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仮想遊戯  作者: 菊華紫苑
第一章 一望千里
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EPISODE14 サデュソンたんこう

 またまたお尋ね者の様にこそこそと屋敷を出た一行が目指す場所は、屋敷の裏口からすぐ見えた。しかし入り口は頑丈に板が張り付けられ、封鎖されてしまっていた。レラーが叩いてみたり、メヴァーエルが燃やしてみたりしたが剥がれない。掘立小屋の形だけの鍵を開け、中に入ると、そこは炭鉱夫の休憩所だったらしい。カビの生えたベッドが二つと、ハンモックが二つ。板を剥がせそうなネイルハンマーがあったので、頂戴した。小屋の中には、屋敷で見つけた悪趣味な地図と同じ物があったが、とてもボロボロで取り換えられそうになかった。

「釘を素直に抜かないと駄目そうよ。ペラやって」

「えー!? あたしなの!? この場合あたしがやったら捕まっちゃわない!?」

「もう私達強盗みたいなものよ」

 言い返せず、ペラッカは酷く落ち込んだが、落ち込んでいて誰か来ては堪らない。言われたとおりに、爪に釘をひっかけ、引き抜いた。バキバキと音を立てて破壊を続けて行くと、漸く人一人が通れそうなくらいにまで壊れる。つかれたよ、と、ペラは溜息をついた。

 炭鉱の中は鉄くさいのかと思ったが、まず鼻をついたのは凄まじい獣の匂いと、糞尿の匂いだった。恐らく動物のそれなのだろうが、思わず吐き気を催した。これならば多少危険でも平原を通った方が良いと思ったが、サンダルフォナは少し顔を歪めた物の気にしていないようで、進むしかなさそうだ。

 入口に、何か大きな鉄の乗り物があった。五人はどうにか乗れそうである。

「これ、何?」

「トロッコ。荷車みたいなものね」

 トロッコの中にカリエラを座らせ、サンダルフォナは中に乗り込む。おいでおいで、というので、三人もそれに続いた。何だか少し傾斜がかかっている気がする。しかし動かない。一体どうやって動くのだろうと思って身を乗り出すと、線路が見えた。

「暗いわねえ…。これじゃよくわかんないわ。メヴィ、蝋燭みたく火、出せない?」

「出来るかな?」

 メヴァーエルは適当にステッキを外に向け、細く炎を出そうとした。が、いつものように火の玉しか出ない。一瞬照らし出された、いくつかの古い蝋燭に山カンで炎を当てると、大分明るくなった。

「あんまり打つとガス欠になっちゃうわ」

「上出来上出来、結構広いわねえ…」

「でも相変わらずくっさ~い! しかもこうして見るとトロッコって本当せっま~い!」

 レラーが思い切り身体を反り、伸びをする。と、腕に何か当たった。

 がくん。

 へ? と四人は顔を合わせた。次の瞬間、たんたんたんたん…と、トロッコが動き出した。

「うおお! 動いた! 動いた! ねえねえ、なんで~!?」

「し、知らないわよ…。って、何だか早すぎない?」

「ねえ! 前! 前!!」

 エッと振り向くと、すぐ目の前に壁が迫っていた。ぶつかる! サンダルフォナはカリエラの頭を抱えて目を閉じた。しかし衝撃は来ない。が、重力のかかり方がおかしい。目を開けると、目の前に広がる凄まじい奈落。

 ………まさか。

「え、うそ、冗談でしょ!?」

「うわあああ、落ちる!! 落ちるうううう!!」

 どうやらあのトロッコは、壊れていたらしい。トロッコが、というより、線路が途中で切れているのだ。ひゅう、と投げ出されたトロッコは壁に激突することこそなかったが、垂直に落下した。そして、がっちゃんと派手な金属音がし、上の方でなにか、がらがらと滑車が回るような音がし始めた。そして徐々に落下速度が落ちて行く。そしてやがて、静かに止まった。何か立て穴の様な場所で中途半端に止まっている。

