EPISODE2 ペラッカのいえ
寒い空に舞っていた桜は散り、まもなく葉桜が芽吹くと言う頃だった。五月の優しい日差しに、そろそろ初夏の匂いがし始めると言う頃。ペラッカは結局、ヤハーエル学校卒業後、実家の手伝いをしている。年の離れた兄とその嫁が花を売り、自分は家にある沢山のハーブや薬草を勉強しながら、せっせと育てているのだ。しかし中々楽しい。薬草は料理にも使えて、幸いなことにペラッカは料理が嫌いではなかったからだ。
その日は久しぶりにシスター・ラファエラこと、カリエラが家に来ることになっていたので、ペラッカは早く起きてアンニントウフをつくっていた。アンニントウフは喉に優しい。そろそろカリエラが体調を崩す時期だろうと思っていたのである。国に認められた天使に近い存在が来るとなって、家は騒然となるかと思ったが、ペラッカの家には何度かカリエラが遊びに来たこともあるので、結局面通りのない兄嫁だけがそわそわとしていたのだった。
チャイムが鳴って、ペラッカはドキドキしながらドアを開け―――そして閉めた。
「ワーッ! 何で閉めるんだよ、薄情者!」
「あたしの知り合いにそんな変人はいません。帰ってください。ってか帰れ」
「ばかばかばか! 話くらい聞け! 天下の修道女が直々に来てんだぞ! 開けろったら開けろ!」
「どこにそんな派手な修道女がいんのさ!」
「バッカ、カメレオンの許可なら貰ってらい、良いから入れろ!」
押し問答の末、渋々ペラッカはドアを開けた。何事かと心配して駆け付けた兄嫁も凍りつく。カリエラは長い髪を一本に縛り、斜め掛けのバッグを丸々太らせ、紫のジャージに青い前掛け、それもマントと一体化しているような形の物をし、更にロールプレイングゲームの装備品にありそうな、しかし本物っぽい鉄製の杖まで持っている。完全に不審者だった。ぱくぱくしている兄嫁をどかし、アンニントウフを差し出すと、喉が渇いていたと美味そうに食べてくれた。…否否、問題はそんな事ではなく。しかし聞けない。
「あんな、今日はカメレオンの命令もってきた」
「カリエラ、辛いなら戻っておいでよ」
本当に頭が湧いたかと思った。先述している通り、ペラッカは何の取り柄もなければ変哲もない、寧ろ国の為に働かず、ぐうたらと惰性で動いているニートである。そんな一介の天使見習いにダアト法王の勅令が下る筈がない。笑い飛ばしたペラッカに、カリエラはスプーンを銜えたまま、ずいと何かの紙を見せた。金粉がちりばめられ、複雑な字の判子が押してあり、これまた複雑な字のサインが二つ。それに署名欄が一つ。どうやら保護者のサインがいるらしい。そして一番上には、『勅令』の字。
………本物だろうか。
「カメレオン直筆のサイン。正真正銘、教会からの公式の命令だ」
「…………。えええええええええええ!!!」
ペラッカは飛び跳ね、椅子から転げ落ちた。硬直の解けた兄嫁が、再び部屋の入り口で固まる。
「お前、明日から聖女」
「…………。は、は?」
「お前、明日から聖女」
カリエラはアンニントウフを平らげ、もう一度繰り返した。何を言っているかサッパリわからない。ペラッカは紙を恐る恐る受け取り、読む。
「『クッラペ花屋の娘ペラッカを聖女と認定し、奉仕を命令する』…? 何これ意味不明なんだけど!」
「おう、俺も意味不明」
あっさり丸投げされた。兄嫁が表にいる家族を呼びに部屋を出て行った。要するにな、と、カリエラはスプーンをぴこぴこ動かし、言った。
「城壁の向こうに何があるか知ってっか?」
「アインでしょ?」
アイン、即ち『無』。国民が忌み嫌う『追放者』の住む地域だ。つまり、中途半端な信仰によって辛うじて終末を生き残った『人間』達の末裔が住む場所でもある。そこの人々は未だ天使になる事が出来ず、病み、老い、死ぬと言われている。ダアトに来たとしても、その穢れた血は受け継がれ、アインに系譜を持つ天使見習いは老いていくし、天使になる前に死ぬ事もある。ハーヤーは実際老いているので、どこかからかアインの血を受け継いでいると言う事になる。
「そ。東西南北のアイン地区があんの。そこに宣教師としてお前が選ばれたワケ」
「ええええー!! やだよやだよ絶対ヤダ!! あそこヘンナノがいっぱいいるんじゃん! 怖いよ絶対嫌!」
「まあまあ落ち着け。実を言うとなァ、これもう決定事項で動かせないんだわ」
だって教会のやることだし、と、カリエラは肩をすくめる。わああ、とペラッカは頭を抱えた。
「冗談じゃないよ! カリエラ銃火器の扱い得意でしょ!? あたしの身代わりになってよー!」
「無理。だって俺にも勅令下ったし」
「そんなあ…」
ペラッカは項垂れる。ペラッカは自分の分のアンニントウフを差し出した。別に他意はなかったのだが、カリエラはそれを受け取り、変更できねえよ、ともう一度言った。そしてもう一枚の紙を見せる。勅令の紙だ。今度は指名の部分がシスター・ラファエラになっている。つまりカリエラのことだ。現在彼女は国に仕える公人である為、カリエラ・アンモナという名前を使うことは殆どない。
「『聖女ペラッカの護衛を命じる』…?」
「そゆこと。俺、お前の護衛なわけ。だから身代わり無理」
「二人旅するの?」
「うんにゃ、五人旅」
五人、咄嗟にあの卒業間近の日のことを思い出す。にやりとカリエラは笑い、そう、と首肯した。
「サンダルフォナ、レラー、メヴァーエル・ミカエリにも正式に勅令が下ってる。お前の護衛兼俺の部下」
「誰か拒否してないの?」
「サンは二つ返事でオッケーしたし、レラーは『面白そう』だし、メヴァーエルは天使様の真似が出来るって喜んでた」
何と自分は馬鹿な友人を持ったのだろう。ペラッカはレラーを心の底から馬鹿だと思った。
「襲われる…殺されるよぉ」
「その為に俺がいる。そして厳しい道中を楽しくするため、俺がせっせとつくってたのが、コレだ!」
じゃーん、とカリエラがバックを突き出した。見てみろ、と言うので、渋々中身を見てみる。中には真っ白なマントが一着と、サークレットが一つ。一体何だろうと思案して、カリエラの顔を見た時、ピンッと来た。
「衣装?」
「そ! 勇者っぽいだろ! 入会してすぐに俺がつくったんだぜ!」
「嬉しくなーい! 勇者ってラスボスまでの間に死にかけるじゃん! しかも今回の旅、行ったところでラスボスいないじゃん! ってかあたし聖女じゃーん! 勇者じゃなくってもっと清楚なのがいい!」
「何だと、俺の手作りに文句あんのかよ!」
「そうじゃないよ! 根本的に問題があるのー!」
「何が悪い! 護衛を四人も侍らせるんだぞ! 女王様だぞ!」
「だからそういう問題じゃなーい!」
そこに、兄嫁がペラッカの家族を連れてきた。カリエラは今までのじゃじゃ馬のような声から一変、ころころと鈴の転がるような声で家族に挨拶をし、すっと勅令書を見せた。家族は一様にそれを覗き込み、仰天したが、すぐにあっさりと保護者の欄にサインしてしまった。ぎょっとしてペラッカは抗議するが、『天使様の命令を承るなんて光栄だ』と言って大喜びで、まるで話にならない。我が家族はこんなにも馬鹿だっただろうか。
「防御力はそこそこ考えてあるんだぜ。それつけて、丈夫な上下そろえて、お前は俺達に守られてりゃいいんだ」
「ちょ、それってあたしいる意味あるの?」
「ある。ちょっと手、出せ」
そう言われ、ペラッカは素直に手を出す。カリエラがその左手の薬指に、銀色の指輪を通した。さぁっと血の気が引き、手を引っ込める。
「馬鹿、何想像してやがる。良く見てみな」
「………?」
とても綺麗な金の指輪。太陽をモチーフにしたらしい装飾で、『インマヌエロハ』と書かれている。
「『エロハは我らと共に』…? エロハって、生命の神名だよね」
「そ。その指輪、俺嵌まんねえんだわ。お前の力で奇跡起こせ」
「…………。えええええええええ!!!」
再びペラッカは椅子から転がり落ちた。家族はもう卒倒して、あっちはあっちでにぎやかにやっている。
「やややや、ヤダよ! そんな力ないよ!」
「大丈夫。いざとなったらイカサマするし。それでも治らなくても奇跡なんか信じないで終わるし」
「やだー! 絶対ヤダ! 逆恨みされるよ!」
返す! そう言ってペラッカが指輪をはずそうとした時、パァン、とすぐ耳元で破裂音がした。カリエラが銃を抜いたのだ。頬が切れて血が流れる。凍りついたペラッカの左手を、ちょいちょいと指差された。指輪をはめた手で血を拭うと、痛みが消え、傷がふさがったことが分かった。驚いて鏡を見てみると、確かにふさがっている。
「な? 少しは俺を信用しろ」
「………わかったよ、いくよ、行けばいいんでしょ、もうどうにでもしてよ!」
よっしゃ、とカリエラは笑うと、御馳走さんと言って、席を立った。もう行くのかと言うと、バッグはもってていいと返事にならない返事をされた。玄関まで送っていくと、カリエラは振り向いて言った。
「明日、十時にペンション・ハーヤーに来いよ」
「もう行っちゃうの?」
「ああ、サンとレラーとメヴィんとこ行って来なきゃ」
え、まさか、と、ペラッカは顔を歪めた。
「ん? ああ、嘘も方便って言葉知ってっか? ペラッカさん」
「………!!! 騙されたァー!!!」
後悔先に立たずであった。