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少年秘密警察の日常  作者: 家宇治克
丑刻参り惨殺事件
93/109

3話 委託事件はちょっと濃いめ

 書いても書いても減らない書類。

 毎日届く警察からの委託事件。

 日に何度か鳴る通報。


 お菊は疲弊した表情で黙々と業務をこなした。

 長谷は刑事課と執務室を行ったり来たりと忙しなく動く。

 お菊は大きく伸びをしながら緑茶を淹れた。

 区切りのついた書類と残りの書類の差に愕然とする。電気ポットを肘掛にして茶を啜っていると、報告を終えたサマンサが戻ってきた。

 お菊の机をチラ見して鼻で笑った。


「あらぁ、まだ終わってないの? お菊にしては珍しいじゃない。あ、年? 年なの?」

「うるせぇよ。たかが一つのSDカードを手に入れるのに三ヶ月かける野郎に言われる筋合いはねぇ」

「クルワコトバも使えないくらい追い込まれてんの? ダメよォー、いかなる時も演技は大事なんだから。男ってばすーぐボロを出すわぁ」



「アメリカンモンキーが」

「何ですってぇ!?」



 まだ顔を合わせて三秒も経っていない。サマンサとお菊はすぐ口論になり、人目もはばからずに大声で罵り合う。

 互いに思いつく限りの罵詈雑言を浴びせていると、快活な笑い声が割って入った。



「はっはっはっ! 大声で騒げるとは二人とも若いのぉ! 羨ましい限りじゃな」



 二人の間で両手を広げる陽炎に敬礼すると、「良い良い!」と笑い飛ばして肩を叩かれた。

「さむ、今刑事課と警護課の『とっぷつー』が謹慎中なんじゃ。その間の後援が追いついとらんのよ。そういじめてくれるな」

「とっぷつー······? ああ、薫と隼のこと? どうりで人手不足なのね。──って、えっ謹慎!? 何で言わないのよ!」

「仕事中じゃったろ。今回の獲物はなかなかに慎重派だったと聞く。集中出来るように配慮したんじゃよ。なぁ、どうしてそんなに笑っとるのかの?」

 陽炎が問うと、サマンサは腹をよじれさせて笑っていた。


「ウフフ······、いえ本当に慎重だったのよ。でもお酒に弱くって。呑ませて煽れば簡単に口を割ったわよ。キャバ嬢に扮する必要がなかったくらいだわ。昨日の夜なんて何て言ったか知ってる? 『君に出会えたのは運命だ』って! 『運命』よ! 騙されるわけないじゃない! 私が騙す側なのに! ウフフフフ···お、思わず録音しちゃったわ! 署長に渡したから『交渉』にでも使うでしょうけど」


「副署長、サムと酒呑む時は気をつけなんし」

「うぅむ。警視庁の交流会の人選考え直そうな」


 ふと、お菊は陽炎の着物の袖に注目した。

 普段は何も入れない袖が膨らんでいる気がした。微かに紙の音がする。

 時計に目を移すと、針は午前十一時過ぎをさしていた。

 サムと談笑する陽炎の親指の爪に赤いものが詰まっていた。


「副署長、仕事の話をしんしょうな」


 お菊が切り出すと、陽炎は驚いた顔をした。


「おっと、何故わかったんじゃ?」

「この時間、署長と会議してるはずなのにここにいんしょう? それは会議より優先することがあるから。警察の委託事件は赤い封蝋の手紙で来るし、最初に手紙を見るのは副署長でありんす。んで、副署長は左手で封蝋を開ける癖が───」

