EPISODE16 パラベラムかい
第二章 白砂青松
旅立ちの日が晩春であった事を考えると、草原を一周したのだから当り前ではあるのだが、季節は真夏であった。外は強い日差しで、石畳で卵が焼けそうである。真夏になると家族連れがペンションにくることもあり、ハーヤーは大忙しだった。従業員のサンダルフォナも然り。慣れない旅を続けていたご褒美だと言って、カリエラは二週間の休暇をくれたが、実際はカリエラも事務処理が溜まっていただけらしい。旅の事は一切口外しないと硬く約束させ、修行をしたいと言うレラーとメヴァーエルに宿題を出し、カリエラは修道会に一度戻った。ペラッカはというと、特に何も言われていないが、これから聖女と言う肩書に振り回されることもあるだろうから、心の整理をつけろと言われている気がしていたので、二週間、開いた時間には殆ど大聖堂に行き、祈祷と言う名の居眠りをしていた。
明日で休暇が終わると言う時、ペラッカはふと、カリエラに会いに行ってみようと言う気になった。何と言ったって修道会である。公務員の宿舎に一般人は入れない。しかしペラッカには、秘密裏、一時的とはいえ公的な身分がある。今ならどうにかなるかもしれない。そう思ったのである。
パラベラム会はその職務の都合上、至るところに支部があるが、カリエラがいるのは本部、つまり大神殿の警備を担当する部署であると言う。剣を携えた天使の像が堂々と鎮座した、修道院とは名ばかりの威圧的で豪華な建物であった。
「………こんにちはぁ」
修道会は射撃練習場と宿舎と、一般人が相談事をしたりする所謂公務の場と三か所に分かれている。ペラッカはとりあえず受付に行ってみた。カリエラとは違う、白い修道服を着た中年の女が、どうしましたかと微笑んでくる。
「カ…。ラファエラ修道女に会いたいんです。ここにいる筈なんですけど、会えますか?」
「お約束はしていらっしゃいますか?」
「してないです」
「申し訳ありませんが、一般の方の修道女への面会は禁止されております。お引き取りを…」
そこまで言って、中年の修道女はビクッと口を噤んだ。誰か入ってきたらしい。誰だろうと振り向くと、自分より少し幼げな男女が、数人の護衛を従えていた。カリエラの修道服とはかなり違うが、彼らも修道会の幹部らしい。偉そうである。物凄く偉そうである。しかし不遜ではなく、ペラッカが自分達の身分に気付かずポケッとしているのを見て、一般人だと気がついたようで、女の方が声をかけた。
「何か御用かしら? お嬢さん」
年上、というより他人に敬語を使うような身分ではないらしい。
「シスターに会いに来たんですけど、会わせてくれないんです」
「約束を取り付けてない人とは会わせられないの。ごめんなさいね」
やっぱりだめかあ、やっぱり顔パスなんてかっこいい事できないかあ、ペラッカは心の中で溜息をつき、すみませんと頭を下げた。男の方は、辺りを見回して、あそこが汚い、これは何だと職員を困らせている。どうやら視察団らしい。
「まあ待ちなよイシャ。こんな小さい子が態々シスターに会いたいなんて、大した信仰心じゃないか。会わせてあげようよ」
確実に年を低く見られている。
「イシュは何でそう…。シスターだって忙しいし、ボク達だって忙しいんだからね!」
ボクっ娘か…。カリエラみたいなのが修道会にもいるのか。修道会と言ってもそんな大したことないんだろうな。ペラッカはバチ当たりな事を考える。
「それで? 誰に会いたいの?」
「ラファエラ修道女です」
「本部の修道女かな?」
「はい。今年入った…」
すると、イシュというらしい男の顔付きが変わった。顔付き、というより顔色と言うべきだろうか。物凄い失敗をしてしまったかのような顔だ。
「ラファエラ修道女…? 本部に…今年入会した?」
「はい。本名はカリエラ―――」
ひいいっと、イシャが悲鳴を上げた。護衛達は何が何だかわからないらしい。イシュは叫んだ。
「おいお前達! ぼく達はこれから命にかかわる大事な用があるから、あと視察適当にやっておいて!」
「申し訳ありません! 今お連れしますわ、さあこちらへ!」
ペラッカが聖女ということは知らなそうだが、どうやらヤハーエル学校の悪女は修道会でもその悪名を轟かせているらしい。イシャに手を引かれ、ペラッカは奥へ通された。どうやら宿舎に直接つながっているらしい。一階に儀礼の間があり、二階に修道女の個室がずらり。その内の一つをイシュが叩いたが、返事がない。良く見ると、『外出中』のパネルが置かれていた。
「あ、あの、いないなら―――」
「姉御がいるとしたら、後はモーシェ司祭の部屋?」
「そうね、行きましょう」
何だか大変なことになってしまったな、とペラッカは内心焦っていたが、それ以上に二人は焦っていた。三階に登ると、今度は司祭の部屋がやっぱりずらり。教会の地位は、修道女、司祭、大司祭、司教、大司教、法王と高くなっていく。億劫もなく司祭の部屋が並ぶ空間を駆け抜ける二人は、一体何者なのだろう。一番奥の部屋のプレートが、『モーシェ』とかかれている。だんだんだん、と焦ってイシュが叩くと、すぐに中から声がした。少し待てと言うので待っていると、しばらくして、ひ弱そうな男が出てきた。色が白くてひょろひょろの、もやしのような男である。敢えて言うならば豆もやしだ。
