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仮想遊戯  作者: 菊華紫苑
第一章 一望千里
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EPISODE13 ちょうちょうのやかた

 ペラッカは何を見たかは何も言わず、遠回りをして宿屋に戻った。大通りでは何やら騒ぎになっているようだったが、ペラッカがどうしてもと言うので、二人も無理にそこへ行こうとはしなかった。宿の部屋に戻ると、サンダルフォナとカリエラは二人して眠り込んでいた。勿論別々のベッドで、であるが、何故かメヴァーエルは目付きがおかしい。別に今に始まった事ではないし、何も突っ込む気にも慣れないので、ペラッカは溜息をつき、シャワーを浴びた。

 途中気持ち悪くなったので、宿の女将に胃薬を貰った。少し遅い夕食をとる頃には、眠っていた二人も起きだしていた。ペラッカが外には一切出たくないと言うので、カリエラは何かしら気がついていたらしい。他の三人も、それとなく察して大人しくしていた。夕食を部屋に運んでもらい、レラーとメヴァーエルの武勇伝を何度も繰り返し聞かされて、すっかり血が高ぶった二人が寝付いたのは夜中だった。ペラッカは眠れないが、残りの四人はすっかり夢の中だ。図鑑でも見ていよう、と起き上がる。小さく枕元の電気をつけて、カバンから図鑑を取り出し、適当に開いた。ここ数日の大冒険で採取した薬草や野草には付箋が張られている。ダアトにいる間には、これらの草は自分の家や道端でしか見た事がなかったんだよな…。随分大人になってしまった気分だ。

 と、にゅっと手が出てきて、照明を明るくした。

「ひっ!」

「目、悪くするだろ」

 カリエラだった。寝間着姿で若干セクシーだが、悪戯っ子のような笑みは変わらない。妖艶というよりも野性的で、魔女というには余りに品がない。

「青い屋根の家にいたんだろ」

「…何で知ってるの?」

「昼間、あそこで転落事故があった。その後お前らが帰ってきて、お前はダンマリ。気づくよ」

 一体どうやって調べたのだろう。彼女は部屋から出ていなかったと思うのだが。だがそれは別に大した問題ではない。ペラッカは図鑑を閉じて、頷いた。

「で、死体見ちゃって凹んだんだろ」

「…うん、グロかった。でもそれより、フェルゴルビーでも思ったけど、カリエラの期待にこたえられてないなって」

「奇跡の力?」

「うん…。ダアト出てから結構経つように感じるんだけど、結局あたし、今まで誰も助けられてないって思ったら、凄く苦しいんだ」

「そんなこと、お前でも思うんだな」

 そうは言ったものの、カリエラは少し申し訳なさそうだ。

「まあ、死体見てピスを漏らさなかったのは褒めてやるよ。自信持ちな。成長してるよ」

「…カリエラって下ネタ嫌いな割に下品な言葉使うよね………。カリエラ、何度でも聞くけどさ、何であたしだったのさ」

「何? 聖女の話? しらねー」

 ふわ、とカリエラは欠伸をする。どうもシラを切っているように見えるので、もう少し突っ込んでみる。

「ねえねえ、あのネツァクって女…じゃない、男の子とカリエラ、知り合い?」

「………」

「ヴィアなんとか会って何? 修道会?」

「………」

「あたしには教えてくれるよね?」

 ちら、とカリエラは此方を見る。くりくりの小さな眼でペラッカが見つめていると、少しずつ絆されているのが分かる。ペラッカはもうひと押しとばかりにベッドから乗り出し、顔を近づけた。目と鼻の先の距離である。一定の距離を保とうとカリエラが身を引けば引く程、ペラッカは鼻をつきだし―――ベッドから落ちた。

「キマッたな…。大丈夫かぁ?」

「いたた…。で、教えてくれるよね?」

「………はあ、まあ、明日には言おうと思ってるから、今は寝ろ」

「えええー!」

 寝ろったら寝ろ、カリエラはそう言ってベッドにもぐりこんでしまった。ペラッカはもう少しねばろうとしたが、カリエラはもう、うんともすんとも言わず。結局ペラッカは大きなため息をつき、ベッドにもぐった。


 翌朝、少し早めに起こされて、一行は胃も重たく食事を摂った。夕べ見た物が共通であるなら、さしものメヴァーエルやレラーでさえも食欲は湧かない。残り物もちゃっかり頂いて、カリエラは徐に口を開いた。サンダルフォナはある程度分かっているらしく、いつでもフォローできるように澄ましている。

