EPISODE32 シルファーのもり
第3章 猛禽草木
ぶっすー………。
パラベラム会の前で待ち合わせた一行は、一度ペンション・ハーヤーに戻り、新しい装備に着替えた。レラー、メヴァーエル、ペラッカは、そこで初めて、レラーとメヴァーエルは改造された武器を、ペラッカはベレッタの弾と弩の矢を手にした。そこまでは良かったのだ。
防具を見せられた時、三人は脱力した。何故ならその防具は、見た目は殆ど以前の痛々しい見た目と変わらない。カリエラが、どこがどのように変わったのか、専門用語を連発して語っていたが、簡単にまとめると、レラーとメヴァーエルの生足はストッキングに、ペラッカのマントは身長に合わせて丈を調整し、一同の服は全て防弾防刃繊維になったとのことだった。
「カリエラ! 話が違うよ! ウチ、あのダサい服から新しいのになるって思って頑張ってたのにー!」
「おう、新しい装備だぞ。防弾防刃でも衝撃は吸収できないから気を付けろよ」
「素材の話じゃなーい! このダサい服どうにかしてって言ってるの!」
「ああ、そういえばお前に新しいアクセサリやるっていう話だったんだっけ?」
カリエラはごそごそと前掛けの中に手を入れた。いつも不思議に思うのだが、あのペラペラの前掛けの一体どこに銃火器を仕込んでいるのだろうか。ペラッカ等の疑問も余所に、ほい、とカリエラがメヴァーエルの首に古代の王族のような首飾りをかけた。スティックシュガーのネックレスの様だが、袋は透明で、中に赤い粉が入っている。
「それ、ナタナエルの種を粉にした奴。一本炎の中に投げ入ればあら不思議、ドカンとそこそこ小さな爆発が起こる。全部で百本ある。あとで精製方法教えるからな。あ、ちなみに食ってもいいけどベラボーに辛くて胃が痛くなるから止めとけ。タバスコの三十倍はするぞ」
「か、カリエラ…。ま、まさかこれがアクセサリ…?」
「んだよ、文句あっか。俺のお手製だぞ」
まさか、これらの武器防具は全てカリエラの手配に寄るものなのだろうか。三人が三人とも肩を落とす。
「なんでもない。マントの中にしまっておいていい?」
「ああ、首元から取り出せるなら何しても良いぞ。それ、前の一本を引き抜くと、他の袋の重さで入ってる奴が目の前に来るように設計してあるから」
もはやメヴァーエルには何を話す体力も残っていなかった。ああ、それと、と、カリエラが何か思いついたように言った。
「西アインには猛獣がいるから、食われないようにしろよ!」
「何で語尾に星マークつけるように軽く言うの!?」
「大丈夫だってペラ、猛獣も俺達が怖いんだ。自分たちが怯えて美味しく頂かれなけりゃいいんだよ」
けっけっけ、とカリエラは笑う。そんな話を聞いてペラッカはがっくりと肩を落とした。今の話を聞いていなかったのか、メヴァーエルとレラーはきゃっきゃと森の中の花に燥いでいる。
「ねーねーレラー、この花可愛くない?」
「あ! ほんとだ~! ワンピースみたいで可愛いね~」
「あ! 馬鹿!」
慌ててペラッカは、黄色いラッパ状の花を触ろうとしていた二人の頭を叩いた。
「それ、毒! めっちゃ怖い毒草! 触っちゃダメ! 『魔王』って言われてる位怖い花なんだよ! 絶対絶対触っちゃダメー!」
「え~? 沈黙の島にはなかったよ?」
それを聞いて、カリエラが振り返る。
「当たり前だ。あそこ、殺人毒草は生えてない。精々腫れたり被れたりするくらいだ。シルファーの森は完全に弱肉強食だからな。だからストッキング履かせてんだよ。沈黙の島より、西アインの毒の方が怖いぞ。ペラは毒草に詳しいから、ピス漏らしながら奇声上げて裸で走り回りたくなけりゃ、言う事聞け」
「カリエラ、乙女の発言じゃないわよ…」
