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少年秘密警察の日常  作者: 家宇治克
丑刻参り惨殺事件
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7話 呪いのサイト 3

「失礼します」


 長谷はビルを後にする。

 ずらりと並んだ社名を流し見て、「狭そう」と呟いた。車に乗り込むと、貰った名刺の名前に面倒くさそうなため息を吐きかけた。


 青島という男は、旧友の死を受け止めきれず呆然としていた。

 話を聞いてもどこか上の空で、酷く落ち込んでいるようだった。

 田畑と酒を交わし、別れた後はタクシーを捕まえて帰ったらしく、タクシー会社に確認を取って証言を得た。

 動機になりそうな恨み事などをそれとなく聞いてみるも、学生時代に貸した雑誌が帰ってこない、ただそれだけ。


「犯人にならないわね。嘘もついてないし」

 長谷はハンドルに額を何度か打ちつけ、声にならない呻き声をあげる。

 そして手帳の証言に目を通し、シートベルトを締めた。

「商店のアルバイトが、文句ばっかりだ······って言ってたんだっけ」




「えー! そんなこと言ってないですよー!」


 懐かしい雰囲気漂う田畑商店の店先で、アルバイトの女性が商品の陳列をしていた。

 長谷が一連の話をすると、女性は驚きを隠せない様子だった。

「確かに不満はありましたけど。でも店長に『もっと賃金上げろ』とか『奥さんに嫌がらせするぞ』なんて言ってません!」

「そうですか」

「でも『次また無茶ぶりしたらカボチャ投げるぞ』は言いました」

「そうですか······」


 一人の部下の顔が脳裏を過ぎった。


「店長、嘘つきの節がありましたからね。よくクレームとか取引先や私に罪をなすりつけるような言い方で回避してましたから」

「へぇ。なるほど。念の為に昨夜の行動を」

「ああ、ネットゲームしてましたよ。最近流行ってる格闘オンラインゲームです。夜中の二時過ぎまでやってました」


 聞いたことはある。スマホでもパソコンでも出来るオンラインゲームだと。少秘警でもやってる人を何人か見かけた。


「ネットかぁ······。証明できる人います?」

「いえ、一人暮らしですし。ネットだったら『とげまる』さんがいるんですけどね。一緒にコロシアム回ってたんで」

「うーん、なるほど」

 長谷は手帳に書き記すと、女性に一礼した。

「お忙しい中すみません」

「いえいえ、でももし店長の自宅に行くのなら気をつけて下さいね。奥さんも嘘つく人なんで」

 長谷は女性の名札を確認して「気をつけます」と会釈して店を去った。

 手帳に女性の名前を書き、車に乗るとまた深いため息をついた。


「······キライキライこういうの。あぁもうコーヒー買って帰ろ」


 長谷は強めにアクセルを踏んだ。


 ***


 見た目は市販の消臭スプレーだ。しかし、中身は白リン弾と似た構造が出来上がっていた。スプレーボタンで起爆するようになっている他、爆発で破片が飛ばないように改造してある。

 これが試作品だというのも不思議なくらい、良い出来だった。


 お菊は使用済みの発煙弾を割って、その構造に感嘆を零した。

 その手前では骸が頭にたんこぶを抱えて日本史の問題集を開いていた。

「第六章の八十七ページから百二十五ページまで。来週テストしんす」

「えっヤダ! 一昨日もテストしたじゃん! なのにまたテスト!?」

「罰も兼ねてやりんす。飲み込み早いんだ。ちゃんとやりなんし」

「え、飲み込み早い? えへへ、じゃあ頑張るね」


 骸は褒められると素直にノートを開いた。

 黙々と勉強をする骸をお菊は見つめ、割った発煙弾に目を移す。


 情報屋の知識でこんなものが作れるのか。これが良い方に知識があったならどれほど良いだろう。薄暗い所にあるものばかりを抱えてしまうのは勿体なさ過ぎて──



「発煙弾の開発は純粋な善意だよ」



 不意に骸が口を開いた。

「ずっと見てるでしょ」と手を動かしたままで。

「それなら安価で手に入るし、安全だから。少秘警でも使えるでしょ。今度ちゃんと出来たらショチョーさんに見せるんだ。ソシキコーケンってやつ?」

「そうかい」

 お菊は煙管をふかすと骸を睨んだ。

 骸も何となく察するとふいっと目を逸らした。



「申請してないだろ」

「······んふふ」



 お菊が机を叩く。骸とほぼ同時に立ち上がると大声を出した。



「一人での実験は禁止! 危険物生成の申請もなく! 大人もつけずに勝手な行動はやめなんし!」

「発煙弾は危険じゃないもん! それに試し投げした時お菊けーぶがいたじゃん! セーフじゃん!」

「屁理屈言うな! 申請してない時点でアウト!」


「別にいいじゃん! 死んだって構わないんだろ!」


 お菊は反射的に骸の頭を掴んだ。しかし、殴りはしなかった。



「二度と言うんじゃありんせん······っ!」



 そう言っただけだった。

 骸は悲しそうにお菊を睨んだが、それはすぐ諦めの表情に変わる。

 お菊は骸の頭をわしわしと撫で回した。言葉が見つからない。

 何を言ってもきっと納得しないと、お菊も諦めた。しかし、ポロッと本音は零れた。

「──ここはわっちの家だ。家族を守るのが、わっちの仕事でありんす」

 骸は目を丸くすると、「······ごめん」と言った。

 お菊はまた骸の頭を撫で回した。


「お菊ぅ、煙玉はどこじゃ?」


 陽炎が顔を出した。お菊はその姿に絶句する。

 変装で老人の顔をしているが、目がチカチカするほどラメの入った赤い長袖を着て、まともなジーンズと何故かローファー。そして申し訳程度の杖で肩を叩いていた。


「副署長たる人がその格好はなんでありんしょう」

 煙玉の場所なんてどうでもいい。理由が気になって聞かずにはいられなかった。

 陽炎はケラケラと笑って「似合うじゃろ〜」と両手を広げた。

 全然似合ってないのだが。むしろダサいなんて、副署長相手に言えないが。


「美術館に仕事でな。煙玉がいるんじゃが······」

「仕事でその格好······いや、何も言いんせん。面倒だ。えぇと、どこだったか······」


「これどーぞっ!」


 骸が手のひらサイズのスプレー缶を渡した。試作品の発煙弾だ。お菊が止める前に陽炎はそれを受け取ると、重さを確認し、使い方を骸に聞いた。そしてご機嫌なまま出かけてしまった。

 お菊は拳を握ってその背を見送った。

「あの副署長······!」


 袖から付箋が落ちた。お菊は本来の目的を思い出し、骸にURLを見せた。

 骸の表情が引き締まり、お菊はまた煙管をふかす。水蒸気の煙が漂った。

「何のサイトが分かりんす?」

 その問いに、骸は半月のような笑みを浮かべた。


「知ってるよ」


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