EPISODE0 せいじょのすむいえ
かみさま、かみさま、ありがとうございます。
やめることもなく、おいることもなく、しぬこともない、
かんぜんなるしはいをしてくださって。
かみさま、かみさま、ありがとうございます。
はやくおんみのまえにいけるように、
わたしたちてんしみならいをみちびいてください。
厳しくも美しい銀世界の向こうには、常春の地があるらしい。そこに、国を救った二人の聖女と、一人の従者が、何故か奉られる事もなく、ひっそりと暮らしているという。
そんな情報を自分が聞いたのは、高等学校を出た時だった。父が、こっそりと教えてくれた。その『聖女達』は、自分にとって特別な存在だから、良い年になったり、迷いが出たりした時には、その『聖女達』に会いに行くように。そう言い残し、父は逝った。父の死後、自分は跡目を継いで村を治めた。別の町から嫁いだ妻と家庭を持ち子宝に恵まれ、跡継ぎも成長して無事村長を継がせる事が出来、漸く夫婦共々ゆったりとした時間が取れる、そう思っていた矢先、妻が死んだ。もう何年も前から、病を隠していたはずだと、医者が言った。
何故妻は黙っていたのだろうか。愛情が足りなかったのだろうか。責める息子達に、何も言い返す事が出来なかった。そんな時、父の遺言を思い出したのだ。
行ってみよう、その常春の地へ。この国を―――シャローム国を救い、建国に貢献したという、聖女様達の元へ。男は息子達に、妻への哀悼の旅に出ると言った。息子達は、関心が無いようだった。どこかで育て方を間違えたのだろうか。そんな不安も、きっと聖女様達ならご存知だろう。
呪いの泉の畔を歩き、嘆きの断崖を登り、ツィオン山を越えると、そこは小さな盆地のようになっていた。山は真冬だったというのに、そよ風は涼しく心地よく、秋の花が咲き乱れている。それなのに、蝶々も飛んでいた。不完全かもしれないが、確かな楽園だった。ポツンとある掘立小屋の庭には、大きな石が二つ置かれているのが見えた。きっとあの家に、聖女様達がいらっしゃるのだろう。
「ごめんください」
今にも崩れそうな木製のドアを叩く。声はしなかったが、中から物音がした。暫く待っていると、ひたひたと足音を忍ばせ、そっとドアが開く。
「どうぞお引き取りください」
しゃがれた老婆の声。誰にも会いたくない、このまま死なせてくれ、そう言っている声だった。閉まりそうになる扉に指を滑り込ませ、尚も粘る。
「お願いします、一言、お二方から御言葉を頂くだけでいいんです! 従者様、どうぞお二方に会わせて下さい!」
そう言うと、弱弱しい抵抗が止まった。従者と思しき老婆が、姿が見えるくらいまでドアを開ける。
「今………。何と言いましたか?」
「お二方から御言葉を頂けるだけで良い、と申しました」
「…………。そうですか。貴方、名前は?」
「カリエル・シルファーと申します。」
すると老婆は、目を見開いた。そして無言のまま、中に入る様に促す。聖女が住むというには、あまりに貧相―――否、朽ち果てた家だ。本当に、いつどこに、骸骨があってもおかしくない、そんな場所だ。老婆は杖をつきながら茶を出し、椅子に座らせた。
「今、いくつ?」
「今年で五十になりますが…それが?」
「そう、五十…。年をとるものだわ…」
「………。あの、お二方は………」
「心配しなくても、ちゃんと貴方の求める聖女様にはお取次しますわ。ただちょっと年かしら、貴方とお話がしたいの。この老骨の与太話とでも思って、聞いてくれないかしら」
そうは言うが、まるで老婆の口ぶりは、この話を聞かなければ聖女達には会わせないと言いたそうだった。頷くと、老婆は口を開いた。
「あれはそう、春の日差しの優しい日………。あの日から、『彼女』の戦いは始まりました…」