EPISODE22 ちんもくのしゅうらく
即席の橋を渡って暫く歩いていると、思い出したようにサンダルフォナが言った。
「集落についたら、私の事はシスターって呼ぶのよ」
「え、何で?」
「だって本来、このコスプレはカリエラのでしょ? 名前を明かさないようにするためよ」
「じゃ、ラファエラ修道女って呼ぶの?」
「ううん、シスターだけでいいよ。言い逃れできるように」
ちゃっかりしている。その実に腹立たしい言い逃れの仕方はカリエラそっくりだ。
ジャングルを切り開いたらしい土地が見えてくる。入り口には物見の塔もあるが、ジャングルの中から現れるものが見えるのだろうか。とりあえず今は誰もいないらしい。
集落の中では、広場で子供がボールで遊んでいる。恐らく流刑人同士の子供だろう。子供たちは自分達に気がつくと、慌ててボールを拾い、離散した。怖がられているらしい。
「まあ旅人なんてこないだろうしね」
「いや、絶対チェーンソーに吃驚したんだと思うよ」
ペラッカのまともな突っ込みを受けて、さも今気がついたと言わんばかりに、サンダルフォナはカバーをかぶせた。子供たちに呼ばれて、村の若い衆がぞろぞろと出てくる。物騒なことに、その手にはボウガンらしきものまである。気の所為でなければ引き金に指もかかっている。チェーンソーを持った変な格好の女が入ってこれば、その反応も仕方ないだろう。完全に自分達の方が不審者である。
「ど、どうすんの、サ…シスター!」
サンダルフォナは何も言わない。チェーンソーも下ろさない。しばし沈黙が続く。痺れを切らしたように、若い衆の一人が話しかけてきた。
「新しい流刑人か?」
「違うわ。私達はパラベラム会の関係者よ」
ざわざわと若い衆がざわめきだす。何か心当たりでもあるのだろうか。
「ラファエラ修道女か?」
「パラベラム会の使者です」
なんと嫌らしい言い方をするのだ。サンダルフォナはニコニコ笑って黙っている。これはもしかすると、と、ペラッカは機転を働かせ、手を挙げて進み出た。
「あのあの、あの! あたし聖女やってます! お話があってきました! お話させてください!」
力強く進み出たためか、ボウガンの先が向けられ人波が動いた。サンダルフォナの後ろに隠れる。隠してはくれるので、カリエラほどではない。若い衆たちは顔を見合わせ、ぼそぼそ相談していたが、先ほど話しかけてきた男が無言のまま背を向けた。それにつられて、男たちは道を開ける。ついて来いと言っているのだろう。生きてる、生きてると自分に念じながら、ペラッカはサンダルフォナの後ろに引っ付いたまま歩いた。後方の二人はどうかと思って後ろを見ると、男たちが道を開けていることに気を良くし、腰に手を当て、肩をくねらせて歩いている。
…最高に馬鹿馬鹿しくなった。
「ね、ねえ、ああいったけど、あたし何を話せばいいの?」
「そろそろ自立しなさい」
「それ丸投げっていうんだよ!」
「始めと変わらないんじゃない? 自分たちの味方になるように言えばいいのよ。事情、分かってるでしょ?」
なんでそんなにもあっけらかんと言えるのだ。カリエラはまだお手本を見せてくれたが、サンダルフォナは鬼畜にも自分に丸投げである。今すぐここで発狂したフリをしたらカリエラが助けに来てくれないだろうかと思ったが、そういえば喧嘩別れだったと思い気まずくなる。
長の家らしい大きな茅葺の家に通される。中では真っ赤な襦袢を着て、髪を服のように巻きつけた妖艶な美女が肘掛けにもたれかかっていた。畳一段分高い座敷に座り、此方をねめつける様に見上げるその姿は、若さにふさわしくない、老婆のような狡猾ささえ感じる。
「ぬし様が聖女様でありんすか?」
「は、はい! ペラッカといいます!」
