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少年秘密警察の日常  作者: 家宇治克
アリス狂乱茶会事件
9/109

9話 捜査前夜 2

 懇切丁寧に手当をし、虚ろな目で「オカンかお前は」と呟く薫の頬を強めに叩いて意識を正常に戻す手伝いをする。


「で、残業してまでする仕事って何だい?」


 薫が立ち上がり、頭をぶんぶんと振りながら唸り声をあげる。ふらつく身体を机で支えて口を開いた。

「おえっ······お菊覚えてっか? 『ハートの女王箱庭事件』のこと」


『ハートの女王箱庭事件』

 それは『不思議の国のアリス』のキャラクターを名乗る犯罪組織が起こした大規模無差別殺人事件であった。共通点はなく、証拠もとぼしく、警察がさじを投げて迷宮入りしかけていた。

 ──主に薫が引っかき回し、犯人を特定して黒幕さえも捕まえたのだが。

 あれが隼にとって初めての大事件であり、二人にとって一番仲の悪かった事件である。



「で? 何が言いたいのさ。さっぱり分かりんせん」

 お菊は頬杖をついて話を聞く体勢をとるも、「それが残業の理由にはならない」と言いたげだ。袖から煙管を取り出すが、薫と二人で『火気厳禁』と書かれたポスターを指差す。


「い~けないんだいけないんだぁ〜。だからと言って何もしな〜い」

「何もしねぇのかよ」

「え? お菊やって欲しい?」

「いや、断りんす。つーか電子煙管だし」


 目の前に突き出された煙管は確かに電子煙草(タバコ)の改造版で、納得するとお菊は煙管をふかし始める。

 ──そんなもんあるのか。


「残党が関わってるかもしれないんですよ」

 お菊の瞳が変わる。保護者としてではなく、警察として、上司としての目で見据える。

 薫はそれを見逃さず、「そうこなきゃな」とニヤリと笑った。

「奴らの中で逮捕できなかったのがいる」


 資料の中から数枚の絵を机に並べる。それは犯人の顔写真ではない。よく目にする童話の絵だ。

『マッドハッター』と『三月ウサギ』、『チェシャ猫』、そして『アリス』

「どうも姿を隠すのが上手いらしいな」

「今更かい?三年経ちんした」

「三年()経ったからじゃね?ちょっと引っかかんだけどよ······」

 薫がちらっと目配せしてくる。

 パソコンの画面をお菊に向け、被害者リストと地図を見せる。

 年齢、家族構成や交友関係、住所や勤務先、殺害方法など可能性のある条件で絞り込んでも全員一致が一つもない。


「同じような人物で集めても必ず何かが違うんです」

「電話で監視カメラの映像の回収頼んだけど無駄そうだな。目撃者もいなさそうだし。三年前そっくりだよ」

「最初は事件後にちらほらと出た模倣犯を疑ったんですが、ここまで完璧に模倣するのはありえません」

「ふぅん、だから残党をねぇ············」


 煙を吐き出し、簡潔な指示を出す。

「街全体の監視カメラの記録を調べなんし。あと聞き込みを忘れないように」



「はいっ!」

「は?」



 隼は脱力する──


「お菊聞いてたか? 三年前は記録もなけりゃ目撃者も居なかったんだぞ。···ったく、古い人間はす~ぐ話を忘れ············」

 お菊の右手がそっと薫の頭を掴んだ。母の如き優しさに薫が油断した瞬間、鬼神の如き力が握り潰そうとする。

「いだだだだだだだだ!!」

「いい加減、人に対する言葉遣いを覚えなんし。痛い目に遭いんすよ」


 もう遭ってるわ! 叫びながらお菊の手に火をともす。反射で手が離れた一瞬を突いて床を蹴って後ろに跳躍。お菊から十分に距離をとって机に着地した。


 あーいつも通りの光景だ。


 平和だなどと、ほのぼのと見ていられたのは今だけだった。

 薫が飴を噛み始め、お菊が煙管をくわえて手首を回す。

 ──マズい、二人とも本気だ。

 互いに睨み合いながら能力発動のタイミングをうかがう。


「はいはいはい、止めましょう。やってる事がしょっぱいです。今日は帰りますから···」



「止めんじゃねぇ!」



 仲裁に入った隼を薫が一喝(いっかつ)する。

 怒りに満ちた笑みを浮かべてお菊と対峙する。隼から警棒をひったくって火を灯して構える。お菊は袖に隠した短刀を構えた。


「今すっげー面白いトコなんだよ。邪魔すんじゃねぇぞ」

「そうさ。残業くらい好きなだけしなんし。わっちを倒せたら、でありんすが」


 バチバチと音が聞こえそうなほど火花を散らす。こりゃダメだ。互いを目で捉えて離さない薫とお菊。このまま真剣勝負が始まっては刑事課が灰になりかねない。


 ──仕方ない。最終手段だ。



 薫とお菊が足に力を込める。

 隼が携帯電話に手をかける。



 薫が机を蹴って跳躍する。

 電話帳を開いて二人を睨む。



 やいばが交わるその刹那(せつな)、「署長呼びますよ!」と叫んだ。二人の眉がぴくりと動き、薫は後ろに重心を落として着地した。

 二人は青ざめた顔で隼に視線を送る。「ガチじゃないよね?」と問いかける瞳に署長の電話帳を見せて返答する。


「············わかった! 帰る! 明日から残業許可よこせ!」

「承知しんした。残業時間は八時まででありんす」


 停戦条約を交わし、薫はガムを噛みながら出て行く。薫の背を見送っているとお菊が「あぁ!」と叫んだ。


「薫め、勝手に持ち出しんしたな!」


 訳が分からなかったが机の上に置かれたUSBに合点がいった。

「警察が投げた仕事でありんす。同封されてるはずのデータがなくて、不備だと思っていんした」

 初めて知った。

 桜木から受け取ったと言うと、お菊は眉間にシワを寄せる。

「まぁいいや。早く帰りなんし」

「あ、はい」


「あ、署長からの伝言がありんした。『嘘をつくと閻魔様に舌を抜かれるぞ』······ってさ」

「··················はい?」


 謎の伝言を受け取り、一礼して薫のあとを追う。

 ただ一人、その場に残ったお菊は椅子に腰掛け煙管をふかし続ける。今にも落ちそうな電球の下で静かに煙を吐き出した。煙は一瞬、時が止まったように宙を漂い霧のように消えた。お菊が時計を見上げる。


 時刻は夜九時を過ぎていた。

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