「わかったわかった! 全く、観察眼は刑事課向きじゃな。その通り、事件の話をしに来たんじゃ」


 陽炎は袖から一通の手紙を出した。お菊はそれを受け取り目を通す。陽炎はふぅ、と息をついた。


「蠱毒、犬神、不可思議な死を遂げる家、踏み入れてはならぬ島、今も昔もおぞましいしゅで溢れとる。幽霊やら妖やらがいても、何ら不思議ではあるまい」

「副署長、何が言いたいのよ」

「さむや、『丑刻参り』なるものは知っとるな?」

「ええ、聞いたことあるわよ。ウシミツドキにわら人形に······アレするやつよね」

「それが実際に起こっとるんじゃよ」


「それも人間に直接打ち込んで」


 お菊は事件概要に顔をしかめた。

 丑三つ時──午前二時二十二分に胸にくいを打ち込まれる殺害法で、被害者は六人。最後の被害者は女性だったらしい。

 お菊は被害者たちに同情した。

「それで? ちょっと残酷でありんすが、誰に任せんしょう?」

「迅速な対応が求められるわ。でも、確実に逮捕するなら、この際スピードは問わない方がいいかも」

「そうじゃな。よろしく頼むぞ二人とも」



「「······························は?」」



 お菊とサマンサは面をくらった。




「「嫌だっっっ!!」」




 そして盛大にハモらせて抗議する。

「何でこんなやつと一緒に行動しなきゃいけないのよ! だいたい私は諜報課よ!? 事件に関わることなんてほとんどないのに出来るわけないでしょ! オカマと組むなら特殊課の野生人(ターザン)とかカンフーバカとかと組む方がマシだわ!」

「確かにわっちゃあ事件慣れしてるさ! けど自己中異国人(こんなバカ女)と組みたくありんせん! 特殊課から人員引っ張ってきた方が遥かに早く解決出来んしょう!? 刑事課の管轄ならわっちが出る必要なんかない!」


 陽炎は両者の主張に耳を傾け、顎に手を添えて困ったように言った。

「二人の言い分はよう分かった。じゃがな、これは極めて残酷な事件じゃ。これを部下(子ども)に任せるってのは上司(おとな)としてどうかのぉ?」


 陽炎の意見にお菊は口を閉ざした。

 ごもっとも。こんなもの見せたら三日は寝込む。

 能力者の命を保証し、仕事しつつも健やかに育てるのが大人の務めであり、この少秘警だ。

 お菊は渋々了承したが、サマンサは食い下がる。従う気はあるようだが、頑として『お菊と一緒』を聞き入れない。

 陽炎は袖をパタパタ振ってため息をついた。

「長谷にも任せる気なんじゃが、そうかそうか。お菊が嫌か。······そういや、三ヶ月前の諜報課爆破事故の報告がまだじゃったなぁ」

「え? ······えっ、副署長どうして、それを?」

「さむが試作品の手榴弾を試さねば一室破壊なんてことがなかったんじゃがなぁ」

「だ、だってアレ中身入ってないと思って······! いや、署長にだけは! アレだけは言わないで!」

「でも灯には『真相が分かり次第報告を』と言われとるんじゃよ。はーあ、言ってくるかのぉ」

「待って! 何でもするわよ! なんでも!」

「はーあ、事件が解決すれば忘れそうなんじゃがなぁ。さてさて、ちと行くかの」

「わかったわよ! お菊! その委託書よこしなさい! やればいいんでしょ!」


 サマンサはお菊から手紙をひったくると、自分の机で受諾届を書いて執務室を出ていった。

 陽炎は満足そうに笑っている。お菊は呆れた。


「とっくに報告してるだろうに」

「もちろん。『ごねたら使え』と言われたで、使っただけじゃ。わしにもばれぬと思い込むとは可愛らしいなぁ。どちらにせよ処罰は下る」



 ──副署長の肩書きは伊達じゃないな。



 電話が鳴った。

 お菊より早く陽炎が電話を取った。軽快に応対し、メモを取るとお菊に渡した。

「事件じゃ。ちょうど今受諾した事件らしい」

 住所の書かれたメモを持ってお菊も執務室を出た。陽炎は電気ポットで茶を淹れた。窓から車に乗る二人を眺めて湯のみに口をつけた。



「························ぬるい」



 そう言ってお湯を沸かし直した。

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