7話 警察と万引きとおっさんと 3
「えーと、名前は? いくつ? 学校は?」
「桜木 骸。年齢は十七で、学校は行ってない。中卒なんだよね」
「十七!? オレと同じじゃん!」
「ホント!? 仲間だ!」
「ウェーイ!」
うるせぇ〜·········
後部座席が騒がしい。それでも今のところ仕事をしているので何も言わない。
「親の仕事は?」
「父さんが警察なんだ。母さんは働いてないけど、よく出掛けてて家にいないよ」
「ほ〜。今まで補導されたことは?」
「ブラックリストの常連だよ」
常習犯かい。
家に帰さず少秘警に連れていこうかと考えたが、もう住宅街に入っている。撤回は出来ない。
「あ、そこ右ね」
「············右な」
薫と桜木と名乗った少年は楽しそうに笑って話をする。
さっきの店はどうで、前の店ではこうした。あの店では殴られて、向こうの店では泣かれたとか。仕事の話こそしているが、聞いている側としてはただの万引き自慢だ。
······逮捕しちゃおうかな。
「でもさぁ、やってないって言ってるのに皆僕を万引き扱い!ヒドイと思わない?」
「そうだな。本当にやってないならな」
「えー! おにーさんも疑うの!?」
頬を膨らませて外に目を移す桜木。
そりゃそうだろうよ、ブラックリスト君。
薫が笑って濁す。
桜木は「あっ」と思い出したように口を開いた。
「おにーさん達って、少年秘密警察なの?」
興味津々。まるで幼子のように目を輝かせ、所属やら普段の仕事やらを質問する。
しかし、『秘密』警察だ。
世間にもほとんど知らされていないし、説明も出来ない都市伝説組織だ。教えるわけにはいかないのだが······
「ああ。オレが刑事課であいつが警護課。仲良く仕事してるぞ」
ケロッと喋るんだよなぁ······薫は。
桜木はさらに興味を持ったようで、薫を質問攻めにする。薫はほぼ全ての質問に答えていた。
「お前『秘密』って言葉、辞書で調べて赤線引いて」
「何で?」
運転している間、薫が機密情報を漏らさないか不安だったが、一つも漏らすことは無かった。
流石に言えないことは分かっていたか。
「ねぇ、何で『化け物』なの?」
心臓が凍ったような、縛られたような感覚がした。
薫の顔から笑みが消えた。
桜木が腕を組んで眉間に皺を寄せて「うーん」と唸る。
「よく分かんないんだよねぇ。普通のお巡りさんが出来ないことやってるんでしょ? でも父さんの口からおにーさん達のこと聞かなかったよ?
こんなにすごいお巡りさんがいる所なのに何で『化け物』なの?あ、もしかしてすご過ぎてそう呼ばれるとか!?」
「半分当たりで半分違うな」
薫が少し寂しそうに笑う。
ミラー越しに目を合わせた。
(一回だけ)
(バカ。後悔するのはお前だぞ)
(後悔しねぇよ。頼む、一回だけ)
微笑む薫から目をそらし、イヤリングに触れた。
「隼の許可が取れた。 一回だけだ、よく見てろ」
薫が拳を強く握る。
ふわっと開くと火の玉が三つ、後部座席を漂う。桜木の目の前で火の玉を弄び、薫の手のひらに戻る。
手の上で円を描くように回ったかと思えば楽器に変わり、牡鹿に変わり、花に変わり、散るように消えた。
目の前で起きた超常現象に桜木は目を大きく見開いていた。
「オレらは『能力者』だ。
故に、『化け物』だ」
そう言って薫は前を向いた。
次の行動を知っていたからだ。
車を止めさせて逃げ出すか、
武器を奪って殺そうとするか。
しかし桜木は予想の斜め上をいった。
「すっごぉぉぉぉい! なになに!? 今の何!? 超能力!? おにーさん達も超能力者!?」
「えっ!? いや、『超能力』じゃなくて『能力』っていって······」
「やっぱりおにーさん達サイコー! 僕こんなの初めて見たよ!」
興奮して「もっと見たい」とせがむ桜木をどうにか落ち着かせて、家に案内させる。
桜木によって遠回りを繰り返し、ようやく着いたのは古いアパート。雑草が伸びに伸びてジャングルのようだ。建物は劣化しほかの住人が居るかどうかも怪しいアパート。
「僕ん家ここの二階なんだ」と言って車のドアを開ける。
「あ、これあげる。おにーさん達なら大丈夫だよね」
パーカーのポケットから取り出したUSBメモリを薫に手渡す。
「最近無差別殺人が起きてるんだって。物騒だよね〜」
「それとこれが関係あるのか?」
「分かんないけど、懐かしいんだよね」
桜木が笑う。さっきとは違う笑みだった。
「ハートの女王箱庭事件そっくりで」
桜木は笑いながら車を降り、アパートの二階の奥の部屋に入っていった。
託された事件の冷たさと、困惑した脳の妙な温もりが桜木の悪戯っぽい笑い声とともに体を巡る。
空はまた曇り始め、ポツポツと雨が降ったかと思うとまた滝のようなどしゃ降りに変化する。
「············戻るぞ」
薫の声で現実に戻る。ついさっきまで驚いた顔でUSBを見つめていた薫はいつもの飄々とした顔に戻っていた。
言われるがままに車を走らせる。
車内に響くのは雨音と、
二人の異なる鼓動だった。