「まず先に謝る。悪かった」

 何と言うことだ。カリエラが謝るとは相当なことだ。ペラッカは絶望した。

「俺の読みが甘かったんだよねぇ、ぶっちゃけた話。ナハハ」

「それ、笑える位なの~?」

「おう、笑い飛ばすしかない位に」

 嘘だ。カリエラはきっと初めから全部分かっていて黙っていたのだ。何となくペラッカはそう思う。レラーはきいきい何か言っているが、メヴァーエルは珍しく黙っていた。カリエラの態度も珍しい。言葉を選び、慎重に話している。直感で物を判断する彼女には珍しいことだ。

「あのメレクってやつは…あれよ、あれ。喧嘩屋っていうか…。うん、つまり不良」

「幼馴染?」

「寝言は寝て言え、メヴィ。昔ちょっと顔を合わせただけさ」

 何だか取ってつけたようだな…。ペラッカはそう思った。ふと、窓の外が騒がしい事に気がつく。そちらに気を取られると、カリエラも気がついたらしく、頭をぼりぼりとかいた。

「おう、そうだお前ら。流石に俺らの周りで人が二人も死ぬと有名になるんだよね。と言うわけで逃げるぞ」

「何その二番煎じ!?」

「ぶっちゃけお前らがもうちょっと賢ければこんなことならなかったんだけどねー。町長がナシつけたいらしいから、とりあえず行くぞ」

 ごちそうさま、とやけに行儀よく手を合わせ、とことことカリエラは裏庭に面している窓に向かう。どうやら堂々と窓から出るらしい。

 あたしって聖女なんだよね? 役柄としては奉られて歓迎されるんだよね? なんでこんなお尋ね者みたいなんだろ? ああ、なんだか泣けてきた。

 裏庭に出て、腰を降り、茂みに隠れる。町長の家は一番奥のピンク色の屋根だそうだ。ただそこに至るには大きな階段を通らなければならない。そこまで物陰に隠れて行くことはできるだろうか?

「無人そうな人の家通り抜けて、裏口から出てみれば?」

「さ、サン、結構黒い事言うね…」

 そうかな、にこにこしているサンダルフォナは何故か照れている。よく見てみると、何故かカリエラも機嫌がいい。どうやら彼女達が考えていることは一緒の様だ。人が宿屋に注目している事をいいことに、吠えそうな犬に気をつけ、そうっとそうっと移動する。腰が痛いよ、普通に歩きたいよ、とメヴァーエルが泣きごとを言うと、カリエラの杖がこつんと額を突いた。足元の小枝さえ気になるくらいに息を潜めて、人の家を通る時は成るべく汚さないように気を付けた。

 目的地が目と鼻の先に迫った時、玄関をメイドが掃除しているのに気がついた。木の陰に隠れて様子を窺ったが、全く終わる気配がない。これは忍びこんだ方が速そうだ。

「寧ろ忍びこんでみろって感じの気もするわ」

「サデュソンの町長、ひねくれ者だったらそうかもしれねえなあ」

 こっち来い、と、カリエラはそろそろと迂回した。と言っても彼女に当てがあったわけではないようで、ぐるりと一周して帰ってきた。

「ね、ねえカリエラちゃん、どうするの~? ウチら腰痛いよ~」

「おう喜べ、もう少しでふかふかのソファにありつけるぞ」

 レラーは唸り、よたよたとついてくる。ペラッカは元々背が低いのであまり負担は感じない。小さな所に隠れるのは昔から得意だ。最も、授業を抜け出した時は、カリエラとサンダルフォナに何時も見つけ出されたが。

「さてと、窓ガラスを割るっていう手もあるけど、ここはやっぱり、聖女一行らしくスマートにサンクチュアリに行こうじゃねーか」

「サンクチュアリに行くって何さ」

「お前ら、あれなーんだ」

 ペラッカの突っ込みは無視された。カリエラが指差したのは、大きな柴の木だった。刈りそろえられた木は大きな茸のようにも見える。茸の傘はかなり横に広がっており、部屋の換気をしているのか、開け放たれた窓からカーテンが棚引いている。

