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少年秘密警察の日常  作者: 家宇治克
夢幻絵画盗難事件
74/109

1話 スパイ映画のワンシーン

 ビルの中を赤いランプが点滅する。

 耳をつんざく警報音に混じって警備隊の叫び声が聞こえた。

 男は後ろから聞こえてくる声に笑みをこぼし、廊下を軽快に駆け抜けた。


「止まれ!止まらないと撃つぞ!」


 警備隊の一人がそう叫び、威嚇射撃をした。だが男はそれに怯まず、廊下を右に曲がった。

 手前から別の警備隊が男を足止めした。催涙ガスを投げ、取り押さえようと突進してくる。


「馬鹿じゃないのか」


『男』はそう吐き捨て、口元を袖で覆うと警備隊の上を飛び越えて逃げた。奪った催涙ガスを投げつけて距離を稼ぐ。

 警備隊のなんと弱いことか。

 敵を嘲笑うかのように翻弄ほんろうし、逃げ続けていると、壁一面ガラス張りの廊下に出た。

 しかし、先回りしていた警備隊が銃を構えて待っていたのだ。

 右も左も警備隊に囲まれ、退路を絶たれた男の前にイギリス人の男が立った。

「やぁ、コソ泥さん。もう逃げ場はないぞ」

「あぁ、ジェフ。今日も紳士的な振る舞いだな」

 ジェフは優しく微笑み、手を差し出した。


「さぁメモリを返したまえ。そんなものの為に命を捨てるのは惜しかろう」


 皮の厚い手をさらに突き出して「さぁ」と男を急かす。男はガラスの向こうの景色を眺めた。

 地面は車のライトや街灯で淡く輝きを放つ。海の水面の如き夜景を三日月が揺蕩たゆたう、実に見事な夜だ。


 男はメモリを持ってジェフの元まで歩み寄った。だが警備隊は銃を下ろす素振りを見せない。

 男はメモリをジェフの手に置こうとした。警備隊は男がメモリを手放す瞬間を見逃すまいとした。

 ジェフは勝ち誇ったような表情をしていた。

 男はもう一度三日月を見上げた。そして口角を上げる。


「いい月だな。満月じゃダメだ。新月なんてもってのほか。三日月だからこそ『いい月』だ」


 ジェフは眉をひそめた。男の言っている意味が分からなかったのだ。

 男はやれやれと首を振った。

「分からないやつだな。頭のネジはちゃんと閉まってるか?」

「なんだと?」



「海で溺れたら死ぬが、『船』があれば助かるだろ?」



 男はそう言うと、メモリをしっかり握って窓に体当たりした。

 派手な音を立て、月光に煌めくガラス片と共に落ちた。紳士は青ざめて駆け出した。

 恐る恐る地面を覗き込むと、一瞬の閃光が視界を包み、強い力が眉間を貫いた。

 あまりの衝撃に体は仰け反り、ジェフはそのまま気絶した。



 警備隊が慌てふためくビルから離れた路地裏で、男は痛そうに腰をさすった。

 男は苛立ち、被っていた帽子とカツラをゴミ捨て場に投げ入れた。厚い特殊メイクのマスクをはがし、口内の変声機を取り出すとかかとで踏み潰した。

 金髪のミディアムヘアをなびかせ、千切れたワイヤーを捨てた。

「やっぱ古いもん使つこたんが悪いんやな。ちゃんと新しいもんうてもらわにゃ」


 盗んだメモリを月に照らし、満足げに笑った。

 ビルの上層部で忙しなく動く男たちをは鼻で笑った。



「セキュリティ甘いわぁ。うちを『男』て思うてる時点で虫歯出来そうや。警備やったら少秘警ウチに任した方がまだ安心やで」



 少秘警諜報課所属、雷蝶らいちょうあんずは舌を見せて暗がりに消えた。

 遠くから救急車の音が聞こえる。

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