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少年秘密警察の日常  作者: 家宇治克
高校生失踪事件
54/109

6話 高校潜入 3

 護衛の仕事があると、事前に訪れる場所の地図を暗記する。そうする事で、ある程度の危険を想定し、対策し、警護体制をより万全に近づけられるからだ。

 警護課の人間の癖であり、職業病である。



「んでね〜、あっちが家庭科室で目の前にあるのが第二体育館ね」



 ──うん、知ってる。



 事前に覚えた校内を柊馬は嬉しそうに案内してくれる。クルクルと回って校内を巡る彼の後ろをついて行く隼には、何が嬉しいのかわからない。薫は柊馬とテンションを合わせて校内を歩き回る。

 薫の肩を引いて柊馬と少し離れる。薫は少し不服そうな顔をした。


「適当に理由つけて仕事するぞ」

「何でだよ。校舎を知り尽くした生徒に聞いた方が楽じゃんか」

「まだ教員全員に話聞いてないだろ」

「お堅いねぇ〜。マニュアル通りに事件が進むかよ。ちっさい証拠でも見つけて揺さぶるんだよ、こーゆーのは」


「じゃあ、あとは外かな。アレ? 隼人君、紅夜君行かないの?」


「いやちょっと······」

「もちろん行くぜ!」


 ──こいつはっ!!

 薫に注意しようとすると、廊下を慌ただしく走る音がした。

 渡り廊下を走ってくる茶髪の男子。その後ろを一宮先生が鬼の形相で追いかけてくる。



「おいっ! 柊馬っ!!」



 茶髪の男子は柊馬を呼んだ。柊馬は必死な彼に、のん気に手を振った。


「お前っ! 飛潟先生に提出すモンあっただろ!」


 ······え、そっち?


「とびっち先生? あ、プリントか」

「早く出せよ! シビレ切らして······イッテェ!!」



 一宮先生に追いつかれ、男子は頭を掴まれて転ぶ。手を剥がそうと、躍起になる彼は一宮先生に無理やり立たされる。



「髪を染めるなと何度言ったら分かる!」



 耳元で叫んだ。彼も負けじと叫ぶ。


「地毛ですよ! 申請書出したじゃないスか! 証明書もあります! 離せ!」

「生え際が黒い! 証明書を偽装したんじゃないのか!?」

「言いがかりだ! そういう生え方なんスよ! 根っこまで茶色でいろってのか!」


 痛みに顔をしかめ、抵抗できない相手を意地で説得する。隼の横から赤い髪が揺れた。




「よいしょっ!」




 薫が一宮先生の肘を蹴り上げた。一宮先生が呻き声をあげて手を離すと、彼を隼に突き飛ばした。隼が無事に受け止めると、いつものいたずらっぽい笑みを浮かべた。

「センセー、体罰禁止だろぉ? いいのかな〜こんなんやってて。教育委員会にチクっちゃおうかな〜」

「真野お前······。退学になりたいのか!!」


「センセー地毛申請してる奴に怒鳴って大人げねよーなぁ!」


 遠くまで聞こえる声でそう叫ぶ。だが火に油を注いだだけ。真っ赤になって怒り狂う一宮先生を薫はただ睨みつけた。

 一宮先生の顔が段々青くなっていく。唇が小さく揺れた。薫は舌打ちして立ち上がった。つまらなさそうな顔だった。


「······行くぞ」


 短い言葉を投げつける。窓から差し込む陽光が、赤をより一層輝かせる。


 * * *


「すみません。ありがとうございます」


 階段を下りる時、唐突に男子が頭を下げた。薫は手を横に振って謝罪を跳ね返す。

「よくあるんです。すごく目立つし」

 前髪に触れて困ったように笑う彼を、柊馬は肩を叩いて笑い飛ばす。

「気にしない気にしない! あ、ちゃんと挨拶しないとね! 僕の幼なじみなんだよ」

桜川おうかわ聡明そうめいです」


「オレ、真野紅夜」


 薫が笑顔で手を出すと、聡明は「知ってる」と言った。

 そりゃあそうだ。初日から自分勝手な振る舞いで、いつでもどこでも説教されて、呼び出しをくらう。知らない方が不思議だ。

 すんなりと仲良くする薫に対し、隼は一線引いた。


「······鈴鹿隼人」

「聡明です。よろしく、先輩」


 握手を求める手に触れなかった。ただ手を伸ばして握ればいい。でも胸中を渦巻く思いが躊躇させる。

 ──いつもは気にしないのに。



「仲良くしようよ。友だちはいっぱい居ると楽しいよ?」



 隼の握手を手助けしたのは柊馬だった。隼に触れる二つの手は暖かかった。薫がニヤニヤと笑う。隼の肩に肘を置いて茶化した。



「友だち増えて良かったな〜。隼人先輩?」



 そうだな、の一言が出るより早く、みぞおちに肘鉄を入れた。薫の間抜けな声が耳元から崩れ落ちる。

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