EPISODE30 ハーヤーのいけ
翌日、メヴァーエルは一日中寝ているんじゃないかという勢いで眠っていたので、朝食には現れなかった。レラーは相変わらず、聞いてもいないことをベラベラと喋っている。修行を怠けている訳でもないのに、何故こんな体力が残っているのだろう。
「今日はウチが最後の仕上げなんだよね?」
「そうね。取りあえず今日は私も池の中入るよ」
手早く朝食を済ませて、二人は中庭の池に行った。ハーヤーが、頑張れと微笑み手を振っていた。
サンダルフォナはいつの間にか用意されていた軍手を取り、両手に嵌めると、指先から肘くらいまでしかない小さな木刀を二本構えた。
「私を三回叩けたらそこで修行終了だよ」
「わかった!」
筋肉馬鹿とは良く言った物で、レラーはいきなり奇声を上げてざぼざぼと突進してきた。動きは速い。確実に下半身は強化されている。水の抵抗がある状態での戦闘は経験していないが、良いハンデというものだ。頭の上で木刀を構え、レラーの攻撃を防ぐと、意外や身を直ぐに引いて突きを繰り出してきた。立木打ちしかさせていなかったのにも拘らず、何故突きの発想が出来たのか。やはりカリエラの見立ては正しかったのだろうか。
「いやああああ!」
左手から大きく振りかぶり、レラーのストレートが入る。バックステップを踏むには水はあまりに重い。両手で受け止めると、そのまま木刀が引き抜かれ、先端で効き手首を打たれ、一本木刀を落としてしまった。
「いいわよ、残り二回!」
「へやあああああ!」
池に沈んだ小さな木刀には目もくれず、サンダルフォナは構え方を変えた。攻めに転じるつもりだ。レラーの攻撃はどうやっても全て直線の動き。初動さえ見極めれば、その後の動きは容易に読める。数をこなせば二本取ることは容易いだろう。しかしそれでは修行の意味がない。攻撃は最大の防御である。それまでの受け身が嘘のように、サンダルフォナは猛攻にかかった。レラーは驚き、小さな木刀の勢いを往なしながら後退する。大きく振りかぶり、思い切りレラーの頭を狙うと、往なしきれずに木刀が弾き飛ばされた。が、レラーはそこで背中を見せなかった。攻撃によって生じた隙に、強烈なフックを入れる。流石に想定外だったので、受け身が上手く取れず水の中に倒れ込んだ。レラーはやりすぎたかと焦ったようだが、サンダルフォナの闘気が寧ろ増したのを見て、まだ修業は終わっていない、と獲物を取らずに両手を木刀代わりにして『斬』りかかる。その腕の木刀を読み切り、サンダルフォナはその力をそのまま往なして大きく背負い投げる。しかし水の中から、レラーの拳がサンダルフォナの額を打った。
「げほっ、げろげろ…。サンちゃん! ウチ結構本気で殴っちゃったけど大丈夫!?」
大丈夫と笑って、サンダルフォナは池から出た。が、レラーは出てこない。
「どうしたの?」
「こ、腰ぬけた………」
いつまでたっても平和ボケが抜けない。こんな調子で大丈夫だろうか。カリエラの計算の内に入っていると良いのだが…。
「お疲れ様、サンダルフォナ、レラー。メヴァーエルと一緒に、お菓子を焼いておいたから、一緒にお茶にしましょう」
「お菓子!」
ざばざばとレラーが立ち上がった。腰が抜けたのではなかったのか。
こんな状態を三人分もやっていたのだ。カリエラも相当骨が折れていたのだろう。サンダルフォナは二人だけでも辛い。レラーがペンションの中に入ったのを確認し、ハーヤーが近づいてきた。
「お嬢の具合は本当に大丈夫なのかい?」
「ええ、少なくともアダム大司祭はそう言ってます」
「そうじゃなくて…。『天使』のこと」
ぴく、サンダルフォナの眉が動く。
「………。正直、私も分からないんです」
「必要なら薬を手配するよ」
「今の所、それを使うべき場面は見ていない…。でも、西アインには気がかりな事もあるし…北のヴィアナルス会を相手に、今のメンバーでどこまで持つか…」
「なら、これを持っておいで」
ハーヤーはサンダルフォナに、ハンドサイズのアルミケースと、掌に隠れてしまうくらいの小さな銃を握らせた。
「ハーヤー、これは…」
「お嬢の身体はもうボロボロさ。いつはち切れるか分からない。…もし、地獄を見ているようなら、別の地獄を見せてやるのが愛ってこともあるのさ」
「………ッ」
ギリッと眉が顰められる。しかしハーヤーは気にせず腕を組み、西の城壁を見た。
「それより…。あの話は本当なんだろうね」
「本当よ。私は恩人の貴方に嘘はつかないわ」
「ま…。アンタがわたしの可愛い従業員であることには変わりないけどね」
けど、と、ハーヤーは平素からは考えられないような鋭い眼光でサンダルフォナを睨みつけた。
「お嬢を死なせたら、ペンション・ハーヤーは勿論、わたし達の後ろ盾は無いと思いな」
「ええ、分かってるわ。私もカリエラを死なせたりなんか絶対しない。なんとしてもあのガキ共からカリエラを護る。………あの子は私のオンリーワンだから」
「分かってるのならいいのさ。………、さ、行きましょうサンダルフォナ」
ハーヤーは元の慈悲深い笑顔に戻った。