「………罠じゃないかしら?」

「とりあえず先陣俺な。お前ら構えておけよ」

 サンダルフォナが忠告しようとしまいと、きっとカリエラの行動は変わらない。子猿の様に木に飛びつき、するすると登り、そっと確かめながら枝を伝う。枝は体格のいいカリエラを支えきれず、今にも折れそうだ。杖を背中に背負い、思い切り踏み込むと、枝が撓んだ。落ちる! しかし大丈夫だった。この木は恐らく水分がたっぷりある柔らかい木なのだ。下から見ていると、カリエラが存外しっかり立っていることが分かる。もう一度踏み込み、カリエラは部屋の中に飛び込んだ。しばらくすると、カリエラが頭をひょこんと出して、親指を立てた。カリエラは杖をかけ、足場を作る。ペラッカがお約束通りジャンプ力が足りなかったが、カリエラが引き揚げてくれた。同じ女でもカリエラの腕力は酷く逞しく、ペラッカは吊り橋効果とでもいうのか、少しぽうっとなった。が、ありがとうと言う前に、カリエラはやはり先陣を切って部屋を出て行ってしまった。もたもたしていると誰かに見つかる。ペラッカもしょっぱい思いでそれを追いかけた。黙って歩いている三人を追い抜き、カリエラのすぐ後ろに張り付く。

「ねえ、町長って政治家でしょ? 家の中に誰もいないっておかしくないかな?」

「おかしいなあ」

「それに、あの窓だってわざとらしいし」

「わざとだろ」

「ねえ、ちゃんと考えてる?」

「罠なら外すか食い破るかすりゃいいんだよ」

 何と言うことだ。ぽかんとしたペラッカを慰めるようにサンダルフォナが肩を叩く。ふとカリエラは歩を止めた。何の変哲もない普通のドアだと思ったが、よく見るとドアの隣の壁に、『書斎』と書いてある。カリエラは唇に指を当てて、静かにする様に言ってから、そっとドアに耳を当てた。

 しばらくすると、ドアの向こうから声が聞こえてきた。

「心配しなくても今屋敷には私以外の誰もいない。入ってきたまえ」

 さしものカリエラも驚いて飛びのいたが、鉄の杖を握り直し、一気にドアを開けた。

 ドアの向こうの部屋は、一言で言うと異様であった。壁紙、家具、絵画、植物の葉っぱでさえ、ピンク色に統一されている。シックな形の机も、フェミニンなピンクだ。恐らく自分で塗ったのだろう。あまりにも異質で、ペラッカはカリエラにしがみついた。カリエラも委縮している気がする。町長を名乗る中年の男は髪もピンクで、ピンクのカラーコンタクトをし、スーツもかなり高そうでぴったりとしたピンク、ワイシャツもピンク、ネクタイもピンク、手袋もピンクである。

「私がこの町の町長アニエル・サデュソンである。そちらの御仁は…貴方にはデジャヴを感じる」

 町長が見ていたのはペラッカ―――ではなく、カリエラだった。

「生憎と、私は貴方を知りません。しかし御用が御有りとのことで、参上仕りました」

「ふむ、確かに私も、貴方の名前も両親も知らない。しかし貴方の強い眼差しには何か惹かれるものがある」

 何だかこいつ、スケベそうだな、と、ペラッカは思った。

「そう、何カ月か前にも、この町に貴方のような強い目をした若者が現れ、私に面会を希望し、様々な取引を持ちかけた」

 座らせてくれないかなあ、と、レラーが後ろで退屈している気配があった。町長の据わった目に、もう気分が悪いらしい。

「彼のまねをするわけではないが、私も貴方と取引がしたい。先だって貴方達が古の病院で手に入れた『天使の鱗粉』」

 すると、今まで黙っていたカリエラが突然強気になった。

「取引なのであれば、我々からの要求も飲んで頂けるのですね?」

「可能であれば」

「それでは我々の要求を。一つ目、この町の炭鉱権利の譲渡」

「サデュソン炭鉱? あの炭鉱は廃坑だが」

「質問しなくて良い事です。二つ目は…」

 次の瞬間、カリエラはとんでもない事を言ってのけた。

「この天使の鱗粉の代金として、きっかり一億キン用意してください。それだけの価値はあるでしょう」

 その場にいた全員がカリエラを凝視し、濁点の入った変な声を出した。町長は途端に焦り始めた。金額に驚いたと言うわけではないようだ。これだけの屋敷を構える政治家の資産では安い物だと思うのだが、ペラッカの金銭感覚がおかしいのだろうか。