サンダルフォナが頭を抱える。レラーとメヴァーエルは、二人で抱き合ってガタガタ震えだした。ペラッカから見れば、毒草はまるで浮き出ているように見えるから、それほど怖くない。それに、長袖長ズボンなのでうっかり棘を引っかけるという事も無い。沈黙の島も、正直さほど怖くなかった。…サンダルフォナのチェーンソーを除いて。
「ねえ、シルファーはどんなところなの? あたし、そこでどんな奇跡起こせばいいの?」
「んー、西アインは正直ネタがねえんだよなぁ…」
「ナタスは?」
その時、珍しくサンダルフォナが会話に入り込んできた。カリエラは一瞬言葉に詰まった後、シラネ、とそっぽを向いた。そう言えば『ナタス』という名前はどこかで聞いたことがある気がする。どこだったか―――。
ガサッ。
「喜べお前ら。今日は焼肉大盛りだ」
「出たー!!!」
サンダルフォナはチェーンソーと小楯を、カリエラは鉄杖をモーニングスターに変えて構えたが、残る三人は巨大な熊に驚き震えあがった。しかも良く見ると一匹だけではない。二、三匹、どうやら家族の様だ。
「見通しが悪いわ、ちょっと失礼!」
サンダルフォナが駆け出し、手近にあった巨木にチェーンソーを叩きこむ。幹を切っている間、サンダルフォナの背中にカリエラが張り付き、コルトを片手で構え、限界まで中くらいの熊を引きつける。ここでボンヤリとしていられない、と、ペラッカは我に返り、弩を取り出して一番小さく遠くにいる小熊に向けた。その体勢を見て、残る二人は顔を合わせて頷いた。突進してくる大熊に、マジカルステッキを向け、思い切り噴射する。火の粉が飛び散り、方々に小さな炎を上げるが、熊たちは怯まない。レラーがペラッカの背中を踏み台にして、大熊の背後を取り、渾身の力で突進しスペードソードを突き刺す。だが大熊は何事も無かったかのように振り向いて、巨大な手で薙ぎ払いにかかった。咄嗟にダイヤシールドを構えるが、衝撃は吸収できず、受け身の練習をしていなかったレラーは大木に叩きつけられた。それでもハートヘルムとクラブメイルは傷一つ付いていない。が、レラー自身は伸びてしまった。攻撃は最大の防御であるが、野生には敵わなかったらしい。食らいつこうと近づく大熊に、ペラッカのベレッタが七度吼える。大熊はペラッカに目標を変え、突進してきた。
「う、嘘…!」
全て確かに着弾したはずなのに、大熊には全く効いていない。それどころか益々興奮して向かってくる。
「退いて、ペラ!」
サンダルフォナががなり、ペラッカは訳も分からず後ろを向いて走り出した。バキバキ、ズゥゥン、と重たい音がする。頭を押さえながら後ろを向くと、大熊はサンダルフォナが切り倒した大木の下敷きになっていた。尚ももがく大熊の頭に、カリエラのモーニングスターが直撃すると、大人しくなった。ほっと息を吐く暇も無く、カリエラが悲鳴をあげた。喉を撃ち抜かれた中熊が起き上がり、カリエラに爪を振り下ろしてきたのだ。
「そのまま!」
屈みこんだカリエラの真上を、サンダルフォナのチェーンソーが滑って行く。中熊の頭を斬り弾くと、その頭はメヴァーエルを襲っていた小熊の頭を直撃した。身体が火に包まれても、小熊は尚も襲い掛かってくる。メヴァーエルは後ろに下がり、首元のナタナエルの粉を引きちぎり、思い切り投げつける。バフン、と音を立てて、小熊の上半身が吹き飛んだ。その音が気付けとなり、レラーがむっくり起き上がる。
「なになに~? もう終わっちゃったの?」
「レラーの裏切り者ー! うち、めっちゃ怖かったんだよー!」
メヴァーエルがレラーに抱きつく。ペラッカは震えながらも、肩を強打したカリエラに手を当てる。暫くすると、カリエラはぐりぐりと肩を動かした。
「カリエラ、この熊たち…」
サンダルフォナが眉間を寄せる。何か分かったのだろうか。
