23話 傀儡師の一手
一宮が目を見開いた。全身が石のように固まり、動けなくなった。
後ろには誰か立っている。
「その人形で操れるのは一人だけ。一人を選んだら他の人は選べない。そう契約したよね」
白く細い手が音もなく伸びて、一宮の頬を包み込む。
「契約を破るのは人だから、裏切るのは人だから。人形にはわからないけど」
抑揚のない声が静かに絡み合う。
「でも、契約は守るものだよ。意味、わかるよね」
「人形は怒ってる気がする」
余命宣告のような重い一言のあと、一宮の足元から人形の腕が伸びた。形が歪な人形の腕だ。
這い出でる腕は抗い、暴れ狂う一宮の力をものともせずに、地獄の闇へと引きずり込む。一宮が縋るように腕を伸ばしても、誰も掴まなかった。
腐った木の腕は一宮の顔を隠す。指の欠けた腕は一宮を慈しむように抱きしめる。無数の人形の腕は喉を裂く断末魔の叫びと共に沈んだ。
隼は肝の冷える寒さに襲われ、声が出なかった。薫は納得した声を漏らした。だが、この状況は想定外だったらしく、向ける先の無くなった警棒をくるくると回した。
その場に残った男性の人形を拾う…………おそらく少年。
絹のようにきらめく銀髪に陶器のような肌。澄んだ瞳は『無』を映す。
彼は人形を大事そうに抱えると、緩やかに手を差し出した。その先には薫がいる。
「ソレもちょうだい。君と契約してないよ」
薫が人形を手渡すと、人形をじっと見つめた。対話するように視線を投げかけた後、無言で薫の首の石を奪い取った。隼の石も引きちぎると、遠くへと投げ捨てた。
「返して。君に必要ないでしょ」
彼は無表情で人形の首を引っ張った。縫い目が裂け、綿を溢れさせて人形は目を光らせた。隼の胸を風が吹き抜ける。
鍼を引き抜き振ってみた。風が自分の周りを踊って消えた。能力が戻った。薫も指を鳴らして火をつける。暴走せずにちゃんと手の内に収まっている。
彼は用が済むなりさっさと元いた位置に戻る。感情も考えていることもわからない彼だが、どこか寂しげな雰囲気があった。
「客は選べよ」
薫の一言に足を止めた。だが一切こちらを向かない。
「誰がどんな目的で来たって人形には関係ないよ。借りたいって言うから貸す契約するだけ」
あっそ、と薫は呆れる。彼はそのまま闇から伸びる人形の手に身をゆだねて消えた。
キョトンとして置き去りになった柊馬と聡明。何が起きたのかわかっていない。
「ねぇ、今の人誰?なんで先生は消えたの?なんで二人とも風とか火とか……」
「ここはどこだよ。あの女の子は?」
質問ばかり飛び出す二人を立たせ、「先に行ってろ」と扉の方を向かせる。薫は寂しげに微笑んだ。
扉へと向かう二人の背に、隼は銃口を向けた。その場に佇む少女に、薫は右手を突き出した。
二発の銃声の後、肉の焼ける臭いがした。
仲良く眠る二人を担ぎ、地上へと足を進める。冷たい靴音が響く。しかし、それはすぐに消えた。そこには何も残らなかった。




