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仮想遊戯  作者: 菊華紫苑
第一章 一望千里
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EPISODE9 サデュソンのまち(あさ)

 心臓は破裂しそうだった。怖くて怖くて仕方がなかった。けれども、瞼の裏には、動物園や図鑑でしか見たことのない猛獣から自分を護ってくれたカリエラの後ろ姿があった。だからこう来たら、こう避ければいい、というのがわかる。攻撃をしなくても、避わせば相手はバランスを崩し、勝手に樽に突っ込む。あまり頭はよくなさそうというのは本当だった。狭い路地裏で、メヴァーエルが自分に目をつけた不良の胸に、容赦なく火を吹きつける。

 勿論全員が怯むと思った。しかしその内の一人が、赤い炎の幕に突っ込んできた。まるで花束を恋人から受け取るかのような恍惚の表情で。昨日の男と同じ種類の人間だ。こいつも頭がおかしいんだ! だけどここで逃げ切れるとも―――。

「うぎゃあああ!!」

 炎に抱きこまれ、男はその場にうずくまり、炎を消そうと壁に体をこすりつけた。だが、狭い路地裏がそれを邪魔する。男は服が燃えるまま、路地裏から逃げ出した。思った以上に小娘たちが強いことに、残りの四人は恐れを為す。その隙に、別の男の頭を、スペードソードが叩いた。脳天に衝撃を受け、脳髄が揺れた男はその場に泡を吹いて倒れる。あと三人。しかしこの三人はへっぴり腰だ。こんな時、カリエラならどうするだろう? ペラッカは拳を握りしめ、三人に威嚇した。

「おい、この女どもやばいぞ、キマってんじゃねえか!?」

「逃げるか、逃げようぜ!」

「馬鹿野郎、女に嘗められたままでいられるか!」

 窮鼠猫を噛むと言うのか、男の一人が落ちたバタフライナイフを拾う。触発され、空砲しか撃てないベレッタを構えた男も銃口を向ける。もう一人はしかし、逃げてしまおうとした―――が、悲鳴を上げてその場に倒れ込んだ。なんだと男達が振り向く。逆光を背負い、二つの良く見知った影が、凄まじい怒気を孕み、男達を睨み据えていた。

「カリエラーッ!」

「おう、遅くなったな、聖女様」

「いいよカリエラ、やっちゃってー」

 頑張れ、と後ろでサンダルフォナが応援する。なめやがって、というだけの覇気は、もう男達には残っていない。カリエラに杖で殴られ、昏倒した。

「うわああああ、カリエラ怖かったよおおおお!!!」

 昏倒した男を踏みつけ、ペラッカはカリエラに抱きついた。よしよし、と、カリエラは呆れたようにペラッカの頭を撫でる。

「おいこらレラー、メヴィ。お前ら護衛だろ、何してたんだ!」

「だってしょうがないじゃん、イケメンだったんだもん!」

「そーだよ、イケメンなら騙されても仕方ないもん! ねー、レラー」

 全く反省の色が見られない二人に、ついにカリエラはブチ切れ、ペラッカをサンダルフォナに押し付け、二人の頬をビンタした。

「いったぁい!! 何よ、殴ることないじゃない! パパにも殴られたことないのに!」

「本気で言ってんのか!! こんな路地裏に多勢で連れ込まれて、何されるか分かってたのかよ!! 誰が聖女とかそんなんじゃねえ、護衛とかも関係ねえ!! 女なら少しは気にしなきゃいけなかったとこなんだぞ!! 空砲聞いて、俺達がどんな思いで駆けずり回ったと思ってんだ!!」