「…貴方方の崇める天使サマの羽の鱗粉を、金儲けに使うつもりかい。貴方は本当にダアト人ですか?」

「そんな軟なものではないことは知っています。末端価格を根こそぎ頂いても良いですが、貴方には他に条件を飲んで頂かなくてはなりませんから譲歩しました」

 暫く町長は黙っていたが、ごそごそと机の中を漁り、何かを取り出した。どこかの鍵の、束の様だ。立ち上がり、それをカリエラに手渡し―――次の瞬間、カリエラに襲いかかった。

「嘗めた真似すんじゃねえぞこのクソガキ、誰がてめぇら薄汚ぇ野郎に金なんか払うかよ! てめぇはあの女に渡さなかったんだろうが!? それをよこせばいいんだよ!!」

「きゃーっ! 変態、痴漢、なにするのよー!」

 メヴァーエルは悲鳴を上げたが、カリエラは冷静で、町長の腹に杖を打ちこんで撃退した。蹲る町長の足を撃ち、悲鳴をあげのたうちまわる町長を更に杖で叩き、同じように怒鳴りつける。

「てめぇ調子こいてんじゃねえぞ、この社会のゴミが何威張ってんだこのやろう!! 黙ってやる代わりに一億と権利書よこせっつってんだよ! 中毒のくせに一丁前に物言うんじゃねえ!!」

 何を言っているのかが分からず、ただ気迫にペラッカは怯えているだけだった。その後も何か町長は喚いていたが、普段獣を退けるのとは違う、凄まじい勢いで叩き続けるカリエラの前に、徐々に何も言わなくなっていった。町長の鼻からは血が流れ、瞼は腫れ、唇の端は切れ、頭からは血が出ている。それを見て、サンダルフォナははっと我に帰り、カリエラを止めに入った。

「カリエラ、もう止めるのよ! それ以上やったら死んじゃう!」

「うっせぇ! ×××なんか一人残らず殴り殺してやらぁ!!」

「落ち着きなさい!!」

 もはや通り魔のような異常性さえ孕んだカリエラを向き直らせ、サンダルフォナはカリエラの顔を叩いた。

「ペラ達の前よ。言葉を選びなさい。貴方は聖女の護衛でしょ? 貴方がそんなんで、どうするのよ!!」

「でもこいつは」

「でもも杓子もない!!! メヴィとレラーもいるのよ、感情で動かないで!!」

 カリエラはまだ興奮しており、更に反論しようとしたが、突然くらりと天井を仰ぎ、そのままサンダルフォナに向かって崩れた。驚いて駆け寄ると、どうやら興奮しすぎて貧血を起こしたらしい。学生時代にも体育の授業でよくこうなっていた。見慣れたもので、ペラッカはほっとする。

「こ、怖かったよ~…」

「ねえ、うちらのやってることって強盗とどう違うの?」

「メヴィ、もう何も言わないで…」

 完全に三人は置いてけぼりである。サンダルフォナはよいしょとカリエラを背負い、言った。

「この鍵、サデュソン炭鉱の鍵だと思うのよね」

「何それ?」

 サンダルフォナは壁の地図を指し示した。勿論地図も全てピンクである。東アインと、北アインの一部の地図だ。少し、ダアト国も入っている。町が二つと、山と、その山に血管のように張り巡らされた線。恐らく炭鉱だ。北アインのアイン山らしき場所まで炭鉱が広がっている。その内の一つが、ダアト国の北に繋がっていた。

「上手くいけば、この炭鉱を使ってダアトに戻れるかも。そうしたら断然早いよ」

「でも、これって真上から見た地図だよね? 上下の距離が分からないよ…」

「ペラちゃん、これ出口がちゃんと書かれてるよ~」

 確かに、サンダルフォナが示した町とダアトの北を繋ぐ線の両端には出口らしい丸い記号が書かれている。持ってっちゃお、と、サンダルフォナはその悪趣味な地図を引っぺがし、ペラッカのカバンに詰め込んだ。

「ねえ、うちらのやってることって強盗とどう違うの?」

 メヴァーエルが言うと、サンダルフォナは答えた。

「どこも違わないと思うわ」

「………」

 ペラッカも貧血を起こしそうになった。



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