「い!? アダムさま、エバさま、お揃いで一体…」
イシュとイシャの修道名だろうか。
「ラファエラ修道女はいないか? 部屋にいなかったんだ」
すると奥から、いるぞー、と間延びした声が聞こえた。此処まで大ごとになって連れてきてもらって何だが、特にこれと言ってペラッカは用がない。今更引けないし、どうしよう…。
「姉御! お客様がいらっしゃっています」
「誰だぁ?」
「…カリエラぁ…」
そっと呼んでみると、三人はこちらをぎょっとした顔で見た。何かまずい事をしてしまっただろうか。ペラッカは縮こまった。声を聞いて客を判別したカリエラが奥から出てきた。当り前だが修道服を着ている。とても似合わない。
「おー! ペラ! どうしたんだよ、何か用があったのか?」
「あ、用事というか…」
「おいこらヨナ、何道塞いでんだよ、入れろよ」
そう言ってカリエラは豆もやしを退かした。恐らくヨナが本名、モーシェが修道名だろう。いや、ここは貴方の部屋じゃない、と誰も突っ込む者はいない。
「丁度お茶してたんだよ、イシュとイシャも来いよ」
「おじゃまします」
二人は忙しいんじゃなかったのか。しかし彼らは怯えているというより、本心は嬉しそうだ。成程、命にかかわる、というのはシリアスな意味合いではなかったようだ。悪女は悪女でも、それは尊称であったらしい。なんだかんだいって、彼らもサボりたいと言う時、カリエラはそれを察して強引にサボらせてくれるのだろう。
「ヨナぁ、カップどこ?」
「あの、僕の部屋にカップは二つしか…」
「はあ? この間信者から献品があっただろ?」
「何で知ってるの…。使ってない奴なら一番奥の棚に…」
「届かないーっ!」
「…はいはい」
………気のせいだろうか。カリエラの笑顔が、何だか可愛い。座ってください、と、イシャにすすめられ、とりあえずソファに座る。部屋は一人暮らしには十分な広さであるが、流石に五人もいると狭い。
「あの、貴方の名前を教えてくれませんか? 姉御のお友達なんですよね」
「あ、あねご…」
何となく、修道女の間でのカリエラのキャラが分かった。イシャは目を輝かせながら此方に興味津々だが、イシュは若干埃や汚れが気になっているようだ。潔癖症らしい。
「ペラッカと言います。西区で花屋やってます」
「西区の花屋っていうと、クッラペ花屋?」
「ああ、そうです」
「あそこのお嬢さんなのね! 姉御から聞いたことあります!」
「え、なんてですか?」
「イシャ!!」
イシュに止められ、イシャは黙る。何だ、何なんだ、物凄く気になるではないか。二人は誤魔化しの笑顔を浮かべた。
「なんてことはねえぞ、西区の花屋に俺のダチがいるって話をしたんだ」
「ダチ!?」
カリエラはそんな歯の浮くような台詞は好まない。何だ、今日のカリエラはおかしい、修道会の中だからか。が、トレイに人数分のティーカップを乗せて運んでくるカリエラを見て、ペラッカは寒気がした。向かい合うソファにもそっと座るし、気の所為でなければ膝をつけて、脇も閉めている。なんというか…女性の骨格に非常に素直である。
…………これは、もしかして、もしかすると。
「クッラペ花屋のペラッカ嬢というと、姉御が護衛してる方ですね」
「え? えっと…」
言っていい物かとカリエラを見ると、カリエラは思わずペラッカが噴き出してしまいそうなほどに上品にカップを傾けていた。が、ペラッカが笑いをこらえながらこっちを見ているのに気がつくと、カップを戻して言った。
「そうだぞ。例のヘタレ聖女」
「ヘタレなんて言わないでくださいッスよ。すげー可愛い子じゃないッスか」
間にイシャがいたが、思わずペラッカは身構えた。カリエラはニヤニヤ笑い、ヨナに振る。
「どうよ、ヨナ? ペラッカって可愛い?」
「…とても、愛らしいとは思いますよ」
完全に年下に見られている。小さいからか、小さいからいけないのか。カリエラは三者三様の御世辞を存分に聞きだし、ニヤニヤしながら言った。
「時にペラッカっていくつだと思う?」
「…十五歳位ッスか?」
「姉御より下っぽいです」
「僕もそう思うかな」
テンポよく答えられ、ペラッカは耐えられず頭を抱えた。カリエラはそれを見て、きゃっきゃっきゃっと笑った。ガハガハとは笑わない。
「は・ず・れ! そいつ、俺の同期。同い年!」
「…………」
気まずそうに全員目をそらした。これはこれで辛い。
「あっはははは! 駄目だろ、ちゃんと人は見ろっつってんだろー! きゃはははは!」
「…ラファエラ修道女、人のコンプレックスを笑うのはどうかと思いますよ」
そんな事彼女に行っても無駄だと思ったが、意外やカリエラはしおらしく黙り込んだ。ははん、そういうことか、と、ペラッカもにやにやが止まらない。悪い、と小さくカリエラが謝ったので、それは確信に変わった。
その後は囁かに雑談していたが、イシュとイシャの護衛が駆け付けた為にお開きになった。特に用があるわけでもなかったし、ペラッカはメヴァーエルほど野暮でもないので、引き上げることにした。明日の待ち合わせの時になったら、存分にからかってやろう。