「うわああ、誰よ、一体スイッチ入れたの!? 死ぬかと思ったわ!!」

「うわあああん、カリエラちゃんが無意識にやったんだよおおお」

 事の原因がレラーであることには誰も気がついていない。

「それにしても暗いわね。何でこんなところで止まったの? 何かにぶつかったのかな」

「暗いなら明るくすれば良いのよ」

 メヴァーエルが上に向けて火の玉を出した。火の玉はひゅーっと昇って行き、何かにぶつかった。じじじ、と何か燃える音が………。

「メヴィのバカあああ!」

「何よペラ! なんか文句あんの!」

「うわわわ! 揺れる! 揺れ―――」

 そしてその音は、何故か酷くペラッカの耳に印象的に残った。再びトロッコは急降下する。立て穴に四人の悲鳴がぶつかり、響き、またぶつかり、ぐわんぐわんと下手な金管楽器のようだった。時間にしてどれくらいだっただろうか、一瞬吸い込んだ息が全て悲鳴に変わるくらいの時間は落下した。そして、激しい滝が下から湧きあがったような衝撃で身体が浮かび、外に放り出された。トロッコが壊れてしまったらしい。ペラッカは、ひゅーん、と蛙の様に放り出され、ずべーっと腹から落下した。

「………あいだだだ…ぐええ…。ふえええん…」

「…んもー! サイッアク! 何なのあのトロッコ、すんごいボロじゃん!」

「最後の一発はメヴィのせいじゃん…」

「何よ! うちが何したっての!」

 説明するのも億劫で、ペラッカは溜息をついた。辺りは真っ暗で、メヴィが再び小さく灯りをともす。今度は上手く、蝋燭の様にともせたようだ。辺りはやはり広く、採掘の跡が残っている。かなりたくさんの道が枝分かれしており、ここは丁度分岐点らしい。

「ねえ…今どこにいるの? なんかすごい道があるけど、どれが正解?」

「んっとね…」

 こんな時でもサンダルフォナは冷静で、意識のないカリエラが頭を打っていない事を確認すると、ペラッカの荷物から地図を取り出した。もうペラッカ達は自分達がどこにいるのか分からないが、サンダルフォナは分かるらしい。

「右から四番目の道だね」

「四番目って、あれ?」

 メヴァーエルが炎で照らしたのは、随分と苔むした道だった。何だか滑りそうだ。カリエラを背負って歩くのは大変そうである。メヴァーエルはブーツが汚れるとぶつぶつ言っているが、無視した。

「サン、カリエラ背負って行くにはちょっと厳しいんじゃない?」

「それくらいできるわよ。失礼ね」

 心配しただけだったのだが、サンダルフォナは至極不愉快だったらしい。さっさと行ってしまった。渋るメヴァーエルを、足元が見えないと先に行かせ、レラーとペラッカを置いていく。待って待ってと走ると、さっそく滑ってしまった。

 炭鉱はどこまでも暗く、時々拾う屑鉄以外本当に何もない。初めは会話についてきていたサンダルフォナも、段々口数が少なくなり、レラーに追い越され、ペラッカに追い越され、ついには膝をついてしまった。かなり息が上がって、くらくらしている。

「ねえ、サン、やっぱり代わろうか?」

「駄目よ。ペラは聖女なんだから、何かあったらカリエラに申し訳が立たないわ」

「う、うん…でも」

「大丈夫よ。鍛えてるから」

 有無を言わさないので、ペラッカは従うしかない。蒸し暑いわけでもないのに、寧ろ肌寒いくらいなのに、サンダルフォナは汗だくだ。修道服が纏わりついているのは良く分かる。

 しかし、これだけではなかった。

「………ねえ、なんだか息苦しくない?」

 サンダルフォナの道案内で、半分ほど来た時、ペラッカは大きく深呼吸して言った。レラーも何となく顔色が悪い気がする。メヴァーエルもそうだ。元気がない。疲れだろうか。

「灯りを消して」

「やだよ! 真っ暗じゃん!」

 メヴァーエルが言い返すと、サンダルフォナは今までの旅では一度も上げなかった怒鳴り声を上げた。

「消せって言ってんの!! 死にたいの!?」

「な、何よ、そんなに怒んなくたって!」

「早く消しなさい!!」

 しぶしぶメヴァーエルが消すと、暗所に慣れない目はパニックを起こした。ペラッカは直ぐ傍にいたはずのサンダルフォナを見失い、どこどこと手で探る。どこからかサンダルフォナが言った。

「良く聞いて。ここは炭鉱なの。火をずっと焚いていたから酸素が薄いんだわ。ここから、地下が深くなればますます酸素が減る。でも炭鉱は物理学によって空気が滞っていると言うことはないはずだし、出口が記されていた以上絶対に出られる。とにかく一度休憩しましょう」

「こ、こんな真っ暗な中で!? うち見えないんだけど!」

「酸欠の時は体力が落ちるから、休まなくては駄目。とにかく騒がないで呼吸を整えなさい」

「メヴィ、真っ暗なのは皆同じなんだから我慢しようよ」

 うー、とメヴァーエルは唸る。サンダルフォナが座り込んだ気配がした。

「何食べる? っていっても何も見えないから選べないけど」

「サンー、うちこんなとこやだよー、お日様の下がいいよー!」

 尚もメヴァーエルが駄々をこねたが、ペラッカは無視して、思い切って座った。ひんやり湿っていて気持ち悪い。どうしようかと思っていると、カチ、と音がして辺りが明るくなった。

「うわ…っ! ペンライト?」

「カリエラが持ってたわ。この子、やっぱり何でも持ってるのね」

「学生時代も、いつも絆創膏とか袋とかカッターとかすぐに取り出してたよね」

「ガーゼ持ってた時もあったよ~。あとソーイングセット」

「歩く四次元だからね、この子」

 早く目が覚めないかなあ、と、サンダルフォナはカリエラの首に指を当てた。脈をとっているんだろう。

「脈なし?」

「ペラ、それ死んでるから。うん、脈は普通だと思うわ。旅に出てからずっと気張ってたからね、疲れたのよ」

「一度も倒れなかったよね」

 ふふふ、とサンダルフォナは笑い、バッグの中からドリンク剤を取り出して口をつけた。

「結構気を使ってたのよ、カリエラ。皆そんな苦労も知らないで我儘ばっかり言ってたけどね」

「カリエラがムチャクチャなのよ」

 メヴァーエルらしい意見だが正論である。サンダルフォナは親父のようにドリンク剤を飲み干し、ごみ袋に入れる。ポイ捨てはしないのがカリエラの主義だからである。勿論、それを決めた時も、荷物が増えるとメヴァーエルが大騒ぎした。

「ダアトから出たことのない貴方達が、ここでどんな反応するか、分かってたんでしょうね」

「貴方達って…。サンはダアトから出た事あるの?」

「…………。まあ、ほら、ペンションには色んな人が来るからさ」

 あ、誤魔化された。言いたくないようなので深くは聞かないが、ペラッカはどうも釈然としない。

「でもカリエラも教会で認められた天使見習いなのに、よくアインに来る気になったよね」

「教会も色々あるんでしょ…。ましてカリエラはサラブレットだからね」

「サブレットって何~?」

「サラブレットね。まあ、エリートってことよ。祖父母が崇敬大司教でしょ、本人はパラベラム会に入る前にずっと施設にいたわけで。勅令が下ったと思ったら我儘三昧なのが三人もいるわけでしょ」

 さり気なくサンダルフォナが数に入っていない。

「しかも主役のはずの聖女はとんでもないヘタレな訳だし。でもやることはやらなきゃいけない。その為にはテンションとかモチベーションとか考えてあげなきゃいけないし、慣れない旅で何が起こるか分からない。カリエラはカリエラで凄い悩んで―――あいだ!!」

 どんっとサンダルフォナの身体が吹っ飛ぶ。あ、と目を丸くした三人の前には、若干短い健脚が、直角で膝を曲げている。

「………サン、てめぇ人がちょっと寝てれば調子付きやがってコノヤロォ…」

「もひゃ! カリエラ、もう大丈夫なの?」

「どっかのだれかさんの有り得ねえ妄想のお陰で頭にいい感じに血がのぼった」

 とはいえ、カリエラの舌が妙に回るのは照れ隠しの時だけだと知っている。まだ少しふらふらするらしいが、水のボトルを飲み干すと、大きくため息をついた。

「心配掛けたな。久しぶりにハッスルして疲れた」

「すんごい怖かった」

「おう喜べ。修道会に入れば毎日あのモードで怒ってやる」

 カリエラは長生きしないタイプだな、と何となく思った。起き上がったサンダルフォナは特に文句を言うわけでもなく、カリエラにスイートコーンの缶詰を放った。ごそごそと適当に選び、ペラッカ達にも渡す。ペラッカはサバの煮つけだった。あまり好きではないものだが、隣のメヴァーエルとレラーを見ると自分と同じようだったのであきらめた。

「ねえ、わざわざこんな小汚い炭鉱にくる必要なんかあったの?」

「あー、サデュソンでボコられてフェルゴルビーでボコられて食料無しの歩き通しで帰るっていう方法もある」

 今までやってきた事を考えれば当然である。

「ねえカリエラ…。なんであたし達、あんな強盗みたいな真似しなきゃなんなかったのさ…。あれドロボーと何も変わんなくない? てか、ドロボーだよ」

「うん、ドロボーだな。…と、言いたいところだけど、お前らにはそろそろ話しておくかな」

 そう言って、カリエラは再びバッグを漁ると、天使の鱗粉の入った瓶を見せた。カリエラが一億で売ろうとしたものだ。

「っていうか、どの道一億貰ったところでこれを渡すわけにはいかないんだけどねー」

「それって詐欺…」

「いいんだよ。こいつは天使の鱗粉っつってな、大昔からある覚せい剤の一種だ」

 一種、と言われても、ペラッカ達には『カクセーザイ』の意味が分からなかった。

「要するに劇薬だな。あまりにも酷いから国が取り締まって、本当なら運んだだけで罰せられる。んで、なんでこいつが古の病院にあったかっていうと、あそこは昔々、覚せい剤中毒者の為の隔離病院だったんだよね。で、この薬が残ってたのよ。何でなんて聞くなよ、残ってたもんは残ってたんだから」

 そこでカリエラは一度缶詰を最後までかきこみ、咀嚼した。その間にペラッカ達も、今の言葉の意味を咀嚼する。

「こいつが発見された当初は薬だったんだけど、今は一部の重症者にしか使われてないって話。健康な人間が摂取したら頭狂うぜ」

「いや、やらないけど」

「宜しい。これな、少しの量でスッゴイ効くんだよ。だから小売りにして売って儲ける。サデュソンの町はありゃ、あの町で会った人間の殆どは中毒者と思っていいぜ。この瓶は教会に持って行って処分する。…ま、外国があれば外国に売っても良いんだけど」

「外国なんてあるの? 三百年前に『文明』と一緒に天使様に焼かれたって授業で習った」

「あるわきゃねーだろ、例えだ例え。教会は嘘言わない」

 そう言ってカリエラはペラッカに瓶を放り投げた。改めてみても、単なる粉にしか見えない。が、何となく不気味に感じて、早々にしまった。

「ペラッカには話したんだけど…。今回の旅の目的」

 そう言って、カリエラはいつになく真剣に、一句一句噛みしめるように言った。メヴァーエルもレラーも黙って聞いている。革命軍の話、もっと危険な目に遭う話、全てペラッカが以前に聞いていた事ではあったが、改めて聞くと、やはりとんでもないことに巻き込まれていると言う自覚が出てくる。サンダルフォナはもしかしたらペラッカよりも深く理解しているのかもしれない。全く微動だにせず、寧ろ彼女はカリエラ側でさえあるように見えた。

 語り終わると、水を打ったように辺りは静かになった。騒ぎだすかと思ったが、メヴァーエルもレラーも大人しい。

「それ、何で黙ってたの?」

「だって嫌がるじゃん。俺どうしてもお前ら連れて行きたかったし」

 やはり、この人選には何かしらの意味があるらしい。勿論カリエラは今教えてくれそうにないが。メヴァーエルは手を握り、うつむいていたが、ばっと顔を上げ、言った。

「ちょー面白そうじゃん!!!」

「………は?」

 そっち? とペラッカは呆れかえった。

「何何、ハンラン軍? ちょーかっこいー! 教会をうちらが護るんだよね!? このノリだと天使様とか召喚できそう! 修道女じゃなくても出来るかな!? 出来るよね、だってうち、魔法使い役だもんね!」

「いや、あのな」

「んも~カリエラちゃんってば水っぽいなあ、そんな凄いラスボスがいるなら初めっから張りきっちゃうのにな~!」

「『水臭い』だろ」

「ねえねえ、カリエラ、うちダアトに戻ったら天使様を召喚する修行したいっ! 修道女の修行教えてよー、絶対秘密にするから! ね? ね?」

「いや、だから」

「うちは戦士だから、もっともっと素振りしなきゃ駄目なのかな~」

「やっぱり呼び出すなら炎の守護天使様かな? でも色んな天使様を呼び出せたらそれっぽいよね! 四大元素の天使様が呼び出せれば大大魔法使いだよねー!」

 もういっか、と、カリエラは視線をよこす。いいと思う、と、ペラッカも頷いた。サンダルフォナが珍しく、大きなため息をついた。



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