表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
少年秘密警察の日常  作者: 家宇治克
アリス狂乱茶会事件
42/109

42話 チェシャ猫と嘘 3

 これが口裂け女か。

 綺麗って答えたらダメなんだっけ?なんて答えよう。······じゃあ。


「おう、別嬪べっぴんだな」


 口裂け女は顔を背けた。ほんのり耳が赤い気がする。チラッと薫を見ては悶絶するように体をうねらせた。

「······おにーさん、ホントすごいよ。こんなの初めて見た。

 えっとね、僕の能力は『嘘を具現化する』ことだから『真実』は変えられない」

「ふーん。面倒だな」


 でも俺には関係ねぇや。

 桜木の号令で襲いかかってくる都市伝説モンスター。

 ポマードなんて答えなくても、無駄な動きをしなくても簡単に片付けられる。


 片足を上げる。

 大きく口を開けて走ってくる人面犬。


 上げた足に全身の力を集中させる。

 ナイフを握りしめて襲いかかる口裂け女。


 二人(?)の姿が至近距離に入ったのを見計らって──

 床を踏みつけた。




「燃やせばいいだろ」




 床を伝って伸びる炎の渦。敵の刃が体に触れる前にドロドロに溶けて消えていく。

 桜木も小さく悲鳴を上げて飛び退いた。

 炎の中を飛び出して桜木に一撃。鉄パイプに床の炎を纏わせて斜めに振った。飛び出した炎の刃は、桜木の腹を斬り捨てて階段を登って消えた。

 しかし、そこに桜木はいない。




「あっついなぁ」




 炎の中に立つ桜木。液体化した口裂け女を蹴って不機嫌な表情見せる。それよりも、薫は驚愕する。

 炎は千度近くある。能力者でもないような、生身の人間が耐えられるような熱さじゃない。

 そんな奴が()()()()()()()()()()

 急いで手を伸ばす。

 真っ赤な海に佇む桜木は虚ろな笑みを浮かべていた。手を伸ばさないで薫を待っている。



「僕はもっと上にいるからね」



 もう少しで届く。その距離で桜木が消えた。階段を登っていく音が後ろでしていた。

 鎮火して、階段を登っていく桜木の背中を見送った。


 ──アイツはどこに居るんだ?


 ふと浮かんだ疑問に思考が囚われる。

 エレベーターの表示階数がまた変わる。

 ──ありえない事が常識。それが自分たちの普通。



 薫は鉄パイプを犠牲にしてエレベーターのドアをこじ開けた。



 * * *


 一段登るたびに足が悲鳴をあげる。

 吸っても足りない酸素を必死にかき集める喉。

 汗を拭い、休みたい気持ちを押し殺して辿り着いた屋上からの景色。

 灯りもない音もない。冷たい風が体を刺して嘲笑う。闇に浮かぶ月さえ知らんぷりを決め込む暗さ。とても虚しいところだった。

 フェンスも無いビルの端に桜木は背を向けて立っていた。遠くなった地面を哀れむように見つめていた。


「······お疲れ様。よく着いたね」

「ホンットだよ。あぁ······しんど」


 震える膝を抱えて大きく息を吸いこんだ。汗で滲む視界では桜木の顔が分からない。

 どんな表情をしているのか。笑っているのだろうか。

「でも、残念だよね。せっかく屋上まで走ってきてもらったのに、僕はここにいないんだもの」

「それはねぇよ。お前は嘘で逃げられない」

 桜木がポケットからボイスレコーダーを取り出し、高く掲げた。

 能力発動? させるものか──


 再生ボタンに指を重ねる。しかし、音声は再生されることなく地面へと落下していく。


「······へぇ、おにーさんソレ、使うんだ」


 薫の手に握られた麻酔銃。小刻みに震えていた。

「外したらどうしようもなかったけどな。なんせ残り一発だけだったからよぉ。

 はぁ······何時間も早く来て待っててくれて悪ぃけど、こっからは短期戦でいく」

「っ!! ······どうしてそんなこと知ってるの」

「爆弾仕掛けてくれたじゃねぇか。全部爆破を吸収しちまったけど。あんな下手くそな爆弾売ってるかっつーの。それにお前、エレベーター使ったろ」


 鉄パイプで無理やり開けたエレベーターの扉。中には、あるはずのワイヤーが無かった。火の玉を落とすと、一階当たりにエレベーターの箱と、千切れたワイヤーが落ちていた。



「使えないエレベーターを使ったところがミスだったんだな。来た時から俺が相手してたのは、お前の具現化された嘘。そりゃ、あちこちで消えたりするもんだ」

「さっすが。それでこそおにーさんだよ。僕の見込んだだけあるね」


 ようやく汗が止まり始めた。呼吸を整え前髪を直す。

「おにーさんって、不思議な人だよね。能力者的な意味じゃなくて」

 薫は邪魔な上着を脱ぎ捨てて身を軽くする。


「経歴的な意味で」

「······そりゃどういう事だ。普通の人生しか送ってねぇよ」

 動けない。体が言うことを聞かない。胸の奥がざわめく。動物的直感が次の言葉を嫌う。血流が全身を拍動させる。

 桜木は口角を上げて言った。



「関東最凶──『不良殺しの紅鬼あかおに』さん」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