「そうでありんすか。わっちはこの島に流された時に、名も捨ててしまいんしたので、気軽に、『女王様』とでも呼んでおくんなんし」
カリエラが年を取ったらこんな風になるのだろうか。
何はともあれ、ペラッカは一生懸命事情を説明した。北の方の怪しい動きのこと、中立ではなくこちらへついてほしいこと、これは神託であり、自分はそのために遣わされた聖女である、と最後に締めくくる。女王は黙って聞いていて、時々煙草を呑んだ。
「話はよくわかりんした…。けど、ぬし様、まさかわっちらが、本当に教会と手を組むとお思いでありんすか」
「へ?」
「わっちらは、教会の一方的な、謂わば差別や偏見で、こんな毒の生える島に流された被害者でありんす。それなのに教会を助けて、その保護を受ける天使見習い様と抱擁を交わす…? …虫唾が走るぁ!!!」
「ひゃああ!!!」
巻き舌で怒鳴られ、ペラッカは縮み上がった。レラーとメヴァーエルも、辺りを気にして震えている。サンダルフォナだけが静かに前を向いている。
「この間もそんな虫のいい話を持ってきた小僧がいんしたが…。わっちらの考えは変わりんせん。とっとと出て行って、神体に唾をかけておくんなんし!!」
「小僧? 小娘ではなく?」
サンダルフォナが眉を潜めた。
「そうでありんす。二人組の白いコートを着た、暑苦しい二人でありんしたが…。見たところ、教会の天使見習い様とやらでは、なかったようでありんすなぁ…」
サンダルフォナは何か考え込んでいる。重い沈黙。一体どうしようと目線だけを動かしていた、その時、天の助けが聞こえた。しかしその割には緊迫して焦っている。天の助けは野太い声で言った。
「てぇへんだ、女王様! ゼブルビューブの村から人が来た! 怪我してるみてぇだ」
「何がありんした?」
「へえ、それが、北のヴィアナルス組が突然進軍してきたとかで…」
「なんですって!?」
逸早く動いたのはサンダルフォナだった。どこかでそんな名前を聞いたなあ、くらいにしかレラーとメヴァーエルは思っていないらしい。
「女王様! もし北がゼブルビューブを征服したら、この集落にも手を伸ばすはずです。交戦します、助けてください!」
「お、お願いします!」
サンダルフォナが縋りつく。ペラッカも真似をした。ゼブルビューブの村にはカリエラが一人残されている。心配で仕方がないのだろう。
「なしてそう思うんでありんすか? もしかして…聖女様が欲しいから、とか?」
「え!? あたしなの!?」
「違います。でも理由ならたくさんあります、それを説明している暇はありません」
「お断りでありんす。わっちらには関係のない争いでありんすから」
ペラッカは尚も交渉しようとしたが、サンダルフォナは見切りをつけ、チェーンソーを抜いた。若い衆のボウガンの先など恐れず、家を出ていく。レラー、メヴァーエルがそれを追い、ペラッカが残されてしまった。
「女王様、どうしてそんな風に、困ってる人を無視できるんですか?」
「…何をおっしゃるんでありんすか、聖女様」
女王は煙草を呑み、ふぅっとペラッカに吹き付けた。
「ぬし様らが、わっちらにそうしてきたんでありんしょう?」
「………少なくともそれは、あたしたちじゃないッ!」
そんなことをした覚えはない。ペラッカにとってアインとはそういう場所だった。こんな奴らの加勢など、此方から願い下げだ。ペラッカは女王を軽蔑した眼で睨むと、後を追いかけようとした。が、その前に女王の一声で、男たちが道を塞ぐ。
「聞き捨てなりんせんなぁ…。そんなにぬし様は違うと思うんなら、証明してみんさい」
女王はそういうと、此方に何かを投げてよこした。鍵の様だ。
「わっちらのバイクを無期限無利子で貸しておいてありんすから」




