
「ま、待ってよ総大将!」
ネツァクが右目を押さえながら、その後を追う。それを見て、狙撃手たちもいなくなった。人間は立ち去ったが、動物たちはまだ発狂して襲いかかってきている。
「加勢するわ!」
「頼む! モーニングスターも限界だ!」
「あたし、両方弾切れ!」
カリエラの陰で怯えているペラッカに、一先ず小楯を押し付け、サンダルフォナは地面に突き刺さったチェーンソーを拾い上げ、それとは別のもう一つのチェーンソーを構えた。
「全員屈んで!」
レラーとメヴァーエルの背中に飛び乗り、二人を襲っていた馬と虎の背中に、チェーンソーを突き刺す。そのまま地面に降りたち、胴体を真っ二つにすると、流石にカマエルの力に支配された猛獣も狂乱することも出来ず、二匹は力尽きた。
「そのままよ!」
尚も恐怖もなく突っ込んでくる憐れな動物たちの首を、次々斬り落としていく。何も感じない。何も考えない。『カマエル』の力の餌食になったもの、その力に取り込まれたもの、その行く末は死以外にない。サンダルフォナは唯それだけを知っている。
月が中天に差し掛かった時、辺りに鳴り響くのは、血を吸い芥を吸い、獣の毛で唸りをあげるサンダルフォナの得物の悲鳴だけだった。カリエラが最早敵となる猛獣はいないことを確認すると、静かにサンダルフォナに近づき、チェーンソーの電源を切った。
「お疲れ、サン」
「皆………。無事ね?」
「ああ、お前のおかげだよ、サン。後は任せな」
サンダルフォナはゆっくり頷いて笑うと、カリエラの腕の中で気を失った。




