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少年秘密警察の日常  作者: 家宇治克
高校生失踪事件
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11話 夜に動く

 夜の帳がおりた。どこかでフクロウが鳴く。冷えた風は障子に当たってくるりと回る。

 疲れた体を畳に投げ出し、隼は天井を仰ぐ。乾いた い草の匂いを肺いっぱいに吸い込んでは空にはき出す。

 閉め切った部屋で、傘をかぶった電球が風に揺れる。いくら気持ちを切り替えようと、虚ろな思考は働き続ける。


 目の前で生徒が消えた。原因らしきものも見つけた。成分の分析や張り込み、あの手この手で容疑者を逮捕すればこの事件は終わり。あと少しで犯人の証拠が手に入る。あと少しで核心に触れる。

 なのにどうしてここで打ち切らねばならないのか。上司にパスしないといけないのか。

 何度聞いても理由を説明してはもらえない。「まだ教えられない」の一点張り。ここまで来たのに······。



「警部方にも考えがある。俺らの為っていうなら従うべきだよな······」



 自分を納得させて明日の予定を確認するが、どうしてもズルズルと気怠い感情を引きずってしまう。

 ──核心はすぐそこにある。手を伸ばせばきっと届くだろう。

 ──警部たちは()()に圧力をかけられているのでは。

 ──だから俺らを捜査から外したのでは。

 ──もしかしたら警部たちに嫌われる何かをしたのかも。

 ──疎ましく思われるようなことをしたのかも。


 もやもやと渦巻く思考を振り払って、大の字に寝そべった。

 あの警部たちに限ってそんなことはない。······本当にないだろうか。


 勉強机の上で二つのスマホが同時に鳴った。支給されたスマホを耳に当て、自前のスマホでメールを開く。

 電話の相手は柊馬だった。切羽詰まって隼に訴える。


『隼人くん! お願い助けて!』

「······どうした?」


 メールの相手は薫だった。文面を目で追いながら柊馬の泣きそうな声を聞く。

 心臓の音がうるさかった。電話と違う案件であることを祈りたかった。足元から氷のような寒気が頭に突き抜ける。



『聡明がいなくなっちゃった······』



 * * *


 拳銃をホルスターに入れてブレザーで隠す。警棒を腰に装備して部屋を飛び出す。

 玄関でポケットからスマホが落ちた。慌てて拾う。だがすぐ冷静になった。


「長谷警部に連絡した方が······」


 高校生失踪事件はもう上司の管轄だ。勝手に行動するわけにもいかない。電話帳を開いたところで魔が差した。

 ──様子を見に行くだけ。万が一容疑者と対峙しても撤退すればいい。



「あとで報告したって問題はないよな」



 靴箱の上にスマホを置いて外に出る。車に乗る時間も惜しくて人気のない夜道を走り抜ける。冷たい風が体を押し戻そうとするが、隼は負けじと足を動かす。

 車の往来が激しい道路に出た。近くに横断歩道はない。道路を渡らないと学校には行けない。辺りを見回して歩道橋を見つける。

 階段を飛ぶように駆け上がって向こう側を見つめた。隼は橋の向こう側まで疾走すると柵を飛び越えた。地面に足が着くと横に転がり、全身で衝撃を吸収する。

 驚き振り返るサラリーマンの間を縫うように通って学校に目指す。夜だというのに学校のチャイムが聞こえた。


 * * *


「来たか! はやぶ······隼人!」


 校門の前で薫が手を振る。その横には青ざめた顔で狼狽える柊馬。

 ──おかしい。『自宅待機』と言ったはずだが。


「······おい」

「家で待ってろってオレも言ったぞ。けど意地でついて来た」

「帰れ。危険なんだよ」

「ヤダ! 聡明がいるかもしんないでしょ!」

「俺らが探してくるから!」

「ヤダ! 僕も行く! どうせ危険なら二人も三人も変わんないよ!」

 柊馬の足は産まれたての小鹿のように震えている。立つのもやっとな柊馬がついて来ても単なるお荷物だ。

 だが断固として動かない。何度も注意して帰宅を促せど「ヤダ!」と言って帰らない。とうとう隼が根負けして三人で学校に乗り込むことにした。


「······ねぇなんで学校なの? いなくなったなら普通は警察に行って街中探すじゃん」


 職員玄関の前で柊馬が聞いた。薫は「あー」と目を泳がせる。

「学校で生徒が失踪する事件が前にあったから可能性を考えて」

 ──前じゃなくて、今だけど。


 合鍵で玄関を開ける。開錠と同時に警報器が耳を劈く。パニックになった柊馬が隼の背中にしがみつく。薫が笑いをこらえて防犯セキュリティを停止した。

「なんでセコムのカード持ってんの!?」

「紅夜の知り合いが警備会社に勤めてんだよ。離れろ動きにくい······」


 嘘で納得させ、薫が持参した懐中電灯で廊下を照らす。靴を脱ごうとすると柊馬が土足で廊下に踏み出す。

 それに合わせて土足で廊下を進み、校内を手当たり次第に見て回る。

 各学年の教室や図書室、理科室や体育館まで回ったがどこにもいない。

「いねぇな。ハズレか?」

「それはないと思うけど······」

「そうだな。失踪は校内で起きてた。なら校内のどこかにいるはず」

 赤いバツだらけになった地図を見てふと、思い出した。



「なあ、一ヶ所だけいいか?」



 廊下の先、左に曲がった所にある道具庫。生徒が消えた時にあったものだ。あの時は驚いてばかりで気づかなかったが、小さな違和感があった。

 厳かに佇む扉にそっと額をつけて目を閉じる。耳を澄ませて風の音を聞いた。倉庫の中を漂う空気の緩やかな音。泥のような流れの中で微かに風の擦れる音がする。

 ポケットからヘアピンを取り出し南京錠の鍵穴に差し込む。指先に伝わるわずかな振動を頼りに鍵を開ける。小気味の良い音がして錠前が外れた。その辺に投げ捨てて扉に手をかける。


「あーあ、犯罪者スキルが高まってやがる。鍵師の資格取れよ。そうすりゃ鍵開け公認になるだろ」

「うるせぇ俺だって好きで身につけたんじゃねーよ。······今度取ろうと思ってる」


 重い扉を力いっぱい引っ張った。錆びた音が三人を出迎える。

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