6話 高校潜入 3
護衛の仕事があると、事前に訪れる場所の地図を暗記する。そうする事で、ある程度の危険を想定し、対策し、警護体制をより万全に近づけられるからだ。
警護課の人間の癖であり、職業病である。
「んでね〜、あっちが家庭科室で目の前にあるのが第二体育館ね」
──うん、知ってる。
事前に覚えた校内を柊馬は嬉しそうに案内してくれる。クルクルと回って校内を巡る彼の後ろをついて行く隼には、何が嬉しいのかわからない。薫は柊馬とテンションを合わせて校内を歩き回る。
薫の肩を引いて柊馬と少し離れる。薫は少し不服そうな顔をした。
「適当に理由つけて仕事するぞ」
「何でだよ。校舎を知り尽くした生徒に聞いた方が楽じゃんか」
「まだ教員全員に話聞いてないだろ」
「お堅いねぇ〜。マニュアル通りに事件が進むかよ。ちっさい証拠でも見つけて揺さぶるんだよ、こーゆーのは」
「じゃあ、あとは外かな。アレ? 隼人君、紅夜君行かないの?」
「いやちょっと······」
「もちろん行くぜ!」
──こいつはっ!!
薫に注意しようとすると、廊下を慌ただしく走る音がした。
渡り廊下を走ってくる茶髪の男子。その後ろを一宮先生が鬼の形相で追いかけてくる。
「おいっ! 柊馬っ!!」
茶髪の男子は柊馬を呼んだ。柊馬は必死な彼に、のん気に手を振った。
「お前っ! 飛潟先生に提出すモンあっただろ!」
······え、そっち?
「とびっち先生? あ、プリントか」
「早く出せよ! シビレ切らして······イッテェ!!」
一宮先生に追いつかれ、男子は頭を掴まれて転ぶ。手を剥がそうと、躍起になる彼は一宮先生に無理やり立たされる。
「髪を染めるなと何度言ったら分かる!」
耳元で叫んだ。彼も負けじと叫ぶ。
「地毛ですよ! 申請書出したじゃないスか! 証明書もあります! 離せ!」
「生え際が黒い! 証明書を偽装したんじゃないのか!?」
「言いがかりだ! そういう生え方なんスよ! 根っこまで茶色でいろってのか!」
痛みに顔をしかめ、抵抗できない相手を意地で説得する。隼の横から赤い髪が揺れた。
「よいしょっ!」
薫が一宮先生の肘を蹴り上げた。一宮先生が呻き声をあげて手を離すと、彼を隼に突き飛ばした。隼が無事に受け止めると、いつものいたずらっぽい笑みを浮かべた。
「センセー、体罰禁止だろぉ? いいのかな〜こんなんやってて。教育委員会にチクっちゃおうかな〜」
「真野お前······。退学になりたいのか!!」
「センセー地毛申請してる奴に怒鳴って大人げねよーなぁ!」
遠くまで聞こえる声でそう叫ぶ。だが火に油を注いだだけ。真っ赤になって怒り狂う一宮先生を薫はただ睨みつけた。
一宮先生の顔が段々青くなっていく。唇が小さく揺れた。薫は舌打ちして立ち上がった。つまらなさそうな顔だった。
「······行くぞ」
短い言葉を投げつける。窓から差し込む陽光が、赤をより一層輝かせる。
* * *
「すみません。ありがとうございます」
階段を下りる時、唐突に男子が頭を下げた。薫は手を横に振って謝罪を跳ね返す。
「よくあるんです。すごく目立つし」
前髪に触れて困ったように笑う彼を、柊馬は肩を叩いて笑い飛ばす。
「気にしない気にしない! あ、ちゃんと挨拶しないとね! 僕の幼なじみなんだよ」
「桜川聡明です」
「オレ、真野紅夜」
薫が笑顔で手を出すと、聡明は「知ってる」と言った。
そりゃあそうだ。初日から自分勝手な振る舞いで、いつでもどこでも説教されて、呼び出しをくらう。知らない方が不思議だ。
すんなりと仲良くする薫に対し、隼は一線引いた。
「······鈴鹿隼人」
「聡明です。よろしく、先輩」
握手を求める手に触れなかった。ただ手を伸ばして握ればいい。でも胸中を渦巻く思いが躊躇させる。
──いつもは気にしないのに。
「仲良くしようよ。友だちはいっぱい居ると楽しいよ?」
隼の握手を手助けしたのは柊馬だった。隼に触れる二つの手は暖かかった。薫がニヤニヤと笑う。隼の肩に肘を置いて茶化した。
「友だち増えて良かったな〜。隼人先輩?」
そうだな、の一言が出るより早く、みぞおちに肘鉄を入れた。薫の間抜けな声が耳元から崩れ落ちる。




