18話 操り人間 2
長谷と事件の情報交換をする。隼が療の赤褐色のシミだらけのシャツを修繕しながら、昨日の出来事を報告する。長谷は茶封筒から二枚の紙を出した。
「とりあえず、薫が持ってきたクッキーの成分分析結果が出たわ」
そう言って、情報処理課の書類を隼に見せる。専門用語の羅列に戸惑う柊馬にもわかるように説明する。
「小麦粉、卵、バター……どれも普通に使われる材料よ。でも変な成分が検出されたわ」
「変な成分?」
書類には化学式と『異物検出』の文字しか書いていない。それでもなんとなく、直感的に理解出来た。
「麻薬…ですね?」
柊馬の顔が凍りつく。長谷が腕を組みながら机にもたれた。
「そうよ。最近また新しいのが出てるらしいから、それかもしれないわね。事件が終わったら売人探しね」
「また覚せい剤の類か……」
「いや、マリファナっぽいんだな」
療が口を挟む。自分のデスクで書類を作成しながら、お気に入りのコーヒーを嗜んでいた。長谷が眉間にシワを寄せた。
「なんであんたが知ってんのよ」
「一つ食べたからだな」
――――は⁇
「「食べたぁ⁉」」
隼と柊馬が同時に叫ぶ。長谷は開いた口が塞がらない。
なぜ証拠品を口にしたのか、そもそも麻薬が入っていたのにどうして療は無事なのか。療はびっくり発言したにもかかわらず優雅にコーヒーを飲む。
「連中がありえないとか言うから、手っ取り早く証明したんだな」
「あんただから出来る芸当ね。あともう一つ変な成分が出たのよ」
成分表の二枚目、一番下の方に写真がついていた。
緑色の結晶。サイズは小麦粉より小さく、混ぜると見分けがつかなくなる。
成分の表示はない。何か、さえ書かれていない。
「警部、これは?」
「私にもわからない。ただ、情処課の主任が言うには『能力片』だと言うのよね」
――能力片?確かに媒介を必要とする能力は存在するが……
「能力を使用したのは俺と薫だけですが……」
――いや、いた。能力を使った奴。
昨日見た女の子の人形。聡明が持っていたあの人形だ。
あれのお蔭で薫は暴走し、隼は能力を使えなくなった。
柊馬に聞いても「知らない」と首を横に振った。
「聡明が人質に取られた後で持ってた。生徒がこの人形の力で消えちゃうんだからびっくりだよ」
「待った」
また療が口を挟む。片手をあげて近づいてくる。
「人形?女の子の人形か?」
「そう。綿人形の」
「それが原因で暴走と消失が起きたんだな?」
「はい。目の前で起きたので」
「僕も見てたから間違いないよ」
証言を聞いて療は額に指をあてる。小声で呟きながらデスクとベッドの間を行ったり来たり。長谷は貧乏ゆすりをして待っていたが、ついに療を止めた。
「ああもう!鬱陶しいわね!事件に首突っ込む暇があるなら、出張の報告書出しなさいよ。何日かける気なわけ?」
「人形………出張……………あっ!」
「そうだ!轢かれた時だ‼」
―――はい?
「「「轢かれたぁ!!?」」」
療は目を見開く三人を放置して一人納得する。曰く、出張帰りにカフェに立ち寄った時、大型トラックに突っ込まれた。現場近くに警察がいたため、こっそり逃げたそうだが。
ならば、その時の証拠となるものはどこにあるのだろうか。車の破片なんてものは無理だが、せめてその時に着ていた衣服──。
隼は手にしていたシャツを落とした。長谷がそれを袋に入れた。療は気にせず話を続けた。
「だから遺体に欠損があったんだな」
「欠損?」
「ああ、文字通りの『消し炭』だからな。復元体で確認した。面白いことに皆」
「体のパーツが足りない」
柊馬が小さく悲鳴をあげた。長谷も顔をしかめる。療は淡々と語る。
「手、足、耳、目……内蔵も無かったな。皆一部分だけがない。俺も『心臓』を盗られたからな」
「心臓っ!?なんで生きてるの!?」
「そういう体質だ。無論失ったものに興味はない。だが、心臓はだめだ。とんでもない目的だな」
隼の頭の中でピースがハマっていく。クッキーの異物、人形の存在、体の欠けた遺体、聡明が言っていた「あと一つ」……
「分かった」
隼がベッドから飛び降り、支度を始める。長谷は安堵したように微笑み、署長の伝言を伝えた。
「猶予は明日の日没まで。処分はその後に決めると思うわ」
「余裕です。今夜で決着をつけます。薫に連絡を……」
薫の名を出した途端、場の空気が重くなる。通夜のような雰囲気が隼に地雷を踏んだことを知らせた。
「えっと、薫はね───」