「………。仕方ねえな、今話すしかなさそうだ」
カリエラは溜息を吐いた。大熊を押し潰した巨木に座り、溜息を吐く様にして尋ねた。
「おい、お前ら。『カマエル』って知ってるか?」
レラーがメヴァーエルを慰めながら答えた。
「ん~、カリエラちゃんの名前の由来の天使?」
「そりゃ『カリエル』だ、馬鹿」
疲れた顔がより一層やつれて見える。サンダルフォナが助け舟を出した。
「破壊の天使長の名前よ」
「九万体いるっていう奴? …ぐすん」
メヴァーエルが漸くレラーから離れた。そう、とカリエラは相槌を打って、徐に左腕を見せた。袖を捲ると、包帯が肘まで巻かれている。
「俺、修道女名は『ラファエラ』だけどな。実は守護天使はラファエルじゃねえんだ。カマエルなんだよ」
「あんまり聞いたことない天使様だね」
「当たり前だ。カマエルは破壊の天使、調和と統合のダアト国にはいない。こいつはアインの天使なんだ」
「アインに天使様っているんだ!?」
メヴァーエルが目を丸くする。カリエラは気にせず続けた。
「カマエルに守護される者は、徹底した破壊の力を約束される。但しそれには代償がある。それがこいつだ」
そう言って、カリエラは自分の左腕を包んでいた包帯を取り去った。その下から、真赤に染まった肌が露になる。否、肌ではない。皮膚が剥がれているのだ。抉れるようにではなく、本当に表面の部分だけが。三人が息を呑む。
「その天使の加護は、人間や天使見習いの肉体の限界を超える。こうして時々、力が暴走して、自分自身が破壊される」
「それ、治るの?」
ペラッカは僅かにでも力になろうと手を伸ばすが、カリエラはひょいと腕を持ち上げた。
「聖女の力じゃ治んねえけど、ほっとくと治る。…で、だ。この熊共、銃弾浴びせても火達磨にしても怯まなかったよな」
「うん」
「多分だけど…。こいつら、カマエルの加護を受けてる」
「え~? 動物なのに?」
「より正確には、カマエルの加護を受けた誰かから祝福されてこうなった…。と考えるべきだな」
「動物に天使様の力が宿るなんて聞いたことないよ。ダアト人は天使様になれるけど、アイン人と動物はなれないじゃん」
むっとしたようにサンダルフォナがメヴァーエルを睨んだが、メヴァーエルは何のことか分かっていないようだった。カリエラが話を戻す。
「何かイレギュラーな事が起こってる可能性がある。けど悪いけど、もう引き返せねえ。抑々ダアト人がアインの守護天使を知ってるなんてバレたら碌な事にならねえんだよ」
「カリエラはアイン人の末裔だから、アインの守護天使なの?」
「うーん、そうだな。そうともいえるな」
ペラッカは、ふーん、と少し納得したような、腑に落ちないような反応をした。問題は、とカリエラは更に続けた。
「お前らも知っての通り、守護天使っていうのは同じ天使を複数のダアトの天使見習いが持ってるもんだ。誰でも、誰かしらの加護を受けてる。けどな、アイン人はお前らの言うとおり、不信仰者の子孫だ。抑々守護天使の存在なんか信じてねえんだよ。そんな奴らが守護天使の力を使えるなんておかしい」
「う~んと、つまりアイン人なのに守護天使様の存在を信じてる変わり者がいるってこと~?」
「それならまだマシだ。問題は―――」
「ダアト人がアインに組している可能性…ね?」
「サンの言う通りだ。…もしかしたら、今回の旅から帰ったらハーヤー婆さんの所にしか行けなくなるかもしれねえ」
ペラッカはゾッとした。ダアト人でアインに組しているなど、分かったらただの追放じゃすまされない。もしかしたら対人関係まで洗いざらい追放かも知れないからだ。
「でも、進むしかないんでしょ?」
「ペラの言う通りだ。シルファーは俺達が思っているより深刻な事態になってる可能性がある。…急ぐぞ」