「別に来なくたって良かったよ、うちらでどうにか出来たもん!」

 それは確実に驕りであったが、カリエラは真っ赤になって怒り、再び拳を振り上げた。しかしそこで、サンダルフォナが押さえにかかる。

「よしなカリエラ! とにかく皆無事だったんだから、貴方だって本調子じゃないんだし、今は帰ろう、ね?」

 カリエラはぐっとこらえ、そして軽蔑するように、チッと舌打ちをした。そして八つ当たりに、泡を吹いている男を蹴飛ばして踏みつけ、言った。

「保留にはしてやる。それはそうと、こいつらどうする? この町の自警団はハッキリ言って使えねえぞ。あそこも染まってやがる」

「何に?」

 面倒くさそうにカリエラは目を細めた。サンダルフォナは首を振っている。分からない、というよりも、言うべきでない、と言っているようだった。

「この町、病んでると思わないか? 昨日の男にしろ、今の件にしろ、普通女の子が数人の男に囲まれて路地裏に引きずり込まれたら誰か通報するぜ」

「面白いくらいに助けなんてなかったよ」

 寧ろ、周囲に人が存在していることさえ忘れるくらいだった。

「誰に話しかけても、マトモな人間なんかいやしない。答えと言えば見当違いのバカ発言ばっかりだ。ちょっと調査してみたい」

「めんどくさい」

 きっぱりとメヴァーエルがいったが、カリエラは無視した。ペラッカは少し考える。

 この旅の裏の目的。反政府軍の把握と鎮圧、中立勢力や同盟の確保。この町を教会側につけるのであれば、訳のわからないヘンテコリンな人間ではまずいし、反政府側であれば、尚の事良く分からない状況になっているのはまずい。何故この町の人間がこんなにも他人に無関心なのか、その理由を探ることは、良いことに思える。

「あたしは構わないよ」

「ええ~! よしなよペラちゃん!」

「レラーだって、こんな町おかしいって思うでしょ?」

 少しは聖女の役割の意味が分かってきたかと、カリエラは内心ほくそ笑んでいることだろう。おめでたい我儘連中は地団駄を踏んでいるが、ペラッカは迷わなかった。先頭を切って歩きだす。何れにしろ、情報が必要だろう。

 仕立屋に戻ると、今回はそれほど注文が多くなかったせいか、既に出来上がっていた。相変わらず無愛想な主人だったが、腕は文句なしである。しかしこのせいで、せっかく毛皮を売って手に入れた金が底をついてしまった。

「あーあ…お金、たまんないね」

 未練がましそうに、レラーは薬屋の看板を見つめる。あそこの陳列棚には、彼女が如何にも好みそうな化粧品の類が置かれていた。盗むなよ、カリエラは冗談っぽく言った。

「ねえねえ、お嬢さんたち、旅の人?」

 話しかけられ、驚いたペラッカはカリエラの後ろに隠れる。しかし今度話しかけてきたのは、女だった。身なりはごく普通の女であるが、どこか目はうつろで、手に持った水筒が、女の歩いてきた道を濡らしている。女は金貨を見せびらかして言った。

「お金に困ってるなら、ちょっとお使い頼まれてくれない?」

「何何? くれるの?」

 メヴァーエルが食いつく。先ほどあんな目にあったのに、何の危機感も感じていないのだろうか。女はメヴァーエルに金貨を渡すと、町の北を指し示した。

「この町を出て、森にそって北に行くと、サデュソン湿原があるの。その湿原には大昔の病院があってね、そこにある秘薬をとってきてほしいの」

「ビョーイン? なにそれ?」

「要するに古い建物よ」

「どんなものなの?」

 サンダルフォナが尋ねる。女は依頼を受けてくれると思ったのだろう、にやりという笑いが只管寒い。

「『天使の鱗粉』」

 はっとカリエラが息を飲んだ。サンダルフォナとペラッカは気がついたが、レラーとメヴァーエルは、そんなことはお構いなし、天使という単語にときめいている。

「いいぜ。ただし一割増しだ」

「あら、不満なのかしら?」

 メヴァーエルの手に握られているのは十枚の金貨。しめて千キンである。女は少し意外そうだった。ペラッカも驚く。何故こんなところでカリエラが欲を出したのか分からなかった。

「掻き毟る程欲しいものだろ? 一割増しで手に入れられるなら安い物だぜ」

「…あら、分かってる人なの?」

「まあね」

「それなら安心だわ、サービスしてあげる」

 そう言うと、女は金貨と銀貨を一枚ずつくれた。行くぞ、と、カリエラは出口に向かって歩き出す。その背中はどこか怒っているような気もしたが、サンダルフォナにそのすぐ後ろを取られてしまい、ペラッカは何も聞きだすことが出来なかった